哲学的探究4.「わかる」「理解する」とは何か? ~理解と充足理由律~

最初に設定したルールと同一(トートロジー)であるとき、それは「正しい」と言える(同一律)。

最初に設定したルールと矛盾が生じたとき、それは「間違い」であると言える(無矛盾律)。

 

それ以外のときは、観測事実と合致するもっともシンプルなルールを「正しい」ものとする。

いずれもその根底には「正しい」「間違い」に対する信仰がある。

前回の結論だ。

2,000年前の人々はすべての現象が神によって引き起こされると信じていたし、実際彼らには世界がそのように見えていた。

1,000年前の人々は天動説に代表される1,000年前の科学を当たり前のように信じていたし、彼らにはやはり世界がそのように見えていた。

現代に生きるぼくたちには現代科学がどう考えても正しく思えるし、世界はいままさにそのように開けている。

1,000年後の人々には1,000年後の科学がやっぱり「正しい」と思えるし、世界もそう見えるに違いない。

 

人はいつでも世界を「正しく見ている」と信じている。

しかし、時代や文化で「正しい世界像」は異なり、見ている世界はまったく違う。

 

ぼくたちは世界を「わかった」気になっているが、ぼくたちはそのように「信じている」にすぎない。

信仰の仕方で世界の在り方は変わるのだ。

 

ぼくたちの「わかる」や「理解する」はそんなにいい加減なものなのだろうか?

今回は「わかる」「理解する」について考えてみたい。

 

* * *

 

■なぜ物は落ちるのか?

物が落ちる理由を問うと多くの人がこう答える。

「重力があるからだ」。

 

この命題は正しいか?

 

リンゴを手に持っている。

手を離すとリンゴが落ちる。

リンゴは落ちるにつれてスピードを増していく。

 

これを詳細に観測すると、t秒後にgtの速さになり、1/2gt^2の位置に移動するという法則を突き止める。

このgを重力定数という。

皆こうした説明を聞いて「ああ、そうか、わかった!」と理解する。

 

しかし。

「なぜ物が落ちるのか?」の答えになっているだろうか?

 

「gtの速さで落ちる」「gは定数で約6.67である」「s=1/2gt^2」というのは「落ち方の性格」であって「落ちる原因」ではない。

物が落ちる理由にはいっさい触れていない。

ただ現象をもたらすものに「重力」という名前をつけて、性格を提示したにすぎない。

 

だって。

「重力があるからgtの速さで落ちる」と仮定しても、「神様が引っ張っているからgtの速さで落ちる」と仮定しても、「物が落ちる」という現象はまったく同じように説明できる。

原因は重力でも神でもフォースでも構わない。

名前の問題にすぎないのだ。

 

それなのに、多くの人が「重力があるから物が落ちるのだ」とあっさり信じてしまう。

重力が存在していると、信じ切ってしまう。

 

実は「物がなぜ落ちるのか?」の根本原因についてはこの2,500年間、まったく進歩がない。

科学の発達によってより細かく観測し、より細かく計算できるようになって人工衛星さえ飛ばすことができるようになった。

しかし、それは現象をより精緻に観測・計算した結果であって、真の原因にはまるで触れていない。

これは重力波や重力子が検出されてもなんら変わらない。

 

もうひとつ、別の例を挙げてみよう。

 

* * *

 

■人はなぜおいしいものを食べるのか?

おいしさってなんだろう?

 

おいしさの基本は味だ。

甘味、酸味、塩味、苦味、うま味――

味には5つの種類がある。

これに辛味と渋味が合わさって味覚を構成し、香りと温度・食感が加わって風味となる。

さらに色や形・音・心の状態や環境が加わっておいしさが決まる。

 

では、どうやっておいしさを感じるのだろう?

 

舌から電気信号が脳に伝わり、脳内で快楽を生み出す化学物質が射出されて「おいしい」という感覚が作り出される。

そして栄養を安全かつ効率的に摂取するために、進化の過程で有用なものはおいしく、不要なものはマズく感じられるように反応系が整備され、遺伝子に刻み込まれた。

 

だいたいこのように「信じている」人が多い。

こうした学説を本で読んだり先生に聞いたりして「わかった!」と理解しているのだ。

 

人は原因・理由を提示されて、それが妥当なものに思えたときに「わかった!」と感じる。

その原因・理由が本当に「正しい」ものであるか「間違い」であるかは関係がない。

かつて多くの人が天動説や錬金術を信じていたように。

 

多くの人は「物事には必ず原因・理由がある」と信じている。

こうした原理を「充足理由律(因果律)」という。

 

科学者は観測データに沿うように原因を仮定して理論を組み立てる。

そして多くの仮説の中でもっともシンプルなルールを「正しい」と「信じる」のである。

 

「人はなぜおいしいものを食べるのか?」の問いに対しても、「人がおいしいと感じることには理由がある」と考える。

そしてその原因・理由を脳や遺伝子に見出し、「生命や遺伝子の保存のためにおいしいものを食べるのだ」と結論する。

 

しかし。

順番が逆だ。

 

実際に、脳や遺伝子が働いて「おいしい」を感じているわけではない。

その証明は不可能だ。

そうではなく、「おいしい」を感じている自分こそが原点で、それを説明するために生み出された「仮説」が進化論であり遺伝子論や脳論だ。

 

1,000年前の人々は、「おいしい」を感じる原因・理由も神様にあると考えていた。

1,000年後の人々は、いまのぼくたちの科学とはまったく異なる仮説を立てているだろう。

 

それぞれの時代に人はわかっていたし、理解していたのである。

 

* * *

 

■原因とは何か? 理由とは何か?

「○だから×」

 

○を原因、×を結果という。

時間的に前に起こる現象○が原因で、それによって引き起こされる現象×が結果だ。

○の中でも人の行為に関わる場合は「理由」ということが多い。

この○と×がうまくつながると、人は「わかった!」と感じる。

 

○に「重力」を入れ、×に「物が落ちる」を入れる。

○に「進化論、遺伝子論、脳論」を入れ、×に「おいしい」を入れる。

観測事実に合致し、以前の学説よりシンプルに説明することができたため、重力や進化論といった仮説が証明されたことになった。

 

もちろん、絶対に正しいこと、真理であることが証明されたわけではない。

万有引力の法則を知ったときに科学者たちは「わかった!」と感じたし、相対性理論によって覆されたときもやはり「わかった!」と感じていた。

未来に新たな理論が相対性理論を否定したら、きっとまた「わかった!」と感じるのだろう。

 

「わかる」ことは、「正しい」か「間違い」であるかということと関係がない。

「物は神様が引っ張っているから落ちるのだ」と信じる人も、やはりわかっているのだ。

 

* * *

 

少し話を戻そう。

 

物が落ちることの原因として科学者たちは「重力」を仮定した。

でも、重力加速度gをもたらすものは重力でも神様でもフォースでも結果は等しく説明できる。

 

重力は単なる仮説、ひとつのルールにすぎない。

ということは――

 

重力は存在するのだろうか?

本当は重力なんて存在しないんじゃないか?

 

次回は「力」と「波」について考えてみたい。

 


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