世界遺産NEWS 21/07/09:グレートバリアリーフの危機遺産リスト搭載回避を図る豪政府

7月16~31日に第44回世界遺産委員会がオンラインで開催されます。

新しい世界遺産の登録可否が審議されるわけですが、危機遺産リストの更新も行われる予定です。

 

自然遺産の調査・評価を担当しているIUCN(国際自然保護連合)はオーストラリアの世界遺産「グレートバリアリーフ」に対し、危機遺産リストに搭載すべきであるという報告を行いました。

オーストラリア政府はこれに反発し、UNESCO(ユネスコ=国際連合教育科学文化機関)の世界遺産センターの動きを政治的であるとして非難しています。

 

Australia demands world heritage experts visit Great Barrier Reef ahead of ‘in danger’ list decision(The Guardian)

 

今回はこのニュースをお伝えします。

 

* * *

オーストラリアの世界遺産「グレートバリアリーフ」のサンゴ礁
オーストラリアの世界遺産「グレートバリアリーフ」のサンゴ礁

世界遺産の活動は物件を世界遺産リストに登録することが目的ではありません。

登録された世界遺産を人類普遍の遺産として締約国全体で保護することを目的としています。

 

そのためにすべての世界遺産は少なくとも6年に一度、定期報告を行っており、また危機が報告された世界遺産についてはUNESCOの世界遺産センターや、ICOMOS(イコモス=国際記念物遺跡会議)やIUCNといった諮問機関が調査を行っています(リアクティブ・モニタリング)。

たとえば、市民や環境保護団体が「国や市の開発計画が世界遺産に悪影響を与える」と世界遺産センターに報告し、それを受けてICOMOSやIUCNの専門家が調査するといったことが実際に行われています。

 

オーストラリアの世界遺産「グレートバリアリーフ」は以前からモニタリングの対象で、2015年の第39回世界遺産委員会では危機遺産リスト入りが審議されています。

その最大の原因はサンゴの白化現象です。

 

グレートバリアリーフでは今世紀に入って2002年、2016年、2017年、2020年に大規模な白化現象が起きています。

特に酷かったのが2016~17年で、グレートバリアリーフの2/3のサンゴが損傷し、回復には数十年を要するといわれました。

さらに、2020年にも大規模白化現象が起きて追い打ちを掛けてしまいました。

 

ARCサンゴ礁研究COEは1995~2017年のグレートバリアリーフにおけるサンゴ・コロニーの健康度とサイズを調査し、個体数が50%以上減少したと報告しています。

こうした報告は他にも相次いで行われています。

 

白化現象の原因ですが、最大の要因とされるのが海水温の上昇です。

 

サンゴは「ポリプ」と呼ばれる個体からなる刺胞動物です。

ポリプは体内に光合成を行う褐虫藻を共生させて栄養を得ていますが、30度を超えると体内から吐き出してしまいます。

ポリプの色は褐虫藻によるものなので、褐虫藻を失ったポリプは白く変色し、やがて栄養不足で死んでしまいます。

 

特に東太平洋赤道付近のペルー沖の海水温が上昇するエルニーニョ現象が起こるとグレートバリアリーフ周辺の海面水温が30度を超えることがわかっています。

こうした現象の慢性化が懸念されており、今後も毎年のように頻発する可能性が憂慮されています。

加えて海洋の酸性化やオーストラリア大陸の開発に伴う富栄養化・水質汚濁、これらを起因とするオニヒトデなど天敵の増加といった原因も指摘されています。

 

開発の一例がクイーンズランド州のカーマイケル炭坑です。

炭鉱開発はもちろん、炭鉱城下町や鉄道・港湾施設まで新たに建設するというビッグ・プロジェクトで、2021年末の石炭輸出の開始が期待されています。

ただ、沖にグレートバリアリーフが横たわっている環境下で廃水の排出や土砂の海洋投棄が行われている点について重大な懸念が表明されています。

 

* * *

グレートバリアリーフが危機的状況にあるのは論を待ちませんが、オーストラリア政府は数々の施策をアピールし、一貫して危機遺産リスト入りに反発しています。

 

2015年には、2050年までにグレートバリアリーフの顕著な普遍的価値を向上させるために「リーフ2050 長期持続可能性計画 "Reef 2050 Long-Term Sustainability Plan"」を発表しました。

