世界遺産NEWS 19/07/28:ダムと油砂開発に揺れるウッド・バッファロー国立公園

世界自然遺産であり、カナダ最大の国立公園でもある「ウッド・バッファロー国立公園」ですが、上流域におけるダム開発や周辺部でのオイルサンド(油砂)の鉱山開発が持ち上がって長らく問題になっています。

UNESCO(ユネスコ=国際連合教育科学文化機関)も問題視しており、危機遺産リストへの登録も懸念されています。

 

‘This must be Canada’s last chance’: UN gives feds 18 months to save Wood Buffalo(The Narwhal。英語)

 

今回はこのニュースをお伝えします。

 

* * * 

カナダの「ウッド・バッファロー国立公園」はカナダ中部、グレートスレーブ湖の南、アサバスカ湖の西に位置する世界遺産です。

アメリカバイソン(バッファロー)の一種であるウッドバイソン(シンリンバイソン)からその名がとられているように約5,000頭が暮らすアメリカバイソンの楽園として知られ、他にもオオカミやヘラジカといった大型哺乳動物や渡り鳥の重要な営巣地でもあるなど数多くの動植物が生息しています。

 

そんな野生生物の宝庫ですが、いま「北米でもっとも脅かされている世界遺産」のひとつに数えられるほどの危機を迎えています。

原因はダムの建設やオイルサンド油田の開発に伴う環境の悪化です。

 

ダムは「サイトCダム」と呼ばれるもので、ウッド・バッファロー国立公園の南西約500kmほどのピース川上流で建設が進められています。

ダムの最大出力は約1,100mW(メガワット。黒部ダムで335mW)で、完成予定は2024年前後となっています。

 

ダム計画が立ち上げられたのは1970年代と言われますが、当初からさまざまな論争が巻き起こりました。

まずは環境に対する影響評価で、ピース川は定期的に氾濫することで周囲の土壌に栄養分を供給していますが、ダムが完成するとこうした氾濫が減り、水量そのものも減少すると考えられています。

特に世界最大級の淡水内陸デルタ(三角州)であるピース・アサバスカ・デルタのような湿地帯は大きな打撃を受けると予想されます。

これらに対して政府の環境アセスメントが発表されており、環境に対する予算として5年間で2,750万ドルの拠出を約束していますが、過小評価であり不十分であるという批判が起こっています。

 

また、流域に暮らす11の先住民コミュニティと彼らの生活が脅かされることから権利侵害にあたるということで種々の反対運動が巻き起こっています。

一部は訴訟に発展しており、今後法的措置を検討している先住民も存在します。

こうした現状に対して一部の科学者はより科学的な環境アセスメントと先住民との和解を求めて政府と自治体に働きかけています。

 

オイルサンドの鉱山開発はカナダの資源開発大手テック・リソーシズが進めるプロジェクトで、ウッド・バッファロー国立公園の南約30kmでの開発を計画しています。

開発された場合はアルバータ州最大のオイルサンド鉱山となり、資源量は32億バレルに及び、40年以上にわたって稼働が期待されています。

 

しかしながら開発に伴う環境破壊や稼働後の水質汚濁に対する懸念は大きく、さらにカナダの温室効果ガス排出量削減目標(2030年までに30%の削減)が絶望的になるなど、負の効果がオイルサンドから得られる利益を上回るとの評価もあがっています(原油価格の見積もりにもよりますがこちらも議論百出しています)。

アルバータ州は温室効果ガス排出量に上限を定める条例の制定を目指していますが、反対も起きており、上限が開発プロジェクトに与える影響も未知数となっています。

 

こうした問題はUNESCOの世界遺産委員会でも討議されており、2017年の第41回世界遺産委員会において自然遺産の調査・評価を行っているIUCN(国際自然保護連合)は顕著な普遍的価値が毀損されつつあると報告し、委員会は危機遺産リストへの登録も示唆しました。

先日6月30日~7月10日に開催された第43回世界遺産委員会でも一部が報告されています。

カナダ政府は2020年12月末までにダム、オイルサンド、先住民の問題についてUNESCOへの報告書の提出を義務づけられており、2021年夏の世界遺産委員会で討議される予定です。

 

* * *

カナダの世界遺産「ウッド・バッファロー国立公園」のアメリカ・バイソン
カナダの世界遺産「ウッド・バッファロー国立公園」のアメリカ・バイソン (C) Ansgar Walk

先日も2019年新登録の世界遺産を紹介しましたが、世界遺産委員会で注目されるのはやはり新登録物件です。

しかしながら世界遺産活動の目的は顕著な普遍的価値を持つ文化遺産や自然遺産を守ることなので、登録活動よりも保存・保全活動こそが本懐です。

 

危機遺産リストに登録されていない世界遺産でも開発と保全に関するこうした攻防が日夜繰り広げられています。

世界遺産であるということでUNESCOの監視態勢下に入るわけですが、このことが世界遺産や周辺の環境保全に役立っているのは間違いない事実です。

 

最近、「世界遺産が多すぎる」とか「わかりにくい世界遺産が多くなった」などという言葉をよく耳にしますが、本来、数やわかりやすさは世界遺産活動とは関係がありません。

ただ、数が多すぎると管理しきれないという人的・物理的・時間的・予算的な制約から登録の厳格化や登録数の制限が求められたり、ブランド力や啓蒙という点からわかりやすさが問われているわけです。

 

世界遺産の本懐は保存・保全活動です。

逆に言えば、世界遺産が守られなくなってしまったら活動としてはおしまいです。

ただの旅行地ランキングにすぎなくなり、その意義は消失するでしょう。

「ウッド・バッファロー国立公園」のような世界遺産がどのように守られていくのかが、そのカギを握っているような気がします。

 

 

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※各記事にさらに関連の過去記事へのリンクあり

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