世界遺産NEWS 20/06/25:韓国、明治日本の産業革命遺産の世界遺産抹消を要求へ

6月23日、韓国外務省はUNESCO(ユネスコ=国際連合教育科学文化機関)のオードレ・アズレ事務局長に「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」の世界遺産リストからの抹消を求める書簡を送ったことを明らかにしました。

3月31日に開所した産業遺産情報センターにおける端島(はしま)、通称・軍艦島の展示で歴史が歪曲されており、世界遺産委員会での約束が果たされていないためとしています。

 

韓国、軍艦島展示で世界遺産取り消し要求 ユネスコに(日本経済新聞)

 

今回はこのニュースをお伝えします。

 

* * *

日本の世界遺産「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」については韓国が推薦前から登録反対を表明していました。

詳細は下にリンクを張った過去記事を参照していただきたいのですが、徴用され労働を強制された多くの同胞が亡くなった韓国民の痛みが立ち込める場所であり世界遺産にふさわしくないとしています。

 

2014年には今回と同じように韓国外務省が当時のイリーナ・ボコバ前事務局長に「世界遺産登録の基本精神に反する」ということで反対の立場を伝達しています。

これだけでなく、同じように徴用工が働いていたということで新潟県が世界遺産登録を目指している暫定リスト記載物件「金を中心とする佐渡鉱山の遺産群」の登録にも反対しています。

 

登録の可否が決定する2015年の第39回世界遺産委員会では開催前の6月に外相会談で合意に至ったと思われていましたが、委員会の開催中に韓国が反対のロビー活動を行ったため日本も対応に追われました。

結局日本は、自らの意思に反して連れてこられ、厳しい条件で労働を強いられたという内容をインフォメーション・センターなどを開設して表記することを約束しました。

そして世界遺産委員会では討議をいっさい行わないという異例の形で登録に至りました。

 

そのインフォメーション・センターにあたるのが東京新宿区の総務省第二庁舎別館に開設された産業遺産情報センターです。

オープンは2020年3月31日ですが新型コロナウイルスの影響で一般公開は延期され、6月15日に公開されました。

東京が選ばれたのは「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」の構成資産が8県11市23施設にまたがるためとしています。

 

前回も書きましたが、展示内容を記しておきましょう。

 

 <産業遺産情報センターの主な展示内容>

○ゾーン1:導入展示「明治日本の産業革命遺産への誘い」

導入的位置づけの展示ゾーンとして、「明治日本の産業革命遺産」の概要、世界遺産として登録されるまでの経緯をパネルで展示。体感型マルチディスプレーにより、明治日本の産業革命遺産の各構成資産や日本各地の産業遺産について写真や動画を活用しながら解説。ガイダンスシアターでは、世界遺産に登録されるまでの道のりや「明治日本の産業革命遺産」の世界遺産価値を解説する映像を放映。

○ゾーン2:メイン展示「産業国家への軌跡」

①揺籃の時代、②造船、③製鉄・製鋼、④石炭産業、⑤産業国家への5つのコーナーで構成。幕末から明治にかけて僅か半世紀で産業国家へと成長してゆくプロセスを分かりやすく解説。パネルによる解説のほか、海外の産業遺産に関する専門家のインタビューや構成資産の歴史的価値を映像により紹介。ゾーン中央の情報検索テーブルでは、構成資産のビジュアルイメージをプロジェクターで投影するとともに、資産に関するより詳細な情報についてタブレット端末を使用して検索が可能。

○ゾーン3:資料室

閲覧スペースやレファレンスカウンターのほか、書架や各種デジタル機器(モニター、検索装置、体感型マルチディスプレー等)を設置し、産業労働を含む多様な情報にアクセスが可能。

 

端島については元島民36人の証言を動画で紹介し、在日韓国人2世の男性が生前に語った「周囲の人にいじめられたことはない」「差別は見たことがない」とする証言などを収録しています。

