世界遺産NEWS 16/08/28:大英博物館のモアイ返還運動が始動

イギリス・ロンドンの大英博物館には「太陽の沈まぬ帝国」と呼ばれた大英帝国時代に世界中から収集した人類の至宝800万点が収められています。

ナポレオンがエジプトから持ち帰ったロゼッタストーンやギリシア・パルテノン神殿の彫刻群エルギン・マーブル、メソポタミアの古代都市ウルで発見された牡山羊像などが有名ですね。

 

日本関連の展示品もたくさんありますし、何より入場料が事実上無料(任意の寄付)ということで、訪ねた人も多いかと思います。

大英博物館収蔵のモアイ、ホアハカナナイア (C) James Miles
大英博物館収蔵のモアイ、ホアハカナナイア (C) James Miles

この8月中旬、南米のチリで大英博物館に収められているモアイ「ホアハカナナイア」の返還キャンペーンが開始されました。

主宰しているのはドキュメンタリーを制作しているチリのフィルムメーカー。

その目的について、「ホアハカナナイアをもとの場所に戻してその精神を回復することが、マナを復活させ、イースター島に活力を取り戻すひとつの手段になるはずです」と語っています。

 

「マナ」とはメラネシアやポリネシアの人々が信じている自然や人に宿る神秘的な霊力のこと。

神々はこうした力を操っているのですが、人々はモアイの目からもこのマナが放出されていると考えて、村の周囲にモアイを建てて幸福を祈ったと伝えられています。

 

モアイの製造は7世紀頃にはじまり、17世紀ほどまでに1,000体近くが建設されました。

しかし17~18世紀に島を二分する大戦争が起こると、すべてのモアイは打ち倒され、マナを発する目はくり抜かれてしまいました。

 

1868年、イースター島を訪れたイギリスの航海士たちは、たった1体、いまだに立っていて崇拝されているモアイがあることを聞きつけます。

 

そのモアイが収められていたのはオロンゴ岬の石室でした。

オロンゴ岬は島の聖域で、辺りにはモアイが見られない代わりにタンガタ・マヌ(鳥人)やマケマケ(創造神)、コマリ(豊饒の神)といった神々のペトログリフ(岩石に描かれたレリーフ)が刻まれています。

周囲には神官の家が立ち並んでいるのですが、そのひとつ、ラノ・カウ火山のカルデラ湖に面した1軒に風変わりなモアイがたたずんでいました。

 

高さ2.42m、周囲0.96m、重さ4.2tと、モアイとしてはかなり小ぶり。

多くのモアイは赤みを帯びた凝灰岩でできていますが、このモアイは灰褐色の溶岩礫製。

そして他のモアイと決定的に異なるのは、その背中にタンガタ・マヌをはじめとする神々の像が刻まれていたことです。

神々の像が彫られたホアハカナナイアの背面 (C) James Miles
神々の像が彫られたホアハカナナイアの背面 (C) James Miles

「モアイ倒し戦争」を経てモアイ信仰は捨て去られましたが、神々の信仰は継続していました。

このモアイは、モアイの時代とその後の時代を結ぶ貴重で美しい証拠となっていました。

 

感銘を受けた航海士たちは「波の力」を意味するホアハカナナイアと呼ばれたこのモアイを奪い去り、翌年イギリス本土に持ち帰りました。

 

18~19世紀にかけて、欧米列強によって島民が奴隷狩りにあい、人々と共に貴重な遺物が持ち去られました。

現在、世界中の博物館に45,000点が散らばっていますが、これはイースター島に残存する遺物の総量よりも多いと言われています。

 

下の映画は件のフィルムメーカーが制作したレオナルド・パカラティ監督作品 "TE KUHANE O TE TUPUNA"(テ・クハネ・オ・テ・トゥプナ/先祖の魂)の予告編です。

マナが弱り、活力を失ったイースター島のために、盗まれた友=ホアハカナナイアを持ち帰ることを決意した人々の物語です。

返還キャンペーンでは500以上の署名を集め、チリ政府に対して大英博物館からモアイをはじめとする重要な遺物の返還請求を行うよう要求しています。

しかしながら大英博物館はこれまでそうした要求を拒否していることから、政府は「返還は難しいだろう」と回答しています。

 

大英博物館にはホアハカナナイア以外にもいくつかの遺物の返還請求が寄せられています。

一例がギリシアの世界遺産「アテネのアクロポリス」のパルテノン神殿から持ち去られた「エルギン・マーブル」です。

 

ギリシアがオスマン帝国に治められていた19世紀はじめ、駐トルコ・イギリス大使としてイスタンブールに赴任していたエルギン伯トーマス・ブルースは、トルコの役人たちに多額の金銭を払ってパルテノン神殿の彫刻やレリーフを引きはがし、約100の作品のうち半数以上を祖国の自宅に持ち帰りました。

 

こうした行為はイギリス国内で大きな非難を浴び、またエルギン伯が経済的に困窮したこともあって作品群を政府に寄贈。

政府は大英博物館にこれを収め、以来エルギン・マーブルと名付けられて博物館の目玉のひとつとなりました。

ギリシアは1830年の独立直後からエルギン・マーブルの返還を要求していますが、イギリスは拒否しつづけています。

 

