世界遺産NEWS 16/08/07:公海・深海に広がる世界遺産条約の挑戦

現在、地球上には1,052件の世界遺産が存在します。

世界遺産は世界遺産条約を締結した国や地域によって推薦・管理・保全されるため、すべての世界遺産はいずれかの国や地域に所属していることになります(所属国が都市表記となっている「エルサレムの旧市街とその城壁群」のように、領有権に問題がある物件はいくつか存在します)。

 

ところで地球の70%を海が占めており、海の60~66%は各国の領海やEEZ(排他的経済水域)の外にあります。

このように、いずれの国の主権も管轄権も及ばない海域を「公海 "high sea"」と呼びます。

 

自然や文化を保護するほとんどの条約は国や地域を対象としており、たとえば海洋法に関する国際連合条約でも生物多様性条約でも世界遺産条約でも公海は非対象となっています。

ところがそれによってカバーできるのは地球表面の50~60%程度にすぎず、非締約国も存在します。

 

つまり、現状では地球のおよそ半分はこうした条約の対象外なのです。

 

公海や深海での違法な開発や漁が横行している現状から、近年、国家管轄圏外区域 "Areas Beyond National Jurisdiction"、すなわちABNJの保護・保全の必要性が叫ばれており、国連やIUCN(国際自然保護連合)を中心に盛んに議論されています。

 

一例がUNESCO(ユネスコ=国際連合教育科学文化機関)で2001年に採択され、2009年に発効した水中文化遺産保護条約です。

この条約では100年以上水中にある文化財を水中文化遺産と定め、領海はもちろんEEZや深海域であっても保護の対象としており、水中文化遺産の商業利用を禁止して調査研究・保全を優先することなどを規定しています。

ただ、EEZの管轄権などを巡って議論があり、日本やアメリカなどの主要先進国は批准には至っていません。

 

そしてこの8月上旬、UNESCO世界遺産センターは、「グランドキャニオンやガラパゴス諸島、セレンゲティ国立公園に与えたのと同じように、世界的に希少な外洋や深海にもっと目を向けなければならない」ということで "World Heritage in the High Seas: An Idea Whose Time Has Come" というレポートを発表し、ABNJに存在する顕著な普遍的価値を持つ物件を世界遺産に登録するためのケース・スタディを紹介しています。 

World Heritage in the High Seas: An Idea Whose Time Has Come

このレポートが例として挙げているのは海底に沈んだサンゴ礁や遺跡、海藻地帯、海底火山等々で、5件の具体例を出してその顕著な普遍的価値を例示しています。

その5件を紹介しましょう。

 

1.ロストシティ熱水地帯

2000年に発見された熱水噴出地帯で、大西洋の中央部、水深700~800mに位置している。砂漠におけるオアシスのように、暗く冷たい深海の中で熱やミネラルを提供し、豊かな生態系を育んでいる。また、周囲には高さ60mに及ぶ炭酸塩の柱が林立しており、信じがたい景観を見せている。

 

2.コスタリカのサーマル・ドーム

コスタリカ沖に広がる300~500kmほどの広さの海域で、風や海流・海底等の影響からイルカやマンタ、サメ、マグロ、ウミガメをはじめ、海洋哺乳類や大型魚類・大型爬虫類の回遊地となっている。シロナガスクジラのような絶滅危惧種も多く、早急な保護が求められている。

 

3.ホワイトシャーク・カフェ

北アメリカ大陸とハワイ諸島の間に広がる海域で、映画『ジョーズ』のモデルとなった世界最大・最強のサメ、ホホジロザメ "great white shark" の最大生息地として知られている。他にもアオザメ、ネズミザメ、ヨシキリザメといった多様なサメが生息しており、絶滅危惧種も少なくない。

 

4.サルガッソ海

北大西洋の海域で、環流によって集まった海藻の集団が観察されることから「大洋に浮かぶ黄金の熱帯雨林」と呼ばれている。また、風が吹かず、藻が船に絡みついて破壊することから「魔の海」「船の墓場」としても知られる。多くの生物がこうした海藻を拠り所として生きており、特有の生態系を築いている。

 

5.アトランティス・バンク

インド洋の亜熱帯海域に位置し、かつてはサンゴ礁だったが地殻変動によって沈降し、現在は700~5,000m以上の深さとなっている。サンゴ礁由来の地形が複雑で希少であるだけでなく、外洋・深海であるにもかかわらず海洋生物は非常に多彩で、深海動植物の貴重なホットスポットとなっている。

上の5件に代表されるように、ABNJにも顕著な普遍的価値を有する物件があることは明らかです。

そして当然それを保護・保全する必要があるのですが、このレポートはABNJの物件も世界遺産条約の枠組みの中で十分に対応可能であるとしています。

 

ただ、たとえば公海では航海の自由が認められているように、国際法によって承認された権利や慣習・活動などとの調整は必要ですし、誰がどのように推薦し管理するのかといった問題も解決しなければなりません。

 

いずれにせよ地球上の半分近くが保護・保全の対象から外れているというのはおかしな話ですし、海洋の循環は地球の気候や生態系に大きな影響を与えていることからも保護・保全が必要であることは論を待ちません。

 

現在、国連やIUCNはさまざまな機関と協力してBBNJ(ABNJにおける海洋生物多様性)を確保し、MPA(ABNJにおける海洋保全地域)を設置する方法を模索しています。

世界遺産条約もその一端を担うことになるかもしれませんね。

 

レポートは下記のサイトからダウンロード可能です。

興味深い話がてんこ盛りですから、ぜひ一読してみてください。

 

 

[関連サイト]

World Heritage in the High Seas(UNESCO公式サイト。英語)

 


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『朝日新聞 世界の扉』記事執筆。『Fine』自然遺産特集執筆。『地球の歩き方 MOOK 世界のビーチBEST100』『ノジュール』に旅のスペシャリスト・達人として参加。『PEN』でアフリカの世界遺産執筆。『MONOQLO』世界遺産特集取材協力。『女性セブン』で日本の世界遺産を解説。エクスナレッジ『聖地建築巡礼 世界遺産から現代建築まで、73の聖地を巡る旅』、洋泉社ムック『負の世界遺産』執筆。RKBラジオ、FM TOKYOで世界遺産特集出演。その他企業・大学広報誌等。

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