合わせて工員の名簿や長崎造船所の台湾人元徴用工の給与袋といった品々を展示し、日本人以外にも賃金が支払われていたことを示しています。

韓国は「被害を否定する証言や資料は歴史の隠蔽であり歪曲である」として強く反発。

さらには「強制労働の事実を広報するという世界遺産委員会での約束が守られていない」として、UNESCOで問題視することを発表していました。

これに対して菅義偉官房長官は「世界遺産委員会の決議や勧告を真摯に受け止め、約束した措置を誠実に履行している」と述べています。

 

そして6月23日、康京和(カン・ギョンファ)外相は前日にオードレ・アズレ事務局長宛てに世界遺産リストからの抹消を求める書簡を送ったことを明らかにしました。

 

ただ、UNESCOの事務局長や世界遺産センターに世界遺産の登録や抹消を決める権限はありません。

抹消の方法は「世界遺産条約履行のための作業指針」に明示されていますので抜粋しましょう。

「委員会」は毎年開催されている世界遺産委員会を示します。

 

 <世界遺産一覧表からの登録抹消に係る手続き>

192. 委員会は、世界遺産一覧表からの登録抹消に係る手続きとして、以下の手順を採択した。

a) 世界遺産一覧表への登録を決定づけた資産の特徴が失われるほど資産の状態が悪化していた場合

b) 世界遺産資産の本来の特質が、登録推薦の時点で既に人間の行為により脅かされており、かつ、その時点で締約国によりまとめられた必要な改善措置が、予定された期間内に実施されなかった場合

193. 世界遺産一覧表登録資産の状況に深刻な劣化があった場合、又は、必要な改善措置が、予定された機関内に実施されなかった場合、当該資産を有する締約国は事務局に対して、その旨を通知すること。

194. 事務局が、そのような情報を、関係締約国以外の情報源から入手した場合は、当該締約国と協議の上、情報源及び情報の内容について可能な限り確認を行い締約国からのコメントを求める。

195. 事務局は、関係諮問機関に対して、受け取った情報に対するコメントを求める。

196. 委員会は、入手したすべての情報を審議し決定を行う。条約第13条第3項に従い、決定は出席しかつ投票した委員会メンバーの2/3以上の多数による議決で行う。この問題に関して事前に当該締約国と協議を行うまでは、委員会は登録抹消を決議することはできない。

197. 委員会決議は当事締約国に通知される。委員会は、直ちに本決議について公示する。

198. 委員会の決議により、世界遺産一覧表を変更する必要がある場合は、次に発行される世界遺産一覧表更新版において変更が反映される。

 

これまでに世界遺産リストから抹消された例は2件あり、オマーンの「アラビアオリックスの保護区」は政府が一帯の開発のため自らリストからの抹消を求めた物件で、ドイツの「ドレスデン・エルベ渓谷」は住民投票の結果を受けて世界遺産委員会の警告を無視して橋を架けた結果、抹消が決定しました。

また、ジョージアの「バグラティ大聖堂とゲラティ修道院」という物件ではバグラティ大聖堂が構成資産から外され、「ゲラティ修道院」という名称に変わっています。

こちらも世界遺産委員会の警告を無視して大幅な改修を進めた結果です。

 

さて、「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」が登録を抹消される可能性はあるのでしょうか?

 

まず、条文にある「資産の特徴が失われるほど資産の状態が悪化していた場合」や「深刻な劣化があった場合」には該当しませんから、抹消理由になりうるのか?という問題があります。

普通に考えれば難しいでしょう。

そして手続き上、世界遺産委員会で議決する前に日本とUNESCOの間で協議を持つ必要があり、ここで日本は説明することができます。

 

さらに世界遺産委員会ですが、この委員会は国連や国連安保理のような厳密な決定を行う機関ではありません。

「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」が討議なしで登録されたように、争いにはあまり立ち入りません。

世界遺産登録も2/3以上の賛成で決まると規定されていますが、実際には全会一致を原則としており、少々の例外を除けばおおむねその通りになっています。

パレスチナのようにたいへんな事態に発展した例もありますが、基本的には対立を避ける傾向があります。

 

ですから世界遺産委員会で議論することはあっても、票を取るところまでは行かないのではないかというのが現段階の感想です。

また、投票に持ち込まれたとしても、韓国が21委員国の2/3以上、つまり14か国以上の賛成票を得る可能性はかなり低いと思われます。

 

