世界遺産NEWS 20/11/23:イエメンの「砂漠のマンハッタン」シバームが崩壊の危機

イエメンの世界遺産「シバームの旧城壁都市」は最大で7階にもなる伝統的高層建築によってとてもユニークな街並みを見せています。

ところが多発する洪水によって大きなダメージを受けており、多くの建物が倒壊の危機にあるようです。

 

In Pictures: Yemen’s ‘Manhattan of the Desert’ risks collapse(ALJAZEERA)

 

洪水は世界遺産「サナア旧市街」などでも起きており、EU(欧州連合)やUNESCO(ユネスコ=国際連合教育科学文化機関)はイエメンの歴史的建造物を保護するための支援プロジェクトを進めています。

今回はこのニュースをお伝えします。

 

* * *

イエメンのシバームは古代から存在する砂漠の中の交易都市。

16世紀に現在見られる城壁に囲まれた城郭都市が形成され、狭い土地の中でスペースを確保しようと最大7階に及ぶ高層建築が日干しレンガを使用した伝統的な建築法で築かれました。

砂漠にたたずむ高層建築は雄大で、「砂漠のマンハッタン」「最古の摩天楼」といった異名を持っています。

 

しかし、2010年のチュニジア・ジャスミン革命をきっかけに起こった中東の長期独裁政権の連鎖的崩壊=アラブの春以降の混乱がいまだに続いています。

旧政権を打倒したフーシ派や、旧政権の指導者だったハーディー大統領率いる暫定政権、そこから派生した南部暫定評議会などが勢力を争っています。

 

2015年には暫定政権を支持するサウジアラビアを中心としたスンニ派諸国がアラブ連合軍を組織してイエメンを空爆。

特に首都サナアは大きな被害を受け、同年に世界遺産「サナア旧市街」と「シバームの旧城壁都市」が危機遺産リストに搭載されました。

国連はこの年、イエメンが「最悪レベルの人道危機」にあり、2,100万人が支援を必要としていると発表しています。

 

2015年11月には観測史上はじめてイエメンにサイクロン(インド洋の台風)が上陸。

それも1週間の間にチャパラとメグというサイクロンが立てつづけに襲来しました。

その後も2018年のメクヌとルバン、2019年のヒカアとキアル、2020年のアルブと、毎年のようにサイクロンに襲われるようになりました。

全体の降水量が増えているという報告もあり、降水量の増加がバッタの大発生を引き起こしているともいわれています。

さて、今回のニュースです。

 

シバームは毎年5~9月頃に雨季を迎えますが、今年は相次ぐ集中豪雨によって洪水が多発しています。

雨季といっても、もっともよく雨が降る7~8月でも月30mm程度で、東京でもっとも雨が少ない12月の約50mmと比べれば非常に少ないことがわかります。

それでも洪水が多発するのは砂漠特有の事情によります。

 

この地方の地盤は土ではなく岩石が中心で、水が集まる川もないため、降った雨は吸収されたり排出されずにそのまま岩盤を滑り落ちていきます。

通常、こうした流れは雨季にのみ川になる涸れ川=ワディ(ワジ)を流れますが、一定量を超えると途端に洪水になってしまいます。

特に上流で雨が降った場合、下流で雨が降っていなくても遠くから鉄砲水が押し寄せてくることがあり、砂漠で溺死者が多く見られる要因となっています。

 

ワディの周囲は平らで歩きやすく比較的肥えており、掘れば地下水が流れていることも多いことから人が集まりやすくなっています。

シバームもアラビア半島最大のワディであるハドラマウト・ワディに隣接して築かれています。

過去、何度か洪水によって破壊された歴史があり、現在の城壁も1532~33年の大洪水の後、新たに築かれたものとなっています。

イエメンの世界遺産「シバームの旧城壁都市」
城壁に囲まれた世界遺産「シバームの旧城壁都市」(C) Hasso Hohmann

このように洪水被害に遭いやすい環境で、しかも日干しレンガという水に溶けやすい素材で築かれていることから建物のメンテナンスが欠かせません。

ところが現在の政治的状況と新型コロナウイルス感染症の拡大の影響による社会的状況、人々に現金収入がないという経済的状況のため、メンテナンスができない状態に置かれています。

 

最近の洪水では町の4基の塔が破壊され、15基の塔が損傷しましたが、修復は行われていないようです。

来年の雨季までに直さなければ次こそ倒壊すると見られる建物も多く、援助が必要とされています。

 

こうした状況に対し、UNESCOは専門家を派遣し、イエメンの8,000を超える歴史的建造物を調査し、78の建物の安定化や修復を行いました。

この際に利用されたのが、EUが立ち上げたイエメンの若者の雇用を創出するCFW(キャッシュ・フォー・ワーク。災害被災地の自立支援のための一時的雇用制度)で、3年間1,000万ユーロ(約12.3億円)の予算を利用して若者の雇用創出につなげています。

 

さらに現在、UNESCOはシバームで166,000ユーロ(約2,000万円)の予算で40の建物の修復を進めています。

それでも修復しなければならない建物は数多く、時間・予算・人の不足が深刻化しています。

 

11月21日にはアントニオ・グテーレス国連事務総長が声明を発表し、イエメンが「ここ数十年間で最悪規模の飢饉の危機に見舞われている」とし、「早急な行動がなければ数百万人の命が失われる可能性がある」と警戒しています。

その理由として紛争や洪水・害虫の被害に加え、新型コロナによる影響で支援が大幅に減っていることを挙げています。

 

イエメンの苦難にはまだまだ終わりが見えません。

 

 

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