世界遺産NEWS 22/04/22:ボイコット声明を受け第45回世界遺産委員会の延期が決定

今年2022年6月19~30日にロシアのカザンで開催が予定されていた第45回世界遺産委員会の延期が決定しました。

ウクライナ侵攻を受けてロシアでの開催に対して批判的な声が挙がっており、ボイコット声明が出されていた結果です。

 

45th session of the World Heritage Committee Postponed(UNESCO)

 

2022年に世界遺産条約は採択50周年を迎えます。

この記念すべき年に世界遺産委員会が政治的理由から開催されないという事態が懸念されています。

 

今回はこのニュースをお伝えします。

 

* * *

ロシアの世界遺産「カザン・クレムリンの歴史遺産群と建築物群」、右がクル=シャーリフ・モスク、中央がシュユンビケ塔、左のオニオン・ドームがブラゴヴェシェンスキー大聖堂、その手前が大統領宮殿
ロシアの世界遺産「カザン・クレムリンの歴史遺産群と建築物群」、右がクル=シャーリフ・モスク、中央がシュユンビケ塔、左のオニオン・ドームがブラゴヴェシェンスキー大聖堂、その手前が大統領宮殿 (C) Fendes

UNESCO(ユネスコ=国際連合教育科学文化機関)は4月21日、今年6月19~30日にロシアのカザンで予定されていた第45回世界遺産委員会の延期が決定されたことを発表しました。

 

事の発端はロシアによるウクライナ侵攻で、ウクライナで虐殺やヴァンダリズム(文化・文化財を破壊すること)が横行していることに対し、4月7日に46の世界遺産条約締約国が21の世界遺産委員会の委員国に公開書簡を送りました。

書簡は第45回世界遺産委員会の開催地の変更とロシアの議長職の剥奪を求めるもので、いずれかが認められない場合はボイコットを行うとしていました。

 

以下に公開書簡の全文を訳して紹介しましょう。

 

 

UNESCO世界遺産委員会委員国宛

 

委員国=アルゼンチン、ベルギー、ブルガリア、エジプト、エチオピア、ギリシア、インド、イタリア、日本、マリ、メキシコ、ナイジェリア、オマーン、カタール、ロシア、ルワンダ、セントビンセント及びグレナディーン諸島、サウジアラビア、南アフリカ、タイ、ザンビア

 

 

世界遺産委員会委員国のみなさま

 

 2022年2月24日、ロシアはウクライナに対して武力攻撃を開始しました。1か月後、激しい戦闘が続いた結果、多くの建造物や何百人もの命が失われ、時には1つの町が完全に崩壊しました。UNESCO事務局が最近発表した統計によると、3月31日までに歴史的モニュメントや礼拝所、図書館をはじめ53の文化財が損傷し、あるいは破壊されました。この数字は現在も増えつづけているものと思われます。UNESCOの創造都市であるハルキウ(ハリコフ)は、世界遺産暫定リストに記載されているチェルニーヒウ中心部と同様に、多大な被害を受けることになりました。UNESCOが衛星写真を通して確認したマリウポリの劇場に対する爆撃の惨状は私たちの心に特に重くのしかかっており、こうした被害はなおも続いています。

 1972年に採択された世界遺産条約の第6条第3項には、「締約国は、第1条および第2条に規定する文化遺産および自然遺産で他の締約国の領域内に存在するものを直接または間接に損傷することを意図した措置をとらないことを約束する」と記されています。

 ウクライナで「顕著な普遍的価値」が破壊されている現状で、第45回世界遺産委員会をロシアのカザンにおいて、あるいはロシアを議長国として開催することは不可能です。UNESCOと1972年に採択された世界の文化遺産及び自然遺産の保護に関する条約の信頼性が危機に瀕しているのです。

 こうした状況を踏まえ、この1972年の条約を締約しているすべての署名国はカザンを訪れることはありませんし、ロシアが議長国を務める限り他の国においてであっても第45回世界遺産委員会に参加することはありません。

 しかしながら私たちはウクライナ領内におけるロシアの攻勢にもかかわらず、世界遺産の登録と保護という重要な役割を継続するべきであると固く信じており、それゆえ第45回の会合の延期を望みません。今回の委員会は条約の50周年を記念する特に重大な会合であり、とりわけアフリカの遺産群にまったく新たな焦点を当てるものとなるべきです。こうした重要な議論はすべての締約国が適切な焦点と注意を払うことができる条件下で開催されるべきであると考えます。

 私たちは世界遺産委員会に選出されたみなさまが代表者として条約の責務を果たすに当たり、こうした主張を検討してくださいますよう期待しています。

 

草々

 

ローラ・デイビス

 

以下46か国の条約締約国を代表して。

 

