世界遺産NEWS 17/05/27:8資産一括登録を目指す宗像・沖ノ島の不安

今年7月の世界遺産リスト登録を目指している「『神宿る島』宗像(むなかた)・沖ノ島(おきのしま)と関連遺産群」ですが、5月上旬に文化遺産の調査・評価を行っているICOMOS(イコモス=国際記念物遺跡会議)から構成資産8件のうち4件を除外する条件付きで登録勧告を受けました。

勧告通り4件を除外して登録を進めるか、そのまま8件の登録を目指すか選択を迫られていましたが、報道によると5月下旬、政府は8件を一括して登録する方針を決めたということです。

 

登録勧告を受けた物件はそのまま登録されるのが常ですが、ICOMOSの評価報告書を読む限り、今回は必ずしもそううまく行くとは限らないような印象です。

今回はこのニュースをお伝えします。

 

* * *

宗像大社辺津宮
宗像大社辺津宮

今年7月2~12日にかけてポーランドのクラクフで開催される第41回世界遺産委員会で新たな世界遺産が誕生します。

日本からは「『神宿る島』宗像・沖ノ島と関連遺産群」が推薦されており、5月上旬にICOMOSから登録勧告が出されています。

登録勧告からの逆転不登録はほとんど例がないので事実上の内定と言うことができるでしょう(この辺りは最後にリンクした過去記事「世界遺産NEWS 17/05/06:宗像・沖ノ島に条件付き登録勧告」を参照してください)。

 

ところが、です。

ICOMOSが提出した評価報告書を読んだのですが、かなり驚きました。

登録勧告といっても日本の主張はほとんど認められていませんでしたから。

むしろ「これでなぜ登録勧告なの?」といった感想です。

 

まず、構成資産を見てください。

 

■「『神宿る島』宗像・沖ノ島と関連遺産群」構成資産

  • 沖ノ島(宗像大社沖津宮(おきつぐう/おきつみや))
  • 小屋島
  • 御門柱
  • 天狗岩
  • 宗像大社中津宮(なかつぐう/なかつみや)
  • 沖津宮遙拝所
  • 宗像大社辺津宮(へつぐう/へつみや)
  • 新原(しんばる)・奴山(ぬやま)古墳群 

 

九州本島にあるいわゆる宗像大社は上でいう宗像大社辺津宮で、その周辺に新原・奴山古墳群が位置します。

そして辺津宮から北西約10km、本島から6kmほどの位置に浮かぶ大島に宗像大社中津宮と沖津宮遙拝所があります。

大島からさらに北西約45kmの位置に沖ノ島が浮かんでおり、その周囲に小屋島、御門柱、天狗岩といった岩礁が点在しています。

つまり、この物件は「本島-大島-沖ノ島」というライン上に点在する複数の資産を一括登録する「シリアル・ノミネーション・サイト」であるわけです。

 

世界遺産リストに登録されるためには「顕著な普遍的価値」を有する必要があるのですが、シリアル・ノミネーション・サイトに関しては個々の構成資産が顕著な普遍的価値を持つ必要はなく、全体として持っていればよいことになっています。

その代わり全体を貫くストーリーが重視されるわけですが、宗像・沖ノ島もそのような論理展開で登録推薦書が書かれています。

文化庁の資料ではこのように解説しています。

 

■資産の概要

本資産は、海に生きた人々による聖なる島に対する信仰が、対外交流の展開の中で自然崇拝から発展してきた過程を古代から現在まで継続的に示す物証として、他に例を見ない顕著で普遍的な価値を有する信仰の資産である。構成資産は、沖ノ島(宗像大社沖津宮)と、大島の沖津宮遙拝所及び宗像大社中津宮、九州本島の宗像大社辺津宮、新原・奴山古墳群から成り、古代から続く海との一体性をもった広大な信仰空間を構成している。

4世紀後半、日本列島と大陸との対外交流の舞台となった海域に位置する沖ノ島において、航海の安全を願いおびただしい量の貴重な品々が捧げられ、自然崇拝を背景とした祭祀が行われるようになった。政治や社会、信仰など古代の国家や地域の発展に貢献した交流の航路の守り神として、沖ノ島の神に対する信仰は発展していった。沖ノ島の巨岩群においては、古代国家の成立期をも含む約500年という長期にわたる祭祀の変遷を伝える古代祭祀遺跡が残されている。

また、沖ノ島祭祀を奉斎した氏族によって沖ノ島とその海域を遥かに望む台地上に築かれた新原・奴山古墳群は、海との一体性をもつ広大な信仰空間を形成し、海に生きた人々の信仰の発展を伝えている。さらに、沖ノ島に対する信仰は、宗像三女神を祀る宗像大社沖津宮・中津宮・辺津宮へと発展する。沖ノ島、大島、九州本土と島伝いに展開する信仰の場からなる宗像大社は、海との一体性をもった信仰空間を現代に受け継いでいる。

 

要するに、この物件は「本島-大島-沖ノ島」、つまり宗像大社の「辺津宮-中津宮-沖津宮」というラインで構成される広大な信仰空間を対象としており、4世紀から長きにわたって伝えられる信仰の歴史を表現するものとして価値証明を行っているわけです。

