世界遺産NEWS 14/07/12:「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」、世界遺産へ推薦決定

文化庁の文化審議会の世界遺産特別委員会は、2016年の第40回世界遺産委員会に推薦する物件を「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」に一本化しました。

 

現在、世界遺産の文化遺産については各国1年1件までという制限がついています(文化的景観、複数国で推薦を行うトランスナショナル・サイトやトランスバウンダリー・サイトはこの限りではありません)。

日本には5~10年以内に世界遺産を目指す暫定リストに11件(拡大1件を含む)が記載されており、このすべてが文化遺産です。

 

したがって1件の枠を巡って競争が起こるわけですが、今年は以下5件が推薦候補となっていました。

  • 北海道・北東北の縄文遺跡群(北海道、青森、秋田、岩手)
  • 金を中心とする佐渡鉱山の遺産群(新潟)
  • 百舌鳥(もず)・古市(ふるいち)古墳群(大阪)
  • 宗像(むなかた)・沖ノ島と関連遺産群(福岡)
  • 長崎の教会群とキリスト教関連遺産(長崎、熊本)
黒島天主堂
黒島天主堂。キリスト教解禁後に建てられた教会で、レンガ、瓦、木、有田焼タイルといった現地で手に入る材料をうまく活かして建設された

このうち「北海道・北東北の縄文遺跡群」「百舌鳥・古市古墳群」「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」の3件は昨年も候補になっていましたが、2015年の推薦枠を「明治日本の産業革命遺産」に譲っています。

特に「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」について、2015年はプティジャン神父が大浦天主堂で隠れキリシタンを発見した「信徒発見」150周年の節目にあたることと、自治体から出された推薦書原案の完成度の高さからから本命視されていましたが、半ば政治的な理由によってその座を譲ることになりました(右記記事参照→世界遺産NEWS 13/09/28:「明治日本の産業革命遺産」、世界遺産へ推薦決定)。

 

そして7月10日、文化審議会はもっとも高いレベルで推薦の準備が整っているということで、2016年の推薦枠を「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」に与えることを決定しました。

関係者の方、おめでとうございます!

今後の日程は以下のようになっています。

  • 2014年9月末までにUNESCO(ユネスコ/国際連合教育科学文化機関)に暫定推薦書を提出
  • 2015年2月1日までにUNESCOに正式な推薦書を提出
  • 以降1年半をかけてICOMOS(イコモス/国際記念物遺跡会議)が調査を行い、2015年夏~秋には現地調査を実施
  • 2016年の春にICOMOSが評価結果の勧告を発表
  • その報告をもとに2016年夏に開催される第40回世界遺産委員会で世界遺産登録の可否が決定

 

では、その内容を見てみましょう。

 

まずは資産の概要です。

世界遺産特別委員会で配布された世界遺産暫定一覧表記載資産準備状況報告書(自治体作成)から抜粋しましょう。

 

<資産の概要>

「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」は、キリスト教信仰が、大航海時代に西欧から日本に伝わり、日本古来の文化との交流を通じて民衆に深く浸透し、その結果、禁教下の時期にも密かに継承され、独特の宗教・文化的伝統を形成し、解禁後には、それまでの苦難を乗り越えて、根強い信仰の力となって発展していくという、4 世紀にわたる伝播と普及・禁教下の継承・解禁後の信仰の復帰の過程をあらわす城跡・歴史的景観・教会建築のアンサンブルである。

大航海時代を背景とした西洋と東洋の文化交流は、16世紀に入るとポルトガル人の日本到達という新たな段階を迎えた。西洋人との直接交流を通じて、日本人は初めてキリスト教を知り、その新たな宗教的伝統は、急速に国内へ広まった。とりわけ、ポルトガル人を乗せた「南蛮船」が寄港した長崎地方では、洗礼を受けた「キリシタン」が次々と誕生し、領主自らも洗礼を受けて「キリシタン大名」となり、領内ではキリスト教文化が開花した。

しかし、17 世紀に国内を統一した江戸幕府は、キリスト教を禁止・弾圧し、ついには厳しい海禁政策をとって南蛮船を排除すると共に、すべての宣教師を国外へ追放した。残された信者の一部は、その後も独自に・密かに信仰を続けたが、厳しい探索による摘発と弾圧で減少し、18 世紀においても信仰を継承した「潜伏キリシタン」は、長崎地方を中心とした半島や島嶼部だけとなっていた。これらの地域では、16 世紀に伝わった祈りや儀式が日本の伝統・慣習や自然環境に順応しつつ、組織的に受け継がれた。

