世界遺産NEWS 19/12/11:トルコ最高裁、イスタンブール・カーリエ博物館のモスク転換を支持

トルコのイェニ・シャファク紙によると、トルコ国家評議会は10月、世界遺産「イスタンブール歴史地域」の構成資産でもあるカーリエ博物館について、イスラム教の礼拝施設であるモスクに戻すことを支持する裁定を下しました。

カーリエ博物館は天井や壁を覆う見事なモザイク画やフレスコ画で知られていますが、これらがふたたび封印されるのではないか、またアヤソフィアのモスクへの転換に道を開くのではないかと一部で警戒感が広がっています。

 

Court ruling converting Turkish museum to mosque could set precedent for Hagia Sophia(The Art Newspaper)

 

今回はこのニュースをお伝えします。

 

* * *

世界遺産「イスタンブール歴史地域」には数多くの多くの見所がありますが、個人的にもっとも印象的だった建物のひとつがカーリエ博物館です。

キリスト教の物語を描いたモザイク画(石やガラス・貝殻・陶器などの小片を貼り合わせて描いた絵や模様)やフレスコ画(壁に漆喰を塗って生乾きのうちに顔料で描いた絵や模様)が天井や壁を覆っている姿は見事のひとことでした。

 

ビザンツ帝国(東ローマ帝国。395~1453年)の時代、イスタンブールはコンスタンティノープルと呼ばれて帝国の首都であると同時に、中心に立つハギア・ソフィア大聖堂には正教会の頂点であるコンスタンティノープル総主教庁(全地総主教庁)が置かれて正教会をリードしていました。

この時代の教会堂には巨大なドーム建築やモザイク画、フレスコ画といった装飾が盛んに用いられ、ビザンツ美術として花開きました。

 

しかし1453年、イスラム教を奉じるオスマン帝国(オスマン・トルコ)がコンスタンティノープルを占領し、ビザンツ帝国は滅亡してしまいます。

オスマン帝国は首都をイスタンブールに改名して整備すると同時に、イスラム教では偶像崇拝が禁じられていたことからキリスト教の十字架やイコンなどの聖像・聖画像、モザイク画、フレスコ画を破壊し、多くの芸術作品が失われました。

 

そんな中、ハギア・ソフィア大聖堂やコーラ修道院付属聖救世主聖堂のモザイク画やフレスコ画は漆喰で塗り込められて破壊を免れました。

このふたつの教会堂は「ジャーミィ」と呼ばれる大モスクに改修され、前者はアヤソフィア・ジャーミィ、後者はカーリエ・ジャーミィとなりました。

 

そして1922年にトルコ革命が起こってトルコ共和国が成立します。

初代大統領となったムスタファ・ケマル・アタテュルクは政教分離を掲げ、アヤソフィア・ジャーミィは1935年、カーリエ・ジャーミィは修復ののち1958年に無宗教の博物館として公開がはじまりました。

これが現在のアヤソフィア、カーリエ博物館です。

カーリエ博物館、エソナルテックス(内部拝廊)の黄金モザイク画
主にイエスとマリアの生涯が描かれたカーリエ博物館、エソナルテックス(内部拝廊)の黄金モザイク画
カーリエ博物館、私設礼拝堂(パレクレシオン)のフレスコ画
カーリエ博物館、私設礼拝堂(パレクレシオン)のフレスコ画。イエスの復活や最後の審判などが描かれています

さて、今回の決定です。

 

2005年にカーリエ博物館の所属についてふたつの協会が異議を唱えて提訴しました。

カーリエ博物館は1945年の閣議決定で博物館として教育省の担当に割り当てられたのですが、原告側はカーリエ博物館がファティ・スルタン・メフメット財団の公共不動産であると主張し、この決定の取り消しを求めました。

 

行政面における最高裁判所に当たるトルコ国家評議会 (最高行政裁判所)はこの主張を支持。

カーリエはもともと公共施設であり、本来の機能であるモスクとしての使用を変更した閣議決定は違法であると裁定しました。

今後、トルコ政府はふたたびモスクへの転換を図るか、博物館としての使用を続けるために新たな立法措置を行うものと見られます。

こうした動きに対し、キリスト教徒や遺跡の保護団体の間で警戒感が強まっています。

モスクにおいては特にシビアに偶像の設置が避けられており、モザイク画やフレスコ画が塗り込められたり封じられたりする可能性があるためです。

 

さらに、今回の決定が他の博物館や施設に飛び火する可能性も指摘されています。

最たる例がアヤソフィアです。

トルコ政府は2013年頃からモスク化に言及しており、2019年3月にはエルドアン大統領が博物館への転換は大きな間違いだったと述べており、アヤソフィアをモスクに戻す意志を表明しています。

 

エルドアン大統領はこのようにモスク化を支持しているため、カーリエ博物館はそのような道をたどるのかもしれません。

隣接するブルー・モスク(スルタンアフメト・ジャーミィ)が一般に公開されているように、モスクになっても公開されるかもしれませんし、モザイク画やフレスコ画を見ることができなくなったとしても破壊されることはないのではないかと思います。

 

ただ、キリスト教徒の中にはアヤソフィアやカーリエ博物館の正教会への返還を求める声も上がっており、対立が表面化しつつあります。

本当に怖いのはこうした対立なのかもしれません。

 

 

[関連記事&サイト]

イスタンブール/トルコ

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