世界遺産の見方 1.知性的鑑賞法

世界遺産を見るにも2通りの見方がある――そう考えています。

 

「知性的な見方」と「感性的な見方」。

あるいは「ロジック的な捉え方」と「アート的な捉え方」。

この2通りです。

 

まずは知性的鑑賞法から解説していきましょう。

 

絵にたとえます。

ここにカンディンスキーの「印象III <コンサート>」があるとします。

この絵をどのように見たらいいのでしょうか?

 

ヴァシリー・カンディンスキー「印象III <コンサート>」1911年、レンバッハハウス美術館
ヴァシリー・カンディンスキー「印象III <コンサート>」1911年、レンバッハハウス美術館

知性的鑑賞法ではロジックでもって絵を解体します。


いったい何を描いているのか?

カンディンスキーはなぜこんな絵を描いたのか?

どんな方法でこの絵を描いたのか?

構図や色の配置はどうか?

美術史上、どんな意義があるのか?

 

こうした問いを立て、それに応える形で絵を鑑賞していきます。

 

この絵の場合。

一般的に、これはコンサートの様子を描いていると言われています。

中央の黒がピアノ、左手前の色の羅列が聴衆、そして全体を貫く黄のイメージはコンサートホール内の印象です。

この絵はコンサートを貫く音と光の印象を絵で代弁したものと言えそうです。


印象主義が終わりを迎える1900年前後、絵はリアルであることよりも、感性や感情をより直接的に表現する方向に向かいつつありました。

強烈な色彩で感覚に訴えかけるマティスらのフォーヴィスムがその一例です。

1910年、カンディンスキーはミュンヘンで「青騎士」と呼ばれるサークルを結成し、形を大胆に崩した抽象画を描きはじめます。

「印象III <コンサート>」はその時代の代表作の1つで、20世紀を貫く抽象芸術のパイオニアとなりました。

 

そう思ってこの絵を見ると味わいはより深くなるでしょう。

世界遺産も同様です。

 

たとえば姫路城を見る。

姫路城、右が大天守
姫路城、右が大天守

なぜ姫路城が建てられたのか?

どんな時代背景があったのか?

どんな建築法で建てられたのか?

その歴史的価値はどうか?

世界的な意義は何か?


こうした問いを意識して世界遺産を見ると、また違った感動が湧き起こってくるはずです。

世界遺産の場合、特に意識したいのが世界遺産の「登録基準」です。


世界遺産に登録されるためには、10ある登録基準の少なくとも1つをクリアする必要があります。

そしていずれの世界遺産も登録基準を世界的なレベルでクリアしているかどうか、文化遺産についてはICOMOS(イコモス=国際記念物遺跡会議)の、自然遺産についてはIUCN(国際自然保護連合)の調査を受けなければなりません。

この調査結果を参考に、毎年開催される世界遺産委員会で世界遺産リストへの登録の可否が決定します。


世界遺産登録基準(i)~(vi)が文化遺産、(vii)~(X)が自然遺産の登録基準)

(i) 人間の創造的な才能を表現する傑作であるもの

(ii) 一定の期間、または世界のある文化圏において、建築・技術・記念碑・街並み・景観デザインの発展において、人類の価値の重要な交流を示しているもの

(iii) 現存する、またはすでに消滅した文化的伝統や文明に関する唯一の、あるいはまれな証拠を示しているもの

(iv) 人類の歴史の重要な段階を示す建築物、建築様式、技術集合体、または景観の顕著な例といえるもの

(v) ある文化(ある複数の文化)や人類の環境的相互作用を特徴づける人類の伝統的集落や土地や海洋利用の顕著な例であるもの。特に、回復が困難で、存続が危うい状態にあるもの

(vi) 顕著で普遍的な価値を有する出来事や現在存続する伝統で、思想・信仰・芸術作品・あるいは文学作品と直接に、または実質的に関連があるもの(本基準は他の基準と関連して適用されるべき基準と考えられている)

