世界遺産NEWS 25/09/01:文化庁、彦根城の世界遺産推薦を見送りへ

8月26日、文化庁は2027年の世界遺産委員会において世界遺産リストへの登録を目指す推薦物件の検討を行い、推薦を見送る方針を固めました。

文化遺産については各自治体からの候補を募っており、新規推薦の「彦根城」と拡大推薦の「平泉-仏国土[浄土]を表す建築・庭園及び考古学的遺跡群」が立候補していましたが、文化審議会・世界文化遺産部会が審議を行った結果、価値の証明が不十分であるとの意見がまとめられました。

 

今回はこのニュースをお知らせします。

 

* * *

世界遺産登録を目指す滋賀県彦根市の「彦根城」
世界遺産登録を目指す滋賀県彦根市の「彦根城」

世界遺産リストに物件を登録するためには世界遺産委員会の承認を受けなければなりません。

そのために、登録を希望する前年2月1日までにUNESCO(ユネスコ=国際連合教育科学文化機関)の世界遺産センターに登録推薦書を送付する必要があります。

 

現在、推薦は原則として1国につき年1件に限られています。

日本において、文化遺産については文化庁が推薦候補を募集しており、文化審議会の世界文化遺産部会が選定の審議を行っています。

一方、自然遺産については環境省や林野庁が担当しています。

 

そして推薦物件の正式決定は外務省が主催する世界遺産条約関係省庁連絡会議によって行われ、内閣による閣議了解を経て登録推薦書を提出します。

ただ、通常は登録推薦書を送る前年9月30日までに暫定推薦書を世界遺産センターへ提出し、書類の不備等を審査してもらいます。

 

そして今回の話です。

 

8月26日、文化庁の文化庁審議会・世界文化遺産部会は関係自治体から推薦の希望があった2件、新規推薦の「彦根城」と拡大推薦の「平泉-仏国土[浄土]を表す建築・庭園及び考古学的遺跡群」について審議を行った結果、価値の証明が不十分であるとの判断を示しました。

これを受けて文化庁はいずれについても来年2月1日までの推薦を見送る方針を固めました。

 

「彦根城」については「プレリミナリー・アセスメント」と呼ばれる事前評価制度を利用しており、2023年9月に世界遺産センターにその申請を行い、2024年10月に文化遺産の専門機関であるICOMOS(イコモス=国際記念物遺跡会議)が作成した事前評価報告書(プレリミナリー・アセスメント・レポート)を受け取っていました。

結論はおおよそ「顕著な普遍的価値の可能性は認められるものの、その証明が不十分である」というものでした。

詳細は関連記事を参照してください。

 

■「彦根城」ICOMOS事前評価の結論概要

  • 「彦根城」は日本における徳川(江戸)時代の地方政治拠点として機能した、建築及び土木の傑出した見本であり、大名統治システムを有形遺産で示すものとして提案されている
  • 「彦根城」は、日本の暫定一覧表に約30年前から記載されており、その間日本はどのようにしてその顕著な普遍的価値(OUV)を最もよく示すことができるかについて検討を行ってきた。示された比較分析の枠組みは適切であるが、比較の指標をさらに広げ、より厳密な分析とすることを提案する
  • 「彦根城」の事前評価は、評価基準(iii)を満たす可能性はあることを示唆するものの、現時点では、単独の資産で大名統治システムを完全に表現できているかどうかという点がある。今後推薦書を作成する過程ではシリアル推薦も考えるべきであり、シリアル推薦でない場合には、大名統治システムにおいて彦根城が重要であり、彦根城によりこのシステムの運用が説明できることについて、よりしっかりと示すことが必要である ※シリアル推薦とは、複数の構成資産(この場合は複数の城)をまとめた推薦方法を示す

 

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「彦根城」の推薦に当たって、事前評価報告書の課題がクリアされているか否かが大きなテーマとなりましたが、文化庁審議会・世界文化遺産部会はなお課題が残っており、不十分であるとの見解を示しました。

世界遺産「平泉-仏国土[浄土]を表す建築・庭園及び考古学的遺跡群」への拡大登録を目指す柳之御所遺跡の園池
世界遺産「平泉-仏国土[浄土]を表す建築・庭園及び考古学的遺跡群」への拡大登録を目指す柳之御所遺跡の園池

一方、「平泉-仏国土[浄土]を表す建築・庭園及び考古学的遺跡群」はすでに2011年に世界遺産リストに登録されていますが、構成資産の拡大を目指しており、世界遺産登録を目指す物件の一覧表である日本の暫定リストにも記載されています。

今回は柳之御所遺跡の追加を求めるものでしたが、世界遺産の評価基準を満たしている論拠が十分ではないと判断されています。

 

文化庁の報道資料から2件の推薦に対する意見を抜粋しましょう。

 

■文化庁審議会・世界文化遺産部会による意見

 

○「彦根城」について

 「彦根城」については、令和5年7月の文化審議会意見に基づき、同年9月にイコモスの事前評価に申請し、令和6年10月にイコモスによる事前評価の結果が通知された。事前評価結果においては、推薦戦略を徳川期日本における大名統治システムの重要性に置いたことを支持するとされ、世界遺産の評価基準(ⅲ)を満たす可能性があるとされた。 その上で、大名統治システムの運用方法について説明を充実させることや、比較の指標をさらに広げ、より厳密な分析とすること、単独の資産で大名統治システムを完全に表現できているかどうかという点などについて指摘がなされた。 

