哲学的考察 ウソだ! 2:人の心と脳科学

「人の心は脳の動きによって生み出される」
最近こんなことを言う人がとても多い。
本当なんだろうか?

 

たとえば地動説。
いまじゃ誰だって「太陽や星が地球の周りを回っている」なんていう天動説を唱えたら、「バカで~ぃ」って言われてしまう。
そのくせ、「じゃあ地動説が正しいことを証明してみろ」と言っても、ほとんどの人が証明できない。
というか、惑星の動き、フーコーの振り子、光行差、年周視差……何を持ってきたって実は「誰にも証明できない」のだ。
結局ただ信じてるだけ。
こうなると科学は宗教と変わりない。
(「信じる」というのは、それはそれは本当にすばらしいことなのだけれども)

脳の話。
こんな疑問を持ったことはないだろうか?
「いま生きているこの世界、実は夢じゃないだろうか?」
「いま自分が夢の中にいないということを、証明できるだろうか?」

ウォシャウスキー兄弟の映画『マトリックス』。
あの映画、いま見ているボクたちの世界はコンピュータが創った仮想世界で、コンピュータは脳に電気信号を加えることでそれぞれの人間に仮想世界を見せて、ボクらはあたかも本物を見ているかのように見たり感じたりしているってことになっていた。
だから見ているもの感じているものすべてはコンピュータが創った幻。
主人公のネオはそれに気づき、仮想世界の中でスーパーマンみたいな能力を発揮する。

 

このシリーズのテーマのひとつは、「この世界はもしかしたら夢なんじゃないだろうか?」という疑問に対する答えだ。


すべては脳が生み出した幻だというのなら、この世界は脳が創り出した夢かもしれないし、コンピュータが脳に信号を送って見せている仮想現実なのかもしれない。
その可能性を否定する論理的根拠は何もない。

そして『マトリックス3』で、ネオは現実の世界でも超常的な力を発揮しはじめる。
新たに提起される謎はこれだ。

「もし夢や仮想世界から目覚めたとして、目覚めた後の世界がまた夢や仮想世界でないことをどうやったら証明できるのか」

 

これについてはこれ以上述べないが、最終的に『マトリックス・シリーズ』はこの疑問に完璧に答えてみせる(というか、問題を見事に消去する)。


さて、この世界は脳が創り出した仮想世界だ、としてみよう。
マトリックス世界のように。
すると、ひとつ大きな疑問が湧いてくる。
「脳という概念はどこから出てきたか」ってことだ。

マトリックスの世界で、いくら仮想の身体を解剖してみても、そこに見えるのはコンピュータによってプログラムされた身体だけ、プログラムされた脳だけだ。
ならば、その「脳」なんてものを観察して、世界がどう創られているかなんてことが語れるはずもない。
だって見ているものが全部創り出されたものならば、目覚めた後の本当のボクの身体には脳なんてものはついていない可能性があるわけで、もしかしたら身体なんてものさえないかもしれないじゃないか。

これをシンプルに書くとこうなる(たびロジー8:科学の地平より)。

 

命題:脳は絶対的なもので、人が考えたり感じたりする情報は脳が生み出した相対的なものである(1.脳=絶対)。

 
では、脳という概念はどこから生まれたか?
脳は、脳を観察したり、実験したり、あるいは脳についての学説を本で読んだり、脳について学校で教わったりして学んだものだ。
つまり脳は、人が考えたり感じたりして生まれた概念だ。
人が考えたり感じたりする情報は相対的なものであるから、脳も相対的なものにすぎないという結論が得られる(2.脳=相対)。

 

1と2は矛盾する。

無矛盾律より本命題は「偽」である。

 

観察結果である脳という概念を利用して、人が観察する前の状態を推測する。
このように、結論を先に置いてから証明しようとする誤りを「論点先取の虚偽」という。

 

「人の思考とは何か?」を問うのであれば、思考した結果である科学理論はいっさい使えない。

科学には人を問う資格がないのだ。

おもしろいのはここからだ。

 

この世界が脳が創り出したものではないとするなら、いったい何がこの世界を創り出しているのか?
脳が情報を処理しているように見えるように、何かが五官から得られる情報を整理しているのは間違いない。
とすれば、それは何なのか?

人とは何か?
心とは何か?
魂とは何か?

これらを本当に語りたいのなら、この先に進むしか道はない。

とにもかくにも、人を語りたいのであれば心理学や脳科学の言葉を使う必要はまったくない。
これまで人がしてきたように、心とか、想いとか、悲しいとか愛しいとかイヤだとかおいしいとか、普通の言葉で語るべきだ。

「魂の問題が実際あるとすれば、それは経験の言葉で提出されるべきであり、そして、経験の言葉で漸進的に、しかもつねに部分的に解決されるだろう」

(ベルクソン著、平山高次訳『道徳と宗教の二源泉』岩波文庫より)

まして「人なんて所詮は電気信号」なんて考えはハッキリと間違いだ。
だからそこから派生する結論、電気信号だから自分や人を殺してもいいとか、所詮人は物質だから虚しいとか、死んだら終わりとか、そうした結論にはすべて論理的根拠がないってことになるだろう。

うーん、おもしろい。

ラリー・ウォシャウスキーとはぜひ話がしてみたい。

 

 

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