(vii) 類まれな自然の美や美的要素を有した自然現象、または地域を含むもの

(viii) 生命の記録、進行中の地形発達の重要な地質学的過程、または重要な地形学的・自然地理学的特徴を含む、地球の歴史の主要な段階を示す顕著な例であるもの

(ix) 陸上・淡水・沿岸・海洋生態系・動植物群集の進化や発展において、進行中の重要な生態学的・生物学的過程を示す顕著な例であるもの

(x) 学術上・保全上の観点から顕著な普遍的価値を有し、絶滅の恐れがある種が生息しているなど、生物の多様性保全の観点からもっとも重要な自然の生息地を含むもの

 

面倒な人のために大胆に省略しましょう。

(i) 人類の創造的傑作

(ii)  重要な文化交流の跡

(iii)  文化・文明の稀有な証拠

(iv)  人類史的に重要な建造物や景観

(v)   伝統集落や環境利用の顕著な例

(vi)  価値ある出来事や伝統関連の遺産

(vii)  類まれな自然美

(viii) 地球史的に重要な地質や地形

(ix)  生態学的・生物学的に重要な生態系

(x)   生物多様性に富み絶滅危惧種を有する地域

 

姫路城の場合、登録基準(i)(iv)を満たしたとして、つまり「人類の創り出した世界的な傑作」であり、「世界の城を代表する一例」であるということで、1993年に世界遺産リストへの登録が決まりました。

実際登録理由では、白漆喰で統一されたデザインはもちろん、木材を組み合わせた細部の機能美が高く評価されており、「日本の城郭建築の最高傑作」と書かれています。

その詳細はUNESCO(ユネスコ=国連教育科学文化機関)のHPで見ることができます。

 

Himeji-jo

 "Document"にある書類を参照してみてください(英語/フランス語)


姫路城を訪ねる際には「いかに登録基準をクリアしたのか」を意識して見学すると、その世界的意義が正しく理解できることでしょう。

ガイドブックを買う際には「登録基準について触れているかどうか」を1つの指標にしてみるといいかもしれませんね。

 

もちろん、世界遺産には登録基準以外にも価値があるのも事実です。

実はこの姫路城、登録基準(iii)でも普遍的価値を主張していましたが、世界的な価値は認められませんでした。

ですが姫路城が日本国内においてもっと多様な価値を持っていること、たとえば武家文化の重要な表現の1つであることに疑いはありません。


そして姫路城が世界遺産に登録されて以降、日本の城は世界遺産に登録されにくくなったと言われています。

世界遺産はある文化や自然の切り口・ストーリーの最上の一例を代表して登録するものであると考えられているからです(これを代表性と言います)。

日本の中世の城は姫路城で代表されてしまったので、これと異なる顕著な普遍的価値がない限り登録することができないのです。

これが長年日本の世界遺産暫定リストに記載されている彦根城がなかなか世界遺産リストに登録されない理由のひとつであったりします。

 

もちろん、彦根城に顕著な普遍的価値がないわけでも姫路城に劣るわけでもありません。

この点は世界遺産委員会においても再三確認されています。

 

このように、世界遺産は世界的なレベルで価値があると認められた遺産であり、それはある文化や自然を代表するものであるわけです。

世界遺産を学ぶならまず登録基準を追ってその普遍的価値を知ること。

これが知性的鑑賞法の第一歩です。

 

そして世界に通用する価値を知ったのち、さらに掘り下げて調べていく。

こうすることで、その遺産を世界的な視点で見ることができるようになるはずです。

 

* * *

 

さて、ここまでは知性=論理によって世界遺産を解体し鑑賞する方法を紹介しました。

でも、実はぼくは絵画や世界遺産はまずあらゆる知識を排除して鑑賞するべきだと考えています。

虫=怖いという知識を信仰してしまうと虫を美的に鑑賞できなくなるように、知識は先入観となって感性のジャマをしてしまうからです。

 

次回はそのために感性によってアート的に世界遺産を捉える「感性的鑑賞法」を紹介します。

 

 


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