宗像大社の3つの宮ですが、辺津宮は市杵島姫神(いちきしまひめのかみ)、中津宮は湍津姫神(たぎつひめのかみ)、沖津宮は田心姫神(たごりひめのかみ)といういわゆる宗像3女神を祀っているのですが、これら3女神は天照大神(あまてらすおおみかみ)と素戔嗚尊(すさのおのみこと)の盟約から生まれた由緒ある神々です。 

宗像3女神は道主貴(みちぬしのむち)とも呼ばれる「道の神」でもあり、それゆえ中国や朝鮮半島に通じる途上に点在する島々の信仰と結びつき、日本の繁栄を司る神様として時の政権にも重視されました。

 

ところが。

ICOMOSは4~9世紀にかけての沖ノ島と周辺の岩礁に対する信仰については、「海の正倉院」とも称される8万点もの出土品から物理的に証明されていることを認めています。

しかし、古代信仰が9世紀に断絶してから宗像3女神の信仰に至る歴史については証明されていないとしています。

また、仮に連続性があったとしても同様の信仰は厳島神社やさまざまな島々にも存在し、宗像大社の信仰だけが世界レベル、あるいは東アジアといった地域レベルであることの証明がなされていないと書いています。

 

こうした疑問についてICOMOSは2016年11月に日本に情報提供を求めたようですが、追加情報によっても明らかにならなかったと記しています。

それどころか沖ノ島における宗像大社沖津宮としての祭祀は1750年までしか遡ることができないなどと具体的な年代を挙げて反論し、古代の信仰がいつどのように宗像大社の信仰につながるのか説明されていないとしています。

要するに、宗像3女神云々は後付けの物語なのではないか(とまでは言っていませんが)、そうでないとしても日本レベルの価値に留まるのではないか、さもなければしっかりと証明してください、ということです。

 

ですから一部で報道されているように「日本の信仰が理解されていない」とか「欧米人にはわかりにくい」「宗像大社は三宮一体で不可分」といった話ではありません。

宗像大社というくくり自体が否定されており、そうでないというのであれば「証明してくださいね」という話なのです。

 

したがってICOMOSは価値証明がなされた沖ノ島と周辺の岩礁にのみ登録勧告を与え、名称を「『神宿る島』沖ノ島 “Sacred Island of Okinoshima”」に変更し、それ以外の構成資産を除外するよう提言しています。

ただし、バッファーゾーン(緩衝地帯)については推薦書のものが適当であるとも書いています。 

つまり、プロパティ(資産。世界遺産の登録範囲)は沖ノ島と周辺の岩礁のみとなりますが、辺津宮や中津宮とその周辺もバッファーゾーンとして守りなさい、ということです。

 

この勧告、みなさんはどう思いますか? 

 

ぼくは、非常に理路整然としており、さすが文化財のプロ集団といった印象を受けました。

その半面、関係者だったらたまらないだろうなとも感じています。

日本の主張は辺津宮-中津宮-沖津宮を結ぶ宗像大社を軸に展開しています。

ところがこの点がバッサリ否定されているわけですから、シリアル・ノミネーション自体が否定されているに等しいことになります。

であれば、登録勧告というのはどうなんでしょう?

4件に絞るにしても、8件の価値証明を求めるにしても、推薦書の抜本的な改訂を求めて登録延期勧告等々にした方がスッキリしたのではないでしょうか?

 

しかも多くの観光客が見込める辺津宮や中津宮は世界遺産になれないのに保護・保全する義務が発生します。

評価報告書の中ではすでに大島の沖津宮遙拝所の高潮や台風、九州本島の鐘崎漁港の開発、太陽発電計画などに対する懸念が表明されています。

実際に世界遺産を守るのは保有国や所有者、地域社会・住民であるわけですが、これに納得してもらえるのでしょうか?

 

地元では登録勧告の喜びよりも「残念」という声の方が大きいようで、その衝撃が伝えられています。

福岡県の小川知事は宗像市長や福津市長、宗像大社宮司を伴って菅官房長官や岸田外相と会談し、あくまで8件一括登録を目指す旨を表明して政府に協力を求めました。

そして5月下旬、政府は地元の意向を尊重して同様の方針を固めたということです。

 

今回は2013年の「富士山-信仰の対象と芸術の源泉」の三保松原(みほのまつばら)とはワケが違います。

富士山も25の構成資産からなるシリアル・ノミネーションでしたが、全体を貫く顕著な普遍的価値は認められていました。

三保松原はその中に含まれるか否かといった問題にすぎません。

 

しかし、宗像・沖ノ島の場合は全体の価値が認められていないのです。

これを逆転で登録するためには、ICOMOSの主張が的外れであることを提示するか、ICOMOSの求める証明を行うか、政治力でゴリ押しするか、といったことになりそうです。

いずれにしても簡単ではなさそうですし、なんだかスッキリしないことになりそうな予感さえします。

 

日本はいったいどのような論理展開で登録を目指すのでしょうか?

とても気になります。

 

 

[関連記事]

世界遺産NEWS 17/07/21:沖ノ島、女人禁制から全面上陸禁止へ(続報)

世界遺産NEWS 17/05/06:宗像・沖ノ島に条件付き登録勧告(前回の関連記事。さらに以前の記事へリンクあり)

世界遺産NEWS 17/05/22:2017年、世界遺産候補地の勧告結果

 


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