ただ、可能性として0ではありませんし、投票ですから内容によらず決定してしまうという点は怖いところではあります。

落としどころとして、抹消ではなく端島や長崎造船所など徴用工が関係する遺産の構成資産からの削除を求める可能性もありますが、この場合も議決が必要です。

 

いずれにせよUNESCOとの協議や世界遺産委員会で議論する前に二国間で話し合って解決するのがベストではあります。

 

※6月26日追記

UNESCO韓国代表部の金東起(キム・ドンギ)大使は世界遺産委員会の21委員国に対し、日本が約束を果たさず世界遺産委員会の勧告を無視してその権威を傷付けているという立場を知らせていると発表しました。

委員国はスペイン、ノルウェー、ハンガリー、ボスニア・ ヘルツェゴビナ、ロシア、オマーン、キルギス、サウジアラビア、タイ、中国、バーレーン、オーストラリア、グアテマラ、セントクリストファー・ネイビス、ブラジル、ウガンダ、エジプト、エチオピア、ナイジェリア、マリ、南アフリカの21か国です。

ただ、今年開催予定の第44回世界遺産委員会は新型コロナウイルスの影響で延期されており、日程は未定となっています。

 

* * *

厄介な問題です。

 

そもそも「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」については推薦時からそれほど登録を急ぐ必要があるのかといわれていました。

文化遺産は文部科学省が主導するものですが、この物件は例外的に内閣が音頭を取った物件です。

 

韓国のいう約束についても、韓国側は「強制労働の事実を知らせる」点を問題としています。

当時、"forced labor"(強制労働)と "force to work"(労働を強いられた)の表現の違いなどで一悶着あって日本の要望が通って後者になりましたが、結局海外の報道は前者に近いものも多く、大きな違いはなかった印象です。

徴用はあったわけですからそうした意味での強制性は否定できません。

 

一方で、韓国側の主張も理解できない点が多々あります。

「監獄島」とさえ表現していますが、日本の資料が一次資料である点は間違いなく、名簿もあれば給金もわかっています。

そもそも端島炭鉱の登録理由のひとつは当時としては画期的だった日本最古級の鉄筋コンクリート造の高層住宅群で、食堂や病院・保育園も備えていました。

最新施設にいて奴隷状態というのはよくわかりません。

監獄・奴隷といった表現に足る一次資料を用意して冷静に反論してもらいたいものです。

 

UNESCOの遺産事業でいえば世界の記憶についても現在、頓挫した状態です。

 

2015年に「南京虐殺のドキュメント」が登録されてからこのような政治的な物件が非常に目立つようになりました。

2016年には中国・韓国をはじめ9か国15の市民団体・博物館が慰安婦関係の資料2,744点を集めた「慰安婦の声」を推薦しました。

するとまったく反対に慰安婦の強制性を否定する資料をまとめて推薦する団体が現れました。

海外ではユダヤ人虐殺、アルメニア人虐殺、カンボジアのクメール・ルージュ虐殺、ルワンダ虐殺、中国の文化大革命・大躍進政策、通州事件をはじめ多くの悲劇の登録活動が活発化して世界中で政治的な対立を引き起こしました。

 

日本はUNESCO拠出金の支払いを留保し、密室での登録プロセスを改善する提案を行って受け入れられました。

2018年に制度改革がはじまって昨年まとめる予定でしたが、2019年9月に不調に終わりました。

世界の記憶の推薦に対し、加盟国から異議が出た場合、対話で決着しなければ審議対象から外すという項目について多くの国が賛同する中、韓国が反対して合意は得られませんでした。

「慰安婦の声」の推薦・登録が念頭にあると見られます。

遺産事業では全会一致の対話が重視されているためこうした結果になるわけですが、韓国の態度には批判も多いといわれています。

 

UNESCOはふたつの大戦の反省の結果、生まれた組織であり、「国際連合教育科学文化機関」の名前の通り「教育」「科学」「文化」を高めることで国際平和と全人類共通の福祉に貢献することを目的として生まれた組織です。

本末転倒な話です。

 

 

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