世界遺産NEWS 16/12/22:アレッポ解放とパルミラ再占領
12月15日、シリアのアサド大統領は反政府勢力が支配していたアレッポ東部を制圧し、市内のほぼ全域を支配下に収めたことを宣言しました。
アレッポには世界遺産「古都アレッポ」がありますが、戦闘でスーク(市場)の数百軒が焼失し、グレート・モスクのミナレットが倒壊するなど多大な被害を出していました。
反対に、今年3月にシリア政府軍が奪還していたパルミラでは、ISIL(いわゆるイスラム国)の侵攻により再制圧されたようです。
こちらには世界遺産「パルミラの遺跡」があるのですが、政府軍やロシア軍の空爆に対する報復として遺跡の破壊が懸念されています。
今回はこうした最新のシリア情勢をお伝えします。
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2010年12月18日に起きたチュニジア・ジャスミン革命の影響を受けて、シリアでも1970年から政権を独占しているアサド氏に対して反政府デモが勃発し、やがて内戦状態に陥りました。
2013~14年にかけてアレッポで激しい戦闘が行われ、世界遺産「古都アレッポ」の構成資産であるスークやグレート・モスクが大きな被害を受けました。
戦闘はシリア中に飛び火して、2013年6月にはシリアに6件ある世界遺産のすべてが危機遺産リストに掲載されました。
シリア問題の厄介なところは、勢力が多岐にわたっていて関係が非常に複雑である点でしょう。
大別すればアサド政権と反政府勢力に分けられるのですが、反政府勢力の中には欧米が支援する穏健派がいて、敵視するアルカイダ系やISILも勢力を保っていますし、これらに属さない勢力も少なくありません。
たとえばクルド人勢力はアサド政権ともISILとも対立していますが、同じように両勢力と対立するトルコと完全に敵対している一方、ロシアやイランとは緊密な関係にあったりします。
トルコは当初アサド政権、ISIL、クルド人勢力、ロシアのいずれとも対立関係にありましたが、ここのところはロシアと良好な関係を保っており、アサド政権にも近づいているようです。
2015年後半まではアメリカやイギリスが支援する反政府勢力穏健派が優位に立っており、アサド政権の崩壊も近いと見られていました。
しかし、2015年10月31日にロシア民間機墜落事件、11月13日にパリ同時多発テロ事件が起きると様相が一変します。
ヨーロッパ諸国の関心は難民の流入阻止とISILの解体にシフトし、アサド政権の維持やロシアによる空爆に理解を示しはじめました。
これに乗じてロシアは空軍を展開し、シリア政府軍とともにISILに対する空爆を開始しました。
たとえばパルミラは2015年5月よりISILの勢力下に入っていましたが、空爆が奏功して2016年3月に奪還に成功しています。
アメリカはロシアによる反政府勢力穏健派に対する空爆やシリア政府による化学兵器の使用疑惑を強く非難しましたが、真相は究明されることなく事態は推移しています。
そして冒頭のニュースです。
この12月、政府軍とロシア軍は反政府勢力の拠点であるアレッポ東部に対し、周辺から孤立させたうえで徹底的な空爆を行いました。
市民が暮らす地域でもあったことから潘基文国連事務総長は「虐殺」と非難し、「アレッポは地獄と同じ」との声明を出しています。
アサド大統領が15日に制圧を宣言すると、反政府勢力側も撤退に同意し、数万人に及ぶ市民の避難が開始されました。
イギリスの人権監視団によると21日までに撤退はおおおそ完了したということですが、継続中との情報もあったりします。
12月19日にトルコの首都アンカラで駐トルコ・ロシア大使が射殺される事件が起きましたが、「アレッポを忘れるな」と叫んでいたことからロシアの空爆に対する報復である可能性が指摘されています。
同じ頃、パルミラではISILが戦車と重火器を用いて再侵攻を行い、奪還に成功したと伝えられています。
ロシアの支援を受けていた政府軍の武器・弾薬を大量に入手し、抵抗を強めているようです。
政府軍のアレッポ侵攻の報復として、遺跡の破壊が懸念されています。
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このところ、ロシアやイランの支援を受けたアサド政権が軍事的優位に立っているようです。
アサド-プーチンのラインがシリアを安定させる可能性もあるわけですが、アレッポで多くの市民が亡くなっているという報道もあり、各地でテロが起きている事実もあって心配は尽きません。
来年1月20日に大統領に就任するトランプ氏の動向も気になるところです。
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