世界遺産と建築09 ロマネスク建築

シリーズ「世界遺産で学ぶ世界の建築」では世界遺産を通して世界の建築の基礎知識を紹介します。

なお、本シリーズはほぼ毎年更新している以下の電子書籍の写真や文章を大幅に削ったダイジェスト記事となっています。

 

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第9回はロマネスク建築の基礎知識を紹介します。

ロマネスク建築、特にローマ・カトリックの教会堂の特徴の一例は以下です。

  • ラテン十字形の平面プランを持つ
  • 身廊を側廊が支える凸形で重厚な壁を持つ

 

* * *

 

<ロマネスク建築>

■ローマ建築の再興

ドイツの世界遺産「シュパイアー大聖堂」
ドイツの世界遺産「シュパイアー大聖堂」。11世紀に建設されたロマネスク建築の傑作で、均整の取れたラテン十字形をしています。天井は石造ですが、△形の屋根は木造です(木造トラス屋根)。色の違う右下の建物はウェストワークで、19世紀にロマネスク・リバイバル様式で築かれたナルテックス(拝廊)です
世界遺産「フィレンツェ歴史地区(イタリア)」、サン・ミニアート・アル・モンテ聖堂
サン・ミニアート・アル・モンテ聖堂。中央の身廊の左右に低い側廊を構えた凸字形が確認できます。ファサードの幾何学的な装飾はルネサンスを予感させます。世界遺産「フィレンツェ歴史地区(イタリア)」構成資産

中世の時代、西ヨーロッパではローマ時代に生まれたバシリカ以降、大きな飛躍はありませんでした。

 

11世紀前後に民族大移動が終わると西欧のおおよその形ができあがり、中世ヨーロッパは落ち着きを取り戻します。

特に第1ミレニアム(西暦1~1000年)末の世界滅亡説(千年王国説)を乗り切ると、神への感謝を込めて大都市で大聖堂の建設・再建ラッシュがはじまりました。

 

その際に参考にされたのがローマ時代の建造物群です。

この時代、ほとんどの教会堂は簡素な単廊式バシリカで、屋根や天井は木造でした。

しかし、建築家たちはローマ建築の研究を進めてアーチやヴォールトの技術を復活させ、徐々に石造天井が普及していきます。

ただ、屋根については雨を避けるために傾斜をつけて△形にする必要から木造で、天井の上に蓋をするような形で据えられました(小屋組。木造トラス屋根)。

 

石造天井はより荘厳な空間を生み出しましたが、重い天井を支えるために壁は分厚くならざるをえず、側廊の壁も利用して凸形の構造で中央の身廊の重みを支えました。

窓を大きく取れなかった代わりに、暗い空間に走る一筋の光をドラマティックに演出しました。 

こうしたローマ風の建築様式を「ロマネスク様式」といいます。

 

■ラテン十字式とウェストワーク(西構え)

ラテン十字形・平面プランの例
ラテン十字形・平面プランの例。濃い青が身廊、その上下が側廊、上下に飛び出した短軸部分が翼廊(袖廊)、交差部分が交差廊、濃い緑が内陣、ピンク部分が周歩廊。左端の黄緑は西ファサードのナルテックス(拝廊)で西面はウェストワークと呼ばれます
世界遺産「コルヴァイのカロリング朝ヴェストヴェルクとキヴィタス(ドイツ)」、旧コルヴァイ修道院教会
旧コルヴァイ修道院。2本の塔を持つ建物が旧修道院教会のウェストワーク(ドイツ語でヴェストヴェルク)。世界遺産「コルヴァイのカロリング朝ヴェストヴェルクとキヴィタス(ドイツ)」構成資産
ドイツの世界遺産「ヒルデスハイムの聖マリア大聖堂と聖ミカエル教会」、聖マリア大聖堂
ドイツの世界遺産「ヒルデスハイムの聖マリア大聖堂と聖ミカエル教会」、聖マリア大聖堂。右の大きな建物がウェストワークで、中央の塔はクロッシング塔。ドイツではこうした極端に大きなウェストワークが発達しました (C) Jutta77

正教会では縦横の軸の長さが等しい「+」形の「ギリシア十字」が普及しましたが、ローマ・カトリックでは長い縦軸と短い横軸をもつ「†」形の「ラテン十字」が好まれました。

この形は教会堂にも採用され、ラテン十字形の平面プランを持つクロス・ドーム・バシリカが広がっていきました。

 

ラテン十字の特徴は正面性(方向性)を持つという点です。

そのバリエーションは多彩ですが、一般的には長軸上部の頭の部分を上とし、短軸を横軸とします。

そして頭部に至聖所をはじめとする内陣(神像や祭壇を収めた聖域)を置き、日が昇る東の方角に設置しています。

 