また19 世紀になると、開墾目的で外海から黒島や五島列島への移住が相次ぎ、この移住者の中に潜伏キリシタンが含まれていたことから、独自の宗教・文化的伝統が継承された地域は長崎各地へと拡大した。

19 世紀の日本の開国は、200 年ぶりの神父の到来を可能とした。来日した神父は長崎に新たに建てた大浦天主堂で、潜伏信者と劇的な再会を果たした。これを契機として長崎地方の潜伏キリシタンの教会復帰が続き、それぞれの集落には、西洋の技術を取り入れつつ現地の材料を用いた素朴な教会堂が次々と建てられていった。

推薦資産は、大航海時代のアジアにおけるキリスト教布教地の東端である日本のなかで、交流の窓口でもあった長崎地方に点在している。資産は16 世紀の東西文化交流とキリスト教繁栄を示す城跡、密かに信仰が集落の中で継承され、人々の生活に浸透したことを示す歴史的景観、19 世紀の再宣教により長崎地方各地の集落に作られた教会建築という3つの資産特性(key character)をもつ13の構成資産からなる。

大浦天主堂
大浦天主堂。正式には二十六聖殉教者天主堂といい、豊臣秀吉の禁教令によって6人の宣教師と20人の信者が鼻と耳を削がれ、この地で磔刑に処せられた

そして、この物件は「キリスト教の伝達と繁栄」「キリスト教の禁止と鎖国」「開国とキリスト教の解禁」という3時代450年以上に及ぶ14※の構成資産からなっています。

このうち、天草市の1件のみが熊本県で、他は長崎県に所属しています。

※当初13件でしたが、2014年12月に「平戸島の聖地と集落(平戸市)」がふたつに分割されました。本記事も修正を加えています

 

<構成資産>

 

■城跡(キリスト教の伝達・繁栄を示す城郭跡や鎖国の原因となる島原・天草一揆の関連遺跡)

  • 日野江城跡(南島原市)
  • 原城跡(南島原市)

 

■歴史的景観(キリスト教の禁止以降にできた潜伏キリシタンの隠れ集落とそれを取り巻く景観)

  • 平戸の聖地と集落[春日集落と安満岳](平戸市)
  • 平戸の聖地と集落[中江ノ島](平戸市)
  • 天草の崎津集落(天草市)※

 

■教会建築(明治以降、キリスト教が解禁されてから建設された土着の教会群)

  • 大浦天主堂と関連施設(長崎市)
  • 出津教会堂と関連遺跡(長崎市)
  • 大野教会堂(長崎市)
  • 黒島天主堂(佐世保市)
  • 田平天主堂(平戸市)
  • 旧野首教会堂と関連遺跡(小値賀町)
  • 頭ケ島天主堂(新上五島町)
  • 旧五輪教会堂(五島市)
  • 江上天主堂(五島市)

 

うーん、おもしろいですね。

特に「信徒発見」のくだり。

1856年、日本の開国にあたってフランスの宣教師が大浦天主堂を建てると、潜伏キリシタンたちが教会を訪れて信仰を告白したという物語です。

200年にわたって日本には教会や神父が存在しなかったわけですが、人々は島々に隠れ住んで信仰を守りつづけてきたわけです。

この様子は世界に発信され、ヨーロッパでも大きなニュースになり、ローマ教皇ピオ9世もいたく感動したということです。

 

ちなみに、来年は2015年で信徒発見から150年を迎えます。

世界遺産に登録される前に、訪れてみてはいかがでしょうか?

 

最後に、キリスト教と禁教に関する大好きな小説を紹介しましょう。

遠藤周作の『沈黙』そして『侍』です。

物語がおもしろいのはもちろん、遠藤周作の考えるキリスト教は古代仏教の哲学にも似ていて非常に興味深いです。

もっとも、それがノーベル文学賞を逃した理由であるとも言われていたりして。

 

[関連記事(続報)]

世界遺産NEWS 16/02/05:「長崎の教会群」世界遺産推薦を取り下げへ

世界遺産NEWS 16/02/13:長崎教会群取り下げ&国立西洋美術館前進他

世界遺産NEWS 16/05/24:長崎の教会群、2資産を外して再推薦へ

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5.グラナダのアルハンブラ宮殿2

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9.福建の土楼2

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