 これらの指摘を踏まえて作成された推薦書案については、別添1に示すとおり、検討に進捗が見られるものの、なお、課題が残る点がある。今後のイコモスの審査を見据えて、推薦書案にあるような単独の資産での申請を行うためには、説明の充実に向けて引き続き取組が必要である。

  • 課題1.推薦書案における「彦根城」単独の資産により大名統治システムを物証することの説明について、様々な説明方法を検討することで、その選択肢が絞り込まれてきたという進捗が見られる。他方、城の歴史的側面の比較分析として、大名の家格、知行高、将軍家との親疎関係、近世に新築されたか否かといった観点から、一定の範囲の城を抽出することについては、それらの比較の観点や具体的な線引きの基準の妥当性や客観性に関して、イコモスから指摘を受ける可能性がある。他城との比較を行い、その中から彦根城を抽出する際には、上記を踏まえて説明の充実を図ること。
  • 課題2.資産の遺存状況について、城のどの部分についてその状況判定を行うかについての特定や、地下遺構と地上の建造物とに分けての検討など、分析の精緻化が図られた。他方で、遺存状況の判定を「考古学的遺構」・「建造物」・「その両方」のうちどの観点で行うかについて、遺存状況が良いものとして残った複数の城に関して定性評価による絞り込みを行う過程について、客観性に疑義が生じないよう説明の充実を図ること。 
  • 課題3.イコモスの事前評価で課題として示された大名統治システムに関する説明について充実が図られた。他方で、推薦書案において、「城(城郭)」には行政実務を行う施設や城下町が含まれるのか、「大名」とはどの範囲を指し示すのかなど、大名統治システムの鍵になる概念について十分に説得的な根拠を持って示されていないため、その点についての説明の充実を図ること。
  • 課題4.上記で指摘した説明の骨格部分以外についても、推薦書として記載が求められる事項については網羅するよう、説明の充実を図ること。

 

○「平泉-仏国土[浄土]を表す建築・庭園及び考古学的遺跡群」について

 「平泉―仏国土(浄土)を表す建築・庭園及び考古学的遺跡群」の拡張推薦については、平成24年の暫定一覧表記載以降、発掘調査が積み重ねられ、追加を推薦する柳之御所遺跡について新たな知見が得られてきている。しかしながら、別添2に示すとおり、平成23年の世界遺産登録に至るまでのイコモスの評価を踏まえつつ、柳之御所遺跡が世界遺産の評価基準を満たしていると主張する論拠が十分でないため、説明の充実に向けて引き続き取組が必要である。

  • 課題1.平成24年の暫定一覧表記載以降、発掘調査が積み重ねられ、追加を推薦する柳之御所遺跡について新たな知見が得られてきている。しかしながら、資産に対するこれまでのイコモスの評価を踏まえつつ、柳之御所遺跡が世界遺産の評価基準を満たしていると主張する論拠が十分でないため、特に以下の観点を踏まえて、検討を行うこと。 
    • 柳之御所の構成(池、建物配置等)をより明確に説明し、居館あるいは政庁である柳之御所の性格付けを明らかにすること。その上で、金鶏山に向かう軸線や無量光院の方向に向かう橋の遺構との関係性やその意味を明確に説明すること。 
    • 上記を踏まえ、柳之御所がどのような価値の物証となるのかについて具体的な内容を明らかにし、顕著な普遍的価値の言明等について再検討を行うこと。その際、必要に応じて、評価基準の適用の在り方についても再検討すること。
    • あわせて、拡張範囲のうち柳之御所遺跡の一部については中尊寺との一体性を示すという説明が、主張する顕著な普遍的価値の中でどのように位置づけられるのか明確にすること。 
  • 課題2.今回の拡張推薦に当たり、比較分析の枠組みが前回推薦時のものと同様となっているが、その妥当性について再検討すること。 
  • 課題3.これらの検討に当たっては、同種の拡張推薦の事例を踏まえる必要がある。 

 

こうした決定に対して、「彦根城」を有する滋賀県と彦根市は遺憾で残念との表明を行っています。

彦根市の田島市長は、「驚きとともに、深い遺憾の念を抱いております」とし、「公表された意見を一見すると一定の評価が示されているとも感じました」「早期に推薦書(案)を改めて提出して国内推薦を勝ち取りたいと考えています」との声明を発表。

滋賀県の三日月知事も、「登録はもうすぐ手が届くところに着実に近づきつつある。早期の登録を実現させるため、国や市とともに、新たな気持ちで、全力で取り組む」としています。

 

* * *

 

なかなかに厳しい判断ですね。

これで来年2026年の世界遺産リストへの推薦、2027年の日本の物件の世界遺産登録はなくなったわけですが(例外的な可能性は残っていますが)、今年はじめに推薦された「飛鳥・藤原の宮都」については2026年夏の世界遺産委員会で登録の可否が決まる予定です。

 

 

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