世界遺産NEWS 17/07/04:イスラエル、ICOMOS調査団の入国を拒否

7月2日に第41回世界遺産委員会がポーランドのクラクフで開幕しました。

新登録の世界遺産に関して、今回は33件の推薦物件の審議が行われる予定ですが、1件だけ、必ず行われなければならない諮問機関による現地調査を終えていない物件があります。

 

物件はパレスチナの「ヘブロン/アル・ハリル旧市街」、理由はイスラエルによる入国拒否です。

 

Israel bars UNESCO team from Hebron field visit(THE JERUSALEM POST)

 

今回は非常に根深い問題をはらんだこの件を紹介します。

 

* * *

 

パレスチナの「ヘブロン/アル・ハリル旧市街」ですが、こちらは「緊急的登録推薦」という特殊な方法で推薦されています。

 

普通、世界遺産リストに物件を推薦する場合、登録を目指す年の前年2月1日までに登録推薦書をUNESCO(ユネスコ=国際連合教育科学文化機関)の世界遺産センターに提出します。

世界遺産センターはこれを受け、文化遺産はICOMOS(イコモス=国際記念物遺跡会議)、自然遺産はIUCN(国際自然保護連合)に調査を依頼し、依頼を受けたICOMOSとIUCNは現地調査を含む調査を行って評価報告書を世界遺産センターに提出します。

この報告書を元に世界遺産委員会が登録の可否を審議するわけですが、推薦から決議まで約1年半の期間を要することになります。

 

ただし例外的な措置として、暫定リスト記載の物件が危機的状況にある場合、こうしたプロセスを短縮して緊急的に推薦することができることになっています。

これが緊急的登録推薦で、これによって登録された物件は世界遺産リストへの登録と同時に危機遺産リストに掲載されます。

 

2011年11月にUNESCOに加盟したパレスチナは翌年、緊急的登録推薦によって「イエス生誕の地:ベツレヘムの聖誕教会と巡礼路」を推薦し、さらに2014年にも緊急的登録推薦によって「パレスチナ:オリーブとワインの地-エルサレム南部バティールの文化的景観」を推薦しています。

両物件の調査を行ったICOMOSは、ベツレヘムについては緊急の必要性がなく調査も不十分ということで、バティールについては緊急性がなく同様の遺跡は各地に存在するもので顕著な普遍的価値の証明もできていないとして不登録を勧告しましたが、いずれも世界遺産委員会で逆転登録に成功しています。

 

これに対してアメリカやイスラエルは委員会の政治性を強く非難しました。

そしてアメリカは2012年から分担金の拠出を停止し、イスラエルはこうした決議やエルサレムに対する非難決議等への反発からUNESCOと距離を置く旨を表明しています。

そして今年の世界遺産委員会にパレスチナが3度目となる緊急的登録推薦によって「ヘブロン/アル・ハリル旧市街」を推薦しました。

ヘブロンはエルサレムの南30kmほどに位置する古都で、いわゆるヨルダン川西岸地区の一部です。

パレスチナの支配域とイスラエルの支配域が複雑に絡み合っており、ユダヤ人による入植も進行中で、国際監視団が展開するイスラエル-パレスチナ問題の最前線のひとつです。

 

当然この物件もICOMOSによる現地調査が行われる予定だったのですが、この要求に対してイスラエルはビザの発給や国内の通過を拒否しました。

これはベツレヘムやバティールがICOMOSの不登録勧告にも関わらず登録されたことに対する反発で、パレスチナによるUNESCOの政治利用を認めないための措置としています。

ヘブロンに行くためにはイスラエル国内や支配地域を通過しなければなりませんから、世界遺産委員会がはじまっているにも関わらず現地調査が行われていないという異常事態を招いています。

 

一方、パレスチナはイスラエルによる入植や開発・入域制限がヘブロンの遺跡群を破壊しつつあるとして緊急性を強調し、イスラエルの動きを非難しています。

これに対してイスラエルはこうした事実を否定しています。

 

* * *

 

2014年にバティールが逆転登録された際、分離壁の建設でパレスチナ人たちが住む場所を奪われることに対する牽制という意味で登録が決議されたと見る報道もありました。

ヘブロンも似たような状況にあることから、イスラエルが前回の教訓を活かしてこの件の審議に入らせないために入国を拒否しているという形であるようです。

 

パレスチナやイスラエルが世界遺産を政治的に利用し、世界遺産委員会が政治的な決議をしているというのはもはや疑いようのない事実です。

ポーランドのヤツェク・プルフラ議長が開会の挨拶で世界遺産の政治化を否定する声明を出しましたが、それはこのような背景もあってのことなのでしょう。

 

一般的には、政治性はUNESCOや世界遺産委員会から極力排除されるべきだと考えられています。

しかし、拒否権のある国連安保理とは異なる政治的機能をUNESCOに期待する人たちもいます。

 

UNESCOが、世界遺産がどこに向かうのか、非常に気になるところです。

 

なお、今回の世界遺産委員会について新登録の世界遺産が出そろったら速報でお知らせします。

お楽しみに!

 

 

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