絵&写真10:写真と抽象芸術 ~アンドレアス・グルスキー~

見事な抽象画だ。

アンドレアス・グルスキーの作品を見るといつもそう感じる。

たとえば代表作「ライン川 2」。

 

アンドレアス・グルスキー「ライン川 2」1999年
アンドレアス・グルスキー「ライン川 2」1999年

 

カラーフィールド・ペインティング――

キャンパスを一定の区画に区切って彩色した抽象画法をこう呼ぶ。

下はその旗手バーネット・ニューマンの作品だ。

 

バーネット・ニューマン「崇高にして英雄的なる人」1950-51年、ニューヨーク近代美術館
バーネット・ニューマン「崇高にして英雄的なる人」1950-51年、ニューヨーク近代美術館

 

そしてアンドレアス・グルスキー「パリ・モンパルナス」。

これを見てモンドリアンを思い浮かべる人は少なくないと思う。

小さくしてしまうとなんとも迫力がないが、幅4m以上もある作品なのでそのつもりで。

 

アンドレアス・グルスキー「パリ・モンパルナス」1993年
アンドレアス・グルスキー「パリ・モンパルナス」1993年
ピエト・モンドリアン「赤、黄、青と黒のコンポジション」1921年、ハーグ市立美術館
ピエト・モンドリアン「赤、黄、青と黒のコンポジション」1921年、ハーグ市立美術館

 

抽象画の場合、第8回のジャクソン・ポロック第9回のマーク・ロスコの記事で書いた通り、描いた物には意味がない。

被写体が川であること、マンションであることに意味はない。

 

色と形。

問題はその色と形がもたらす感覚だ。

 

たとえばグルスキーには「バンコク」というシリーズがある。

ゴミや油があちらこちらに浮かぶチャオプラヤー川の川面を捉えて見事な作品に仕上げている。

被写体が川であること、ゴミであること、油であることと、美とはなんのつながりもない。

ぼくは「バンコク」を見るとカンディンスキーを思い起こさずにはいられない。

 

アンドレアス・グルスキー「99セント」1999年
アンドレアス・グルスキー「99セント」1999年
ワシリー・カンディンスキー「アンブロークン・ライン」1923年
ワシリー・カンディンスキー「アンブロークン・ライン」1923年

 

こうした視線で眺めるとき、世界が美で覆い尽くされていることが理解できる。

ぼくが今いるここも、あたなが今いるそこも、隙間なく美に満たされている。

 

現にグルスキーはどこにでもあるような川面からバーネット・ニューマンやワシリー・カンディンスキーの美を表現した。

きっとグルスキーならここでも、そこでも、美しい写真を撮影して見せるだろう。


「世界の存在は美的現象としてのみ是認される」(ニーチェ著、秋山英夫訳『悲劇の誕生』岩波文庫より)

 

世界というのは写真のようなものだ。

ちょうどフィルムを現像して写真が焼き上がるように、人は五官を通して感じた色や味や香りや音や肌触りといった「感じ」、つまり「美」を加工してこの世界を描き出す。

ぼくらが見ている映像は美という素材を人の思考が現像した「作品」であって、世界という「客観」ではない。

 

思考を経たあとのその「作品」は地域や時代や民族や国ごとの文化の影響を大きく受けていて、それぞれの世界観に彩られている。

同じものを眺めても、ぼくの見ている世界はあなたが見ている世界とは似ても似つかぬものなのだろう。


生きるということは、こうして美から世界を描き出すということだ。

アンドレアス・グルスキー「バーレーン 2」1999年
アンドレアス・グルスキー「バーレーン 2」1999年

そして。

アートは生きることと反対に、世界を削り、人の思考を廃してもとの美を抽出すること。

あらゆる先入観を廃し、主観を消し、思考を止め、「私」をどこまでも透明にして、その奥底に潜む「人間」にたどり着くこと。

 

これをするために、写真はとても幅広い表現法であることがよくわかる。

グルスキーは場面を選ぶことで写実画も印象画も抽象画も描き分けてしまう。

 

彼は写真を加工することでしばしば批判されてきたが、彼にとってそれが写真であるか否かはたいした問題ではないのだろう。

問うているのはその色と形がもたらす感覚なのだから。

 

こういう写真を見ていると、無性に写真が撮りたくなる。

ぼくが今まさに見ているこの空間のこの美。

これをなんとか表現したくなる。

 

うーん、しばらく撮影していなかったけれど、また写真はじめようかな。

 

 

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アンドレアス・グルスキー展

2:絵と写真の不思議

 

(C) ANDREAS GURSKY / JASPAR, 2013 Courtesy SPRUTH MAGERS BERLIN LONDON

 


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