これが評価されて同年の世界遺産委員会では危機遺産リスト入りを免れましたが、状況が好転しているわけではなく、監視対象とされています。

リーフ2050では一例として以下のような施策を盛り込んでいます。

  • 世界遺産地域の港湾開発の規制強化
  • 世界遺産地域での海洋投棄の禁止
  • グレートバリアリーフに流れ込む堆積物・窒素・農薬の削減
  • 都市部の水質改善
  • 漁業の規制強化
  • 管理体制の強化
  • 湿地と河岸植生の保護の強化

 

オーストラリア政府はリーフ2050を随時更新するとともに、2019年にはグレートバリアリーフ見通しレポート "2019 GBR Outlook Report" を発表し、顕著な普遍的価値に変化はないという結論を示しました。

また、気候変動に対する25億5000万ドルの排出削減基金の拠出や、パリ協定で設定された温室効果ガス排出削減目標26~28%が達成できる見通しであることなどをアピールしています。

 

そして今回の第44回世界遺産委員会でも審議対象となっており、200ページ弱に及ぶ報告書を提出しています。

 

これと真っ向から対立しているのがIUCNの報告書です。

IUCNもグレートバリアリーフに関する評価報告書を世界遺産センターに提出しているのですが、こちらでは危機遺産リストへの搭載を推奨しています。

 

報告書はリーフ2050について、2015年の世界遺産委員会から現在までに状況はむしろ悪化しており、いくつかの目標は達成されているものの進捗は非常に遅く、長期的な見通しも同様に悪化していると指摘しています。

政府が予算を拡大するなど努力を続けている点は評価していますが、顕著な普遍的価値が低下しつづけているのは事実であり、危機的状況であるとしています。

また、オーストラリア1国では気候変動や水質変化の脅威に対応することはできないため、すべての締約国および国際社会に対してパリ協定が掲げる目標、すなわち産業革命以降の気温上昇を2度以下に抑え、1.5度以下に抑制する努力を行うという目標を達成するために責任ある行動を取ることを要請しています。

 

* * *

IUCNの報告に対し、オーストラリア政府はこれまでのグレートバリアリーフにおける実績や温室効果ガス排出量の減少などを強調して反発しています。

そして審議や監視が不十分な状況での盲目的な決定で、加えて事務局であるはずの世界遺産センターの行動が政治的であり、気候変動については世界遺産条約ではなく国連の気候変動枠組条約などで行うべきであると批判し、UNESCOのオードレ・ アズレ事務局長に他の11か国とともに書簡を送って懸念を表明しました。

 

そしてUNESCO本部のあるパリでブリーフィングを行い、16か国の代表に対して立場を説明し、世界遺産委員会の委員国を務める21か国に招待状を送ってグレートバリアリーフへの訪問を促し、適切に判断するよう呼び掛けています。

なお、世界遺産委員会の決定は基本的に21委員国の合意形成で行われますが、投票に持ち込まれた場合は出席しかつ投票する委員国の2/3以上の賛成で可決されます。

 

一方、国際サンゴ礁協会会長をはじめオーストラリアの科学者ふたりを含む5人のサンゴの専門家が危機遺産リスト入りの支持を表明し、UNESCOに感謝の意を述べています。

オーストラリア国内でもさまざまな意見があるようです。

 

以上のように、グレートバリアリーフの状況を改善したいという思いはUNESCO、世界遺産委員会、オーストラリア、専門家の間に違いはありません。

しかし、オーストラリア政府は気候変動という最大要因について、グレートバリアリーフを象徴的に危機遺産リストに載せることに反発しており、そのような手法で締約国や国際社会を動かそうとする動きを政治的であると非難しています。

それは世界遺産条約の役割ではない、ということになりそうです。

 

本件はグレートバリアリーフの問題ではありますが、このように気候変動や世界遺産条約の向かう先といった非常に大きな問題を含んでいます。

まもなく第44回世界遺産委員会がはじまりますが、どのような判断を下すのか、注目したいところです。

 

 

※7月24日追記

第44回世界遺産委員会では危機遺産リストへの搭載は回避されましたが、IUCNの勧告は支持され、引き続きモニタリングを行うことが決議されました。また、オーストラリアだけでなくすべての国がパリ協定の下で気候変動に対して行動を起こすよう呼び掛けました。

 

 

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