哲学的探究9.時間とは何か? ~今という瞬間~

この世界は3次元空間・4次元時空であるわけではない。

人が自らの表現形式である3次元空間・4次元時空に世界を投影しているのだ。

 

3次元空間は「空間の占め方」を表すのであって、その中身を意味するものではない。

そして空間の占め方は色や形として表現され、それらは「物質」という現象として観察される。

 

さらに、現象とは「振る舞い」であり、振る舞いは「存在しつづける」ことや「動く」こと、つまり距離空間に加えて「時間」を伴って現れる。

 

前回までのこうした結論を踏まえ、今回は「時間」に焦点を当ててみたい。

 

* * *

 

■時間は存在するか?

人が生み出す「物質」という現象にはつねに空間と時間が伴っている。

 

時間を伴わない物質は見ることも想像することもできない。

同様に、物質を伴わない時間もまた見ることも想像することもできない。

 

赤いリンゴを想像するとき、思い浮かぶのは空間を占める色、すなわち「形」であり、時間を占める「状態」だ。

状態、つまり「存在しつづけるリンゴ」や「落ちつづけるリンゴ」であり、時間を伴ったリンゴだ。

 

そして時間は落ちる砂(砂時計)や針の移動距離(アナログ時計)、水晶の振動(クォーツ時計)といった具合に「物質」を通してのみ計量することができる。

いずれにせよ観察できるのは物質だけで、時間そのものはいっさい観察することができない。

 

つまり。

時間などというものは存在しない。

過去の記事で述べてきたように力や波と同様、人が設定したルールにすぎないのだ。

 

だって。

存在するというのであれば、いったいどこに存在するというのか?

 

時間は「存在」ではなく物質という現象の一部であり、色や形と同様、人の表現形式なのである。

 

* * *

 

■時間の認識と時間の実在性

時間が存在しないことを、ひとつの思考実験で示してみよう。

 

コンピュータ上に仮想空間を作り、この世界と同様に物質を作り、物理法則も忠実に再現する。

そしてぼくたちとまったく同じ身体組成を持つシミュレーション人間を作って活動させる。

 

シミュレーション人間は仮想空間の宇宙の中でぼくたち人間と同じように生活をしている。

ぼくたちが仮想空間を再生している限りにおいては、ぼくたちとなんら違いはない。

 

ただ、コンピュータ上のシミュレーションなので、停止させることも早送りすることも巻き戻すこともできるし、時間を指定してその年月日・時間に移動することも可能だ。

 

仮想空間を普通に再生しているとき、仮想空間の中には時間が流れているように見える。

しかし、時間が流れていると言えるのは仮想空間を見ているぼくたちの空間であって、仮想空間の中ではない。

ぼくたちが仮想空間内の時間を自由に動かせるのは、仮想空間に時間が流れていないからだ。

 

これを仮想空間内のシミュレーション人間から見たらどうだろう?

 

シミュレーション人間に知性や感性があるのなら、過去→現在→未来という不断の時の流れを感じるはずだ。

彼らにとって時間は巻き戻るものでも早送りされるものでも移動できるものでもない。

一定のスピードで淀みなく流れているものであるはずだ。

 

彼らはぼくたちが時間を巻き戻そうと、早送りしようと、どこかの時間へ移動しようと、認識することはけっしてない。

ぼくたちがどのように再生しようと、それとは無関係に滑らかな時間の流れを感じている。

各々の瞬間の中で過去を認識し、未来を予想し、時間を感じながら今という瞬間を生きるのだ。

 

つまり、時間認識と時間の実在性はまったく関係がない。

時間は認識にすぎないのだ。

 

実は。

この結論はぼくたちのこの世界にまったく同様に適用することができる。

 

* * *

 

■今という瞬間

人が物質と触れ合うことができるのはつねに色や形で表される空間を通してであり、「今」という時間を通してだ。

 

たとえば。

「リンゴの味」を感じるのはつねに今という瞬間だ。

そしてリンゴを食べ終わった瞬間に「味」は「記憶」という似ても似つかぬものに変換される。

 

味はつねに瞬間的なものであり、過去の味を再現することも未来に持ち込むこともできない。

それができるのであれば、あなたは以前食べたリンゴの味を今この瞬間に味わうことができるだろう。

 

そしてまた、味をデータ化することはできないし、他人に伝達することもできない。 

ぼくがアマゾン川流域で食べたサポテという果実の味を伝えるためには、あなたにサポテを食べさせるしかない。

「食感はマンゴーに似ていて味はライチに似ている」といった具合にある程度想像させることはできても、正確に伝えることはけっしてできない。

 

味だけでなく、乳香の香りや九寨溝の澄み渡る青も正確に伝えることができないし、自分自身であっても将来に持ち越すことができない。

感覚・感情はいずれも「今この瞬間」にしか体験することができない刹那的なものなのだ。

 

このように、人が生きることができるのはつねに「今この瞬間」に限られている。

そういう意味で、人は断絶された限りない孤独の中にいる。

 

* * *

 

■過去や未来は存在するか?

