世界遺産NEWS 15/12/10:UNESCO分担金停止と朝鮮通信使

日・中・韓の間でUNESCO(ユネスコ)の世界遺産やユネスコ記憶遺産(世界の記憶)を巡って対立が深まっています。

 

今年の世界遺産登録において、中国と韓国がいわゆる強制徴用を理由に「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」に反対を表明しました。

同様の理由で韓国は日本の暫定リスト記載の「金を中心とする佐渡鉱山の遺産群」に対しても問題化することを宣言しています。

 

ユネスコ記憶遺産では、日本が中国の「南京虐殺のドキュメント」と「大日本帝国軍の性奴隷『慰安婦』に関するアーカイブ」の登録に反対し、UNESCOに選考過程の透明化や基準の順守などを要求しています。

慰安婦関連の物件は登録されませんでしたが、中国と韓国は慰安婦や強制連行に関する資料を登録しようと活動を行っています。

また、日本で登録活動を進めている「知覧からの手紙」(知覧特攻遺書)についてもやはり韓国が不快感を表明しています。

 

この問題、非常に根が深くて難しい問題ですが、ぼくはUNESCOの活動の根幹に関わる問題だと考えています。

なぜって、UNESCOは「国際連合教育科学文化機関」の名の通り「教育」と「科学」と「文化」を高めることで国際平和と人類共通の福祉に貢献することを目標としているからです。

日・中・韓の対立はUNESCO憲章前文に掲げられたこの理念と真っ向から対立しているのです。

この前文については下記の上ふたつの記事に記していますのでご確認ください。

 

[関連記事]

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世界遺産NEWS 15/10/10:2015年新登録のユネスコ記憶遺産リスト

 

* * *

ユネスコ記憶遺産についての韓国アリラン・ニュースの国際映像

 

12月8日、自民党と公明党はUNESCO分担金の拠出停止の検討を平成28年度(2016年度)の予算編成大綱に明記する方針を固めました。

10日の与党政策責任者会議で正式に決定されるということです。


この問題、10月4~6日に行われたユネスコ記憶遺産のIAC(国際諮問委員会)において、日本が南京事件と慰安婦問題の資料の真正性(遺産の価値を正当に証明し来歴が明確であること)について疑問を呈したにもかかわらず非公開で審査が行われ、登録過程や理由が明らかにされなかったことに対しての措置ということになります。

真正性についてはUNESCOが1995年に発表した「記録遺産保護のための一般指針」に書かれていることですし、これに関してUNESCOは責任を持っています。

それが機能していないのであれば当然問題となるわけです。


日本政府は透明性や公平性を求めており、これに対してUNESCOのイリーナ・ボゴバ事務局長は審査過程に問題があることを認め、善処することを表明しています。

また、菅義偉官房長官は10月の記者会見でIACに日本人専門家を送り込むことも検討するとしています。


UNESCOの分担金ですが、日本の2014年の負担額は全予算の10.83%を占めています。

数字的には約22%を占めるアメリカに次ぐ2位となっていますが、アメリカは2011年のパレスチナのUNESCO加盟と世界遺産登録以来、イスラエルとともに拠出を停止しており、UNESCOは予算削減に追われることになりました。

このため現在、日本が最大の拠出国となっているのです。

こうした状況下での停止の言及ですから、牽制になることは間違いありません。

ただし、アメリカのケリー国務長官は10月に拠出再開に言及し、できる限りの努力をするとしています。


ちなみに、アメリカやイギリス、シンガポールなどはUNESCOの政治介入や不透明な活動内容などに反発して一時脱退していた歴史もあったりします。


* * *

2012年の福岡市・朝鮮通信使パレードの様子

 

一方で同じ12月8日、日本のNPO法人・朝鮮通信使縁地連絡協議会と韓国の釜山文化財団は朝鮮通信使に関する資料について、共同でユネスコ記憶遺産への登録申請を行う方針を明らかにしました。

 

朝鮮通信使とは、15~19世紀にかけて朝鮮王朝(李氏朝鮮)が室町幕府や豊臣秀吉、江戸幕府に送った外交使節団のこと(江戸時代の12回、あるいは9回に絞ることもあります)。

