18/11/18:水没・損傷するヴェネツィアの世界遺産 - ART+LOGIC=TRAVEL [旅を考えるweb]

世界遺産NEWS 18/11/18:水没・損傷するヴェネツィアの世界遺産

10月29日、イタリア・ヴェネツィアの歴史地区の3/4が水没するアクア・アルタ(異常な海面上昇)が発生しました。

これによりサン・マルコ広場が完全に水没し、ヴェネツィアの象徴であるサン・マルコ大聖堂も浸水、世界遺産がダメージを受けています。

 

St Mark's Basilica calls for help to save mosaic floor after Venice flood causes '20 years of damage in a day'(The Telegraph。英語)

 

今回はこのニュースをお伝えします。

 

* * * 

上の動画、12秒ほどから登場するのがサン・マルコ広場とサン・マルコ大聖堂です。

広場が完全に水没しており、人々が「ギャング・ウェイ」と呼ばれる仮設橋の上を歩いているのがわかります。

32秒ほどからの動画ではサン・マルコ大聖堂の1階部分が浸水しているのが確認できます。

 

10月29日のアクア・アルタは平均海水面から156cmという異常上昇で、観測をはじめた1923年以降では史上4番目となる潮位を記録しました。

ヴェネツィア本島の平均海抜は80cmですが、これにより地区の3/4が浸水しています。

 

上にリンクした記事によると、大聖堂の担当者はたった1日で20年分の劣化が起きたと述べています。

特に柱や壁を構成する大理石や壁のモザイク画の被害が深刻で、補修のために初期費用だけで約3億5千万円を必要としており、政府に支援を呼び掛けています。

 

ヴェネツィア観光局によると世界遺産の直接的な被害はなかったようですが、浸水した箇所に残る塩分が石材やモザイク画の劣化をもたらし、長期的には亀裂の拡大や崩壊につながるとしています。

 

下の動画のように、それでも市民は力強く生活を続けています。

ぼくが訪ねたときもアクア・アルタが発生していたのですが、水浸しのレストランで平然と食事を続ける姿には驚かされました。

そもそも、なぜこのような現象が起こるのでしょうか?

 

ヴェネツィアは下の地図を見てもわかるように、アドリア海と砂州で区切られたラグーナ(潟)に築かれた都市です。

世界遺産「ヴェネツィアとその潟」は島々を含む潟全体を登録しているわけですが、潟はリド、マラモッコ、キオッジアという3つの水路でアドリア海と結ばれています。

秋から冬にかけて、潟にはアフリカからやってきたシロッコと呼ばれる南風と、アルプス山脈から吹き下ろされるボーラと呼ばれる東風が吹き寄せます。

こうした一方的な季節風によって潟からの排水が阻害され、砂州がダムのように水をせき止めて水位は上昇するばかりになってしまいます。

日本でも9月4日に台風の影響で大阪湾の水位が異常に上昇して関西国際空港が浸水しましたが、現象としては同種のものといえるでしょう。

 

こうした風の影響に加え、毎日だいたい2度起こる満潮や低気圧による水位上昇、潟に流れ込む河川の水量変化等も海水面の上昇をもたらします。

これらが複合的に重なることでアクア・アルタが引き起こされています。

 

加えてヴェネツィア本島は毎年1~2mmの割合で地盤沈下が進んでおり、反対にアドリア海の海水面は毎年1~3mmの割合で上昇しているともいわれます。

19世紀と比べて23cmも沈降したとする報告があり、2100年までに街は消滅すると警告する学者もいたりします。

 

これに対してイタリアとヴェネツィアは歴史地区のかさ上げや地盤沈下を止めるために地下水取水制限等を行いつつ、アクア・アルタを防ぐために「モーゼ計画」を進めています。

風によって海水が集まるのであれば、集まってこないように潟を封鎖してしまえばよい――

ということで、3つの水路に4つの可動式の堰(せき)を建設して水位を調整しようというのがモーゼ計画の狙いです。

 

ただこの計画、さまざまな問題が持ち上がっていて実際のところどうなのかよくわかりません。

2003年に着工した当初は2011年の竣工予定でしたが2014年にずれ、現在は2019~2020年の完成で、完全稼働は2022年にずれ込むと見られています。

 

2014年には市長を含む35人が不正な資金提供を受けたとして逮捕される事件が起きており、オランダの干拓やイギリス・テムズ川の防潮堤(テムズ・バリア)などと比べて高額に膨れあがってしまった建設費にも多くの非難が寄せられています。

NATIONAL GEOGRAPHIC誌は2016年に、イタリアの裁判所による調べでは初期費用は20億ユーロと見積もられていましたが、すでに65億ユーロが投じられており、少なくとも20億ユーロが賄賂に使われた可能性を報じています。

 

仮に2022年に稼働して効果を上げたとしても、今後の地盤沈下+海面上昇によって近々に効果を失うとする報告もあり、また稼働堰がつねに上がるようになることで水質の悪化や生態系の破壊を懸念する声も上がっています。

 

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現在、ヴェネツィア本島では秋から春にかけてだいたい年4回の割合でアクア・アルタが起きています。

また、人口約5万人の本島に年間2,000万~3,000万人の観光客が訪れるということで、嫌気が差した市民のヴェネツィア脱出が進み、50年前に比べて人口が半減したといわれています。

 

文化は生活の中で育まれるものですから、生活がなくなれば文化遺産の価値は失われ、テーマパークと化してしまうでしょう。

水の都・ヴェネツィアはさまざまな意味で岐路に立たされているようです。

 

 

[関連記&サイト]

ヴェネツィアとその潟(世界遺産データベース)

世界遺産NEWS 23/03/06:水の都ヴェネツィアの運河が干上がる

世界遺産NEWS 20/03/29:ヴェネツィアのメヒタリスト修道院で約5,000年前の青銅剣を発見

世界遺産NEWS 18/01/09:タージマハル、ヴェネツィアが入場規制を検討

 


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