物質という現象はつねに「今この瞬間」という時間を伴っている。

そして感覚・感情もまた「今この瞬間」という時間とともにある。

 

では、「過去」や「未来」はどのように知覚されるのだろう?

 

リンゴの木の下で「リンゴが割れている」状況を見て、「リンゴが落ちた」ことを知る。

これは「物が落ちると割れる」という経験や知識、つまり記憶をもとに「リンゴが落ちたに違いない」という結論を導出した結果だ。

「今この瞬間」の状況と、「今この瞬間」に保有している記憶から、過去を創り出しているのだ。

 

あるいはまた。

ランニングをしたという記憶と蓄積された疲労でランニングをしていた過去の自分の振る舞いを知る。

必ずしもそれは過去が存在していたということを意味しない。

間違いなく言えるのは、ランニングをしたという記憶が「今この瞬間」にあることと、自分が疲労しているという「今この瞬間」の感覚・感情だ。

 

そしてまた。

「リンゴが落ちつつある」状況を見て「リンゴが割れる」ことを予想し、「足を一歩踏み出した」状況を知って「足が地面に着地する」ことを想像する。

未来もまた、「今この瞬間」の状況と、「今この瞬間」に保有している記憶から創造されたものなのだ。

 

つまり。

過去と未来はいずれも創造されたイメージであって存在ではない。

「今この瞬間」から過去と未来を展開し、過去像と未来像を創り出す。

 

過去は「存在したもの」ではなく、「今この瞬間に創り出されているもの」。

未来も「今後あるもの」ではなく、「今この瞬間に創り出されているもの」。

 

だから。

過去が存在して、「今この瞬間」になり、未来につながっていくわけではない。

時間は過去→現在→未来と流れているのではないし、そもそも流れるものではない。

「今この瞬間」に創造されるものなのだ。

 

そしてぼくたちは創造された過去を「今この瞬間」に過去として想起する。

同様に、創造された未来を「今この瞬間」に将来起こるであろう出来事として予感する。

 

ぼくたちは「今この瞬間」という限りなく0に近い場所で生きている。

「物質」も「時間」も感覚・感情も、ほとんど無と変わりない「今この瞬間」とともにある。

 

といっても「今この瞬間」は小さなものでも刹那なものでもない。

何かに夢中になったり美や痛みで満たされて時間も空間も自分すら忘れたその後に感じる名状しがたい豊かさや深遠さ。

しかし、人はその印象を時間と空間に切り裂いて認識し、結果「今この瞬間」は0と無の中に埋没してしまう。

「今この瞬間」すらそうした概念にすぎないのだ。

 

「生きる」という現象は「今この瞬間」の中にある。

というより、「生きる」という現象は「今この瞬間」そのものなのだろう。

 

* * *

 

この世界は3次元空間・4次元時空であるわけではない。

人が自らの表現形式である3次元空間・4次元時空に世界を投影しているのだ。

しかし、人が表現を行うもととなる情報はいったいどこから送られてくるのだろう?

 

リンゴを見ると人間の感官が刺激され、4次元時空上に「赤いリンゴ」像が創られる。

ということは、作られた「赤いリンゴ」像とは別に、人間の感官を刺激する「本当のリンゴ」がなければならないことになる。

この世界には「本当のリンゴ」が集まった「本当の世界」が存在しなければならないことになる。

 

そしてまた、そんな超越的な「本当の世界」が存在するのであれば、時間もまたそのようなそのような世界に実在しているのではないか?

時間が「存在するというのであれば、いったいどこに存在するというのか?」と書いたが、人の認識が及ばない「本当の世界」であれば存在しうるのではないか?

 

「本当の世界」は存在するのだろうか?

次回は物質と時間を超えた「本当の世界」について考えてみたい。

 

 

[関連記事]

哲学的考察 ウソだ! 15:タイム・トラベルとタイム・パラドックス1 <時間移動と独我論>

哲学的考察 ウソだ! 16:タイム・トラベルとタイム・パラドックス2 <時間の非実在性>

 


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