世界遺産NEWS 25/07/28:カンボジア=タイ紛争で世界遺産のプレア・ヴィヒア寺院が被害!?
カンボジアとタイは19世紀後半から国境を画定できずにおり、長年の問題となっています。
今年2025年5月に軍事衝突が勃発し、7月24日にはロケットランチャーや戦闘機を用いた本格的な紛争に発展しました。
カンボジアが同国の世界遺産「プレア・ヴィヒア寺院」の爆撃被害を訴えているのに対し、タイは遺跡周辺へのドローン攻撃を認めたものの、非軍事施設への攻撃を否定しています。
他にも12か所以上で衝突が起きており、少なくとも34人の犠牲者と約20万人の避難民を出しています。
■Thailand and Cambodia exchange heavy artillery fire as border battle expands(Reuters)
今回はこのニュースをお伝えします。
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カンボジアの「プレア・ヴィヒア寺院」は2008年に登録された世界遺産ですが、以前からタイが領有権を主張しており、2011年には軍事衝突が勃発しました。
タイが実効支配を進め、UNESCO(ユネスコ=国際連合教育科学文化機関)に対して世界遺産リストからの抹消を訴えるなど、当初は観光できるような世界遺産ではありませんでした。
国境問題のはじまりは100年以上前にさかのぼります。
19世紀後半からカンボジアやラオス、ベトナム南部を支配していたフランス領インドシナはタイとの領土を画定するためにチャクリー朝と交渉を行い、1907年にフランス=シャム条約を締結しました。
このとき国境は「ダンレック山地の分水嶺」と定められましたが、フランスが用いていた地図の精度が低く縮尺も荒いなどして細部が不明確なまま合意が成されてしまいました。
タイはより精度の高い地図を使っており、それで解釈に違いが出たようです。
カンボジアは1953年にフランスから独立しますが、翌年フランス軍が撤退すると、タイは軍を侵攻させてプレア・ヴィヒア寺院を占領します。
カンボジアが1959年にICJ(国際司法裁判所)に提訴すると、1962年にタイが条約に対して長年異議を唱えてこなかったことを理由にその主張を退けました。
タイは軍を撤退させましたが、この判決で国境が画定されたわけではありませんでした。
長きにわたる内戦を経て、カンボジアがプレア・ヴィヒア寺院の世界遺産登録を推進しはじめると、タイが反発してふたたび国境が慌ただしくなりました。
そして2008年の登録を機にタイは軍を侵攻させ、2011年には武力衝突に発展して死傷者を出しました。
同年にカンボジアがICJに寺院周辺の国境未画定地域に対する判断を求めると、ICJは両軍を撤退させてから2013年11月に判断を下し、プレア・ヴィヒア寺院と高台におけるカンボジアの主権を認めました。
これ以降、カンボジアは同地の世界遺産観光を推進し、「神の景色」と呼ばれるすばらしい景観と遺跡から人気の観光地となりました。
ただ、寺院周辺の国境については判断されておらず、それどころか両国の国境817kmの数百kmが未画定といわれています。
おおよそ青い枠線が世界遺産「プレア・ヴィヒア寺院」の資産。タイは赤い線と寺院の領有権を主張していますが、ICJの判断を受けて寺院からは撤退しました。遺跡北側の階段状のエントランス部分は一部タイ領となっており、降りられないように階段が途中で封鎖されいます。タイ側からは訪問できません
そして今回の事件です。
2025年5月28日、チョン・ボックと呼ばれる地域で小規模の軍事衝突が起きました。
プレア・ヴィヒア寺院の西60kmほどに位置するカンボジア、タイ、ラオス3国の国境地帯で、一帯は「エメラルド・トライアングル」と呼ばれています。
両国はお互いが攻撃をはじめたとして非難を応酬させ、すべての陸路の国境を閉じました。
6~7月の間に散発的な衝突を繰り返し、7月24日にはカンボジアの多連装ロケットランチャーによる攻撃でタイ側のセブンイレブンと病院が甚大な被害を受け、10人以上の犠牲者を出しました。
タイはF-16戦闘機を出動させて応戦し、カンボジアの軍事拠点を空爆しています。
カンボジアの発表によると、25日にはタイがF-16でプレア・ヴィヒア寺院周辺を攻撃して寺院を損傷させました。
ただ、タイは寺院周辺の兵器貯蔵庫に対するドローン攻撃を認めたものの、非軍事目標への攻撃や着弾は否定しています。
26日には海やプレア・ヴィヒア州の西のオッダーミエンチェイ州でも衝突が起き、戦線が拡大しました。
これまでに12か所以上で衝突が起きており、少なくともタイ側で民間人13人・軍人8人、カンボジア側で民間人8人・軍人5人の死者を出しており、両国合わせて20万人以上が避難しています。
オタワ条約で禁止されている対人地雷の被害も出ていますが、いずれも使用を認めておらず、非難合戦となっています。
カンボジアとタイは幾度もの交渉を持ち、またアメリカのトランプ大統領が高関税を付したまま関税交渉の中断を明言するなど圧力を掛けていますが、いまだ緊張した状況が続いています。
日本の外務省はカンボジアとタイの国境のほぼ全域を危険レベル3に指定し、これらの地域に関して「渡航は止めてください」という渡航中止勧告を出しています(他の地域に関してはこれまで同様です)。
今日28日もアメリカや中国の代表団同席のもと、マレーシアでカンボジアのフン・マネット首相とタイのプームタム首相代行が停戦に向けた交渉を行うということです。
できるだけ早期の妥結を期待したいところです。
※追記
7月28日夕方、両国が停戦合意に至ったという報道がありました。
トランプ大統領は、戦闘が続いている限り関税交渉を行わないと述べているそうです。
[関連サイト&記事]
海外安全ホームページ(外務省)
プレア・ヴィヒア寺院/カンボジア(All About 世界遺産)
世界遺産NEWS 16/06/17:アンコールの幻の都マヘンドラパルバタの謎解明へ