世界遺産NEWS 25/07/24:アメリカが3度目となるUNESCO脱退を表明
アメリカのホワイトハウスは7月22日、トランプ大統領がUNESCO(ユネスコ=国際連合教育科学文化機関)からの脱退を決定したことを発表しました。
アメリカはこれまでに2度脱退しており、来年末に発効すれば3度目となります。
これに対してUNESCOのオードレ・アズレ事務局長は反イスラエル的との批判を否定し、深い遺憾を表明しています。
今回はこのニュースをお伝えします。
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7月22日、アメリカ・ホワイトハウスのアンナ・ケリー副報道官は、トランプ大統領がUNESCOから脱退することを決定したと発表しました。
いわゆるアメリカ・ファースト政策の一環で、トランプ大統領は国連(国際連合)を持続可能な開発目標に基づくグローバリスト的でイデオロギー的な活動を継続していると批判しており、WHO(世界保健機関)、国際連合人権理事会、パリ協定に対する脱退表明や、UNRWA(国際連合パレスチナ難民救済事業機関)への拠出停止などに続くものとなっています。
UNESCOに対しては、"woke"(リベラルな価値観への目覚め)で "divisive"(分裂的・対立的)な文化的・社会的アジェンダを支持しているとし、反イスラエル・親パレスチナ的な傾向を嫌ったものと言えそうです。
トランプ政権は第1期でもこれらから脱退しており、UNESCOについては2018年12月31日付で発効しています。
これはパレスチナのUNESCO加盟や、世界遺産委員会におけるパレスチナの世界遺産登録、度重なるイスラエルに対する非難決議などを受けてのものでした。
なぜUNESCOと関連機関は反イスラエル的な決議をたびたび行っているのでしょうか?
国連の場合、重要な決議には安保理(国際連合安全保障理事会)の承認が必要で、それには15理事国中9か国以上の賛成と、5常任理事国が拒否権を発動しないことが条件となります。
常任理事国であるアメリカは親イスラエル的な動きをすることが多く、たとえばパレスチナの国連加盟などには拒否権を発動して阻止しています。
これに対し、UNESCOには拒否権が存在せず、加盟国の2/3以上の賛成で可決となります。
現在、UNESCOは194の加盟国と12の準加盟国で構成されていますが、イスラム教国や立場の弱い小国は親パレスチナ的な傾向が強かったりします。
たとえば2011年のパレスチナのUNESCO加盟に際しては、賛成107・反対14・棄権52という圧倒的多数をもって決議しています。
これ以外にもUNESCOは、イスラエルの分離壁の拡大・建設、エルサレム旧市街での侵略的行為や開発などを巡ってたびたび非難決議を行っています。
UNESCOの機関である世界遺産委員会は2012年に「イエス生誕の地:ベツレヘムの聖誕教会と巡礼路」、2014年に「パレスチナ:オリーブとワインの地-エルサレム南部バティールの文化的景観」という物件を緊急的登録推薦という例外的な方法で登録し、危機遺産リストにも加えました。
この2件については文化遺産の専門的組織であるICOMOS(イコモス=国際記念物遺跡会議)が顕著な普遍的価値も緊急性も確認できないということで不登録を勧告していましたが、逆転で登録が決定しました。
アメリカとイスラエルは政治的な決定であるとして強く反発しました。
その後もパレスチナは「ヘブロン/アル=ハリール旧市街」を推薦し、イスラエルの調査団入国拒否を受けてICOMOSは勧告を行いませんでしたが、世界遺産委員会は2017年に登録を決定しました。
こうした動きを受け、アメリカとイスラエルは2011年から分担金の拠出を停止し、2018年にそろってUNESCOを脱退しました。
アメリカはバイデン政権時代の2023年に復帰しましたが、イスラエルは現在も脱退したままとなっています。
そして2023年のイスラエルによるガザ侵攻以来、UENSCOはガザ地区の支援を行っており、イスラエルによる「占領」と表現するなどたびたび懸念を表明しています。
ガザ地区の「聖ヒラリオン修道院/テル・ウンム・アメル」についてはICOMOSによる調査ができませんでしたが、世界遺産委員会は2024年に緊急登録を決議しています。
ちなみに、アメリカはUNESCOの政治的介入や財政の不透明さを理由にレーガン政権下の1984年に脱退し、ジョージ・W・ブッシュ政権によって2003年に復帰しています。
ですから今回の決定が発効して2026年末に脱退した場合、これで3度目となります。

トランプ大統領は第2期の就任直後、2月にUNESCO加盟を維持するか90日間の検討を指示しており、今回の脱退表明はこの結果となります。
アメリカの報道機関はUNESCOが主要ポストに多くの中国人を配し、親中国的な政策を推進している点もひとつの要因と分析しています。
イスラエルのダニー・ダノン国連大使はこれを歓迎し、UNESCOを「一貫して反イスラエルの偏見を続ける見当違い」の機関と非難しました。
一方で国連やUNESCO関係者の多くは懸念を表明しています。
UNESCOのオードレ・アズレ事務局長も深い遺憾を表明し、「多国間主義の基本原則に反する」とし、UNESCOの目的は世界のすべての国を歓迎することであり、アメリカはいまも歓迎されており、今後も歓迎されつづけると述べました。
さらに反イスラエル的という批判に対して、ホロコースト否定教育や反ユダヤ主義との戦いにおける成果を示して反論しています。
そして今後について、トランプ大統領の動きは予想されたもので、人員などの削減をすることなく対応可能としています。
2018年の脱退前、アメリカの分担金の割合は全体の約22%に及んでいたため、脱退後の予算編成に苦しみ、事業・人員・機材とあらゆる面で削減を強いられました。
このためUNESCOは予算の多角化に努め、アメリカの分担金は約8%にまで減っていました。
アメリカとイスラエルはUNESCOにオブザーバーとして参加を続ける模様で、また世界遺産条約は維持されていることから、世界遺産に関する活動も継続すると見られます。
実際にアメリカは1987年登録の「ハワイ火山国立公園」や2019年登録の「フランク・ロイド・ライトの20世紀建築」をはじめ、脱退期間中にも新たな世界遺産を登録しています。
ただ、イスラエルは7月24日、中立性に問題があることから国連職員のビザ発給を制限すると発表しました。
ガザ地区やヨルダン川西岸への入植や分離壁建設も拡大中で、先が見えない状況です。
グローバリズムに対する反動が拡大しているのかもしれません。
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