豊臣秀吉の時代の朝鮮出兵(文禄・慶長の役)によって悪化した両国の関係を回復させた平和の象徴として、日韓に残る江戸時代の12回の通信使の記録300点以上を登録しようというものです。

 

現在、ユネスコ記憶遺産の登録の可否を審議するIACは2年に一度の開催で、登録申請は各国2件までと定められています。

2017年のIACについては2016年3月31日までの申請が必要で、日本は「上野三碑」と「杉原リスト -1940年、杉原千畝が避難民救済のため人道主義・博愛精神に基づき大量発給した日本通過ビザ発給の記録」、韓国は「国債報償運動」と「朝鮮王室の印章」の推薦を決めています。

ただし、共同申請については各国の枠に入れなくてもよいため、両団体は1月に調印式を行って3月までに申請を行うことになりそうです。

 

「平和」の象徴や結果であるということでとても好ましい物件のようですが、実はこの朝鮮通信使についてもその解釈に日韓で大きな隔たりがあったりします。

日本では歴史的な記録から朝鮮王朝が中国の明や清に行っていた朝貢に近いものであったと考えられることが多いのに対して、韓国ではむしろその逆で幕府の要請を受けて先端的な技術を提供したとしています。

 

せっかく日韓が協力して進めている計画です。

この問題が登録に水を差さないことを祈ります。

 

* * *

 

さて、このように日・中・韓の間には近現代の歴史を巡って問題が山積しています。

 

でも、考えてみれば慰安婦問題や南京事件が起こったのはほんの70年ほど前にすぎません。

日本と中国は古代史についてある程度共通した歴史認識を持っており、それほど大きな対立はありません。

それなのになぜたった70年前の出来事についてこんなに敵対してしまうのでしょう?

 

そもそも歴史というのは史資料に基づいて展開されるものです。

古代史の解釈について大きな差異がないのは、たとえば日本の歴史については日本の『古事記』『日本書紀』や中国の『魏志倭人伝』『後漢書東夷伝』、日中の同時代の遺跡の出土品などを通して同じように分析・推論しているからです。

もちろんそこに書かれていることが事実かどうかはわかりません。

しかし、それに反する史資料が出ない限り事実と判定するしかありません。

証拠を持たないストーリーは小説・空想にすぎないのです。

 

こうした実証主義的な立場から歴史を探るのが科学的態度というものです。

最近、中学校の歴史教科書の鎌倉時代成立年が1192年から1185年に変更されたり、聖徳太子の記述が減って厩戸皇子と書かれることが多くなったのも、史資料から論理展開した結果、そのように解釈した方が合理的であると判断されたからです。

もちろん、それが事実かどうか完全に証明する方法はありません。

極端な話、人間は事実を知りえないし、哲学的にいえば歴史はすべて解釈であり、真実の歴史などというもの自体が存在しないのです。

 

しかし、人間が同じ社会を生きる以上、ある程度の共通認識が必要です。

では、何を基準に共通認識を作り上げればよいのでしょう?

これに対するUNESCOの回答が「教育」と「科学」と「文化」であるはずです。

 

もちろんこれはひとつの回答にすぎません。

しかし、191もの国がこの条約を締約しているのです。

これを否定するならこれ以上の支持を得られる代案を提示するべきでしょう。

 

日・中・韓の問題に関しては、永遠に問題を凍結するか、科学的に調査を行って事実を明らかにするかしかないのではないでしょうか?

現状、合同調査団さえ作れない状態ですが、日本は第三国の学者の協力を仰ぐなどして粘り強くこれを主張するしかないと思うのです。

 

いずれにせよ、これはUNESCOの根幹に関わる問題であるはずです。

これに有効な答えが出せないようであれば、UNESCOの存在意義自体が問われかねないのではないかと考えてしまいます。

逆に言えば、ここをうまくクリアすることができれば、UNESCOは国連やICJ(国際司法裁判所)などとはまた異なる機能で世界を結び付けることができるはずなのです。

 

 

[関連記事]

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