アフガニスタン、アルバニア、アンドラ、オーストラリア、オーストリア、カナダ、コロンビア、クロアチア、キプロス、チェコ、デンマーク、エクアドル、エストニア、フィンランド、フランス、グルジア、ドイツ、ハンガリー、アイスランド、アイルランド、ラトビア、リトアニア、ルクセンブルク、マルタ、モルドバ、モナコ、モンテネグロ、オランダ、ニュージーランド、ナイジェリア、北マケドニア、ノルウェー、ペルー、ポーランド、ポルトガル、韓国、ルーマニア、セントクリストファー・ネイビス、サンマリノ、スロバキア、スロベニア、スペイン、スウェーデン、イギリス、ウクライナ、アメリカ合衆国

 

※国名はアルファベット順

 

世界遺産条約は現在194か国が締約しており、世界遺産リストには顕著な普遍的価値を持つ1,154の遺産が登録されています。

 

たくさんの締約国があるわけですが、世界遺産リストへの登載をはじめとする条約の運営は任期6年(現在は4年での交代が推奨されていて実質4年)の21委員国によって行われています。

上の書簡は現在の委員国に対して送られたものとなっています。

 

要求は主に2点で、ロシア以外での開催と、議長国の変更です。

この2点が満たされない限り、46か国は第45回世界遺産委員会には参加しないとしています。

世界遺産委員会において、決定は21の委員国が行いますが、登録や抹消に対するアピールや、世界遺産や危機遺産の現状報告などは締約国が行うため、これができないことになるわけです。

 

当初はUNESCO本部のあるパリでの開催が期待されていましたが、議長国を変更しないことにはパリ開催も認めないということになります。

なお、21委員国は上に書かれていますが、この中で議長国がロシア、書記国がインド、副議長国がアルゼンチン、イタリア、サウジアラビア、南アフリカ、タイとなっています。

 

これに対してオードレ・アズレ事務局長が調停に乗り出し、UNESCOで水面下の調整が進められました。

最終的に、議長国であるロシアが各委員国に書簡を送り、延期を提案したようです。

反対が出なかったことから期限を定めずに第45回世界遺産委員会を延期することが決定されました。

ただ、開催地や議長国の変更は決定されていません。

 

報道によると、ロシアのUNESCO大使であるアレクサンダー・クズネツォフ氏は開催時期について秋に議論するとしているようです。

ということは、第45回世界遺産委員会は早くても今年の冬ということになります。

あるいはコロナ禍で2年分まとめて拡大開催された2021年の第44回世界遺産委員会のように、来年に持ち越される可能性も指摘されています。

 

また、開催地と時期は変更できても、ロシアが議長国の変更を受け入れるかは不透明です。

条約などに基づかずに強行的にこれを行った場合、ロシアの条約やUNESCOからの離脱も考えられます。

かえってこれがウクライナの遺産を危険にさらすことになるかもしれません。

 

公開書簡では「顕著な普遍的価値が破壊されている」とありますが、直接世界遺産が被害にあったという報告は確認できていません。

ただ、危険な状態であることはUNESCOが再三指摘しています。

 

■ウクライナの世界遺産

  • キエフ:聖ソフィア大聖堂と関連する修道院建築物群、キエフ・ペチェールスカヤ大修道院
  • リヴィウ歴史地区
  • シュトゥルーヴェの三角点アーチ観測地点群(ウクライナ/エストニア/スウェーデン/ノルウェー/フィンランド/ベラルーシ/モルドバ/ラトビア/リトアニア/ロシア共通)
  • カルパチア山脈とヨーロッパ地域の古代及び原生ブナ林(アルバニア/イタリア/ウクライナ/オーストリア/北マケドニア/クロアチア/スイス/スペイン/スロバキア/スロベニア/チェコ/ドイツ/フランス/ブルガリア/ベルギー/ポーランド/ボスニア・ヘルツェゴビナ/ルーマニア共通)
  • ブコヴィナ・ダルマチア府主教のレジデンス
  • 古代都市タウリカ・ヘルソネソスとそのホーラ
  • ポーランド、ウクライナのカルパチア地方の木造教会(ウクライナ/ポーランド共通)

 

いまから50年前の1972年11月16日に世界の文化遺産及び自然遺産の保護に関する条約、すなわち世界遺産条約が採択されました。

まだ決まったわけではありませんが、ちょうど半世紀を経た2022年に政治的な理由で世界遺産委員会が開催されないというのは本当に悲しいことです。

 

もちろん、それ以上に重要なのは人命です。

人命と、将来世代に伝えるべき遺産を守るために世界遺産条約に何ができるのか?

 

国連や安保理もその存在意義が問われていますが、UNESCOと世界遺産条約もまた転機を迎えているのかもしれません。

 

 

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