内陣の反対方向である長軸の下部(西側)には信者が集まる身廊が設けられ、人々を迎え入れる西ファサード(正面)は「ウェストワーク(西構え)」と呼ばれて教会堂の顔となり、塔や彫刻・レリーフなどで華やかに装飾されました。

ウェストワークとして西にはしばしばナルテックス(拝廊)と呼ばれる廊下が取りつけられ(エソナルテックス/内部拝廊)、特別な建物を設置することもありました(エクソナルテックス/外部拝廊)。

最上段の写真のシュパイアー大聖堂※の西端にはウェストワークとしてナルテックスが設けられています。

※世界遺産「シュパイアー大聖堂(ドイツ)」

 

■交差ヴォールト

交差ヴォールト
交差ヴォールト。縦・横ふたつの筒型ヴォールトを交差させた形からその名がついています。ヴォールトは壁で屋根や天井を支えましたが、交差ヴォールトによって屋根や天井の重さを4本の柱に集中させることができるようになりました
世界遺産「ダラム城と大聖堂(イギリス)」、ダラム大聖堂
イギリスのダラム大聖堂。天井の×字が交差四分のリブ・ヴォールト。バラ窓や尖頭アーチはゴシック建築の先駆けです。世界遺産「ダラム城と大聖堂(イギリス)」構成資産 (C) Oliver Bonjoch

アーチを縦に並べた石造天井をヴォールトといいます。

詳細は「世界遺産と建築05 建築の基礎知識2:石造建築」を参照してください。

 

そしてロマネスクの時代に普及するのが、ふたつの筒型ヴォールトを十字にクロスさせた「交差ヴォールト(クロス・ヴォールト)」です。

それまでのヴォールトは壁全体で支えなければなりませんでしたが、交差ヴォールトによって屋根や天井の重さは4つの柱で支えられるようになり、広くて明るい内部空間を確保することができるようになりました。

ローマ建築でも見られるものですが、ロマネスク&ゴシック様式で飛躍的に普及していきます。

 

教会堂で普及したのが半円アーチと交差ヴォールトを交互に配したヴォールト天井です。

上のダラム大聖堂※の写真では×形の交差ヴォールトと山形のアーチ(尖頭アーチ)が見られます。

※世界遺産「ダラム城と大聖堂(イギリス)」

 

■塔・鐘楼、洗礼堂

世界遺産「フランスのサンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路(フランス)」、トゥールーズのサン=セルナン・バシリカ
トゥールーズのサン=セルナン・バシリカ。高さ65mを誇る八角形のクロッシング塔がラテン十字形の交差部から伸び上がっています。世界遺産「フランスのサンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路(フランス)」構成資産 (C) Don vip
世界遺産「ピサのドゥオモ広場(イタリア)」、ピサ大聖堂、洗礼堂、鐘楼(ピサの斜塔)
世界遺産「ピサのドゥオモ広場(イタリア)」、左が洗礼堂、中央奥がピサ大聖堂、右奥が鐘楼(ピサの斜塔)。洗礼堂の下部はロマネスク様式、上部はゴシック様式です。ちなみに、いずれの建物でも中段・上段に柱とアーチを多用した装飾が見られます。これが「ロッジア」で、イタリア北部でよく見られる装飾です

ロマネスクの時代、教会堂に隣接してしばしば付属施設が建設されました。

 

一例が「塔」です。

もともと塔は物見のための軍事施設で、城壁や城塞・砦に設置されていましたが、中世の時代に教会堂と結びつき、祈りの時間を知らせる鐘を備えた「鐘楼(しょうろう。鐘塔)」が設けられるようになりました。

 

鐘楼はコルヴァイの旧修道院教会①のように西エントランスのファサードとしてウェストワークに組み込まれたり、ラヴェンナのサンタポリナーレ・イン・クラッセ聖堂②のように隣接して築かれたり、トゥールーズのサン=セルナン・バシリカ③のようにラテン十字形の交差部に設置されたものもあり(交差廊に築かれた塔はクロッシング塔と呼ばれます)、東西各2本ずつ計4本の塔を持つシュパイアー大聖堂④のように多数の塔を持つものも現れました。

 

イタリア・ロマネスクで好んで築かれたのが「洗礼堂」です。

洗礼は聖水を用いて行う清めや入信の儀式で、聖水を入れる洗礼盤を中央に収めた堂宇を洗礼堂といいます。

一般的には教会堂の中に収められていますが、イタリアではしばしば教会堂の西に隣接して集中式の洗礼堂が築かれました。

※①世界遺産「コルヴァイのカロリング朝ヴェストヴェルクとキヴィタス(ドイツ)」

 ②世界遺産「ラヴェンナの初期キリスト教建築物群(イタリア)」

 ③世界遺産「フランスのサンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路(フランス)」

 ④世界遺産「シュパイアー大聖堂(ドイツ)」

 

* * *

 

シリーズ「世界遺産で学ぶ世界の建築」、第10回はゴシック建築を紹介します。

 


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