2016年は売却から200周年ということもあって返還運動が活発化しており、5月には弁護士や文化人らがギリシア政府の怠慢を非難し、早急にヨーロッパ人権裁判所、UN(国際連合)、UNESCO(ユネスコ=国際連合教育科学文化機関)、ICJ(国際司法裁判所)などへ問題提起や提訴を行うことを要求しています。

 

しかしながらこれらの問題を解決する国際ルールが定められているわけではありません。

1970年にUNESCOが「文化財の不法な輸入・輸出及び所有権移転を禁止及び防止する手段に関する条約(文化財不法輸出入等禁止条約)」を採択したりしていますが、法律は時代をさかのぼって適用することができないため(法律不遡及の原則)、それ以前に持ち出された文化財は対象外となっています。

その場合、当時の法に照らすことになるわけですが、多くは問題がないことになります。

 

ただ、2000年前後から遺物をもとの国に戻す動きも活発化しています。

1996年にイギリス・ロンドンのウェストミンスター寺院(世界遺産「ウェストミンスター宮殿、ウェストミンスター寺院及び聖マーガレット教会」)からスコットランドのエディンバラ城(「エディンバラの旧市街と新市街」)へ戻されたスクーンの石、2005年にイタリア・ローマからエチオピアの世界遺産「アクスム」に返還されたオベリスク・ステッレ、2012年にアメリカのイェール大学からペルーの首都リマに手渡された世界遺産「マチュピチュの歴史保護区」の遺物等々が一例です。

 

ただし、法的に問題がないことや、一度返還を認めると五月雨式に返還請求がなされかねないことなどから、主要な博物館のほとんどはこうした動きに反対しています。

 

過去奪い去られた文化財をどのように扱うべきか?

ホアハカナナイアはイースター島に戻ることができるのか?

エルギン・マーブルの行方は?

 

今後も注目していきたいと思います。

 

 

[関連サイト]

世界遺産NEWS 18/08/23:英国政府、イラクに古代シュメールの文化財を返還

イースター島 ラパ・ヌイ国立公園/チリ

ウェストミンスターとビッグベン/イギリス

マチュピチュの歴史保護区/ペルー

アテネのアクロポリス/ギリシア

TE KUHANE O TE TUPUNA(公式サイト。英語/スペイン語)

 


News

★姉妹サイト「世界遺産データベース」を制作中です。現在、ヨーロッパの世界遺産を執筆しています。

★世界遺産カテゴリー "WORLD HERITAGE" にて新シリーズ「世界遺産で学ぶ世界の建築」を立ち上げました。世界遺産を通して世界の建築を学びましょう。

 →世界遺産で学ぶ世界の建築

★世界遺産カテゴリー "WORLD HERITAGE" にて新シリーズ「世界遺産検定攻略法」が始動! 最難関の1級とマイスター攻略を中心に、受検戦略や学習法を紹介します。

 →世界遺産検定攻略法

E-book

■Amazon Kindle

■楽天Kobo

自然遺産候補地「奄美大島、徳之島、沖縄島北部及び西表島」の魅力を解説
自然遺産候補地「奄美大島、徳之島、沖縄島北部及び西表島」が5月に登録勧告を得て7月の正式登録が確実なものとなった。その内容を紹介する。クリックで外部記事へ
文化遺産候補地「北海道・北東北の縄文遺跡群」の魅力を解説
2021年7月に世界遺産登録の可否が決まる文化遺産候補地「北海道・北東北の縄文遺跡群(北海道・青森・岩手・秋田)」の魅力を解説する。クリックで外部記事へ

Topics

 

・All About 世界遺産 新記事

 北海道・北東北の縄文遺跡群

 奄美・徳之島・沖縄島・西表島

 2019年新登録の世界遺産

 ンゴロンゴロ/タンザニア

 イエローストーン/アメリカ

 

・その他

『朝日新聞 世界の扉』記事執筆。『Fine』自然遺産特集執筆。『地球の歩き方 MOOK 世界のビーチBEST100』『ノジュール』に旅のスペシャリスト・達人として参加。『PEN』でアフリカの世界遺産執筆。『MONOQLO』世界遺産特集取材協力。『女性セブン』で日本の世界遺産を解説。エクスナレッジ『聖地建築巡礼 世界遺産から現代建築まで、73の聖地を巡る旅』、洋泉社ムック『負の世界遺産』執筆。RKBラジオ、FM TOKYOで世界遺産特集出演。その他企業・大学広報誌等。

New articles

<旅論:たびロジー>

1.あなたは幸せですか?

.麻薬は悪? ゴキブリは汚い?

.裸とワイセツ

 

<エロス論:エロジー>

.遊びの本質

.おいしい、美しい、気持ちいい

.文化SM論

 

<絵と写真の話>

.アートと魂~抽象画とポロック

.ロスコの扉 ~ロスコ・ルーム~

10.写真と抽象芸術~グルスキー

 

<哲学的探究:哲学入門>

1.哲学とは何か?

2.「正しい-間違い」とは何か?

3.証明とは何か?

4.わかる・理解するとは何か?

5.力とは何か? 波とは何か?

6.物質とは何か?

7.見る・感じるとは何か?

8.空間とは何か?

9.時間とは何か?

10.物質と時間を超えて

以下続く。

 

<哲学的考察:ウソだ!>

.無と偶然

.ことだま-はじめに言葉ありき

10.物質とは何か?

11.神とは何か?-一神教と多神教

 

<世界遺産NEWS>

世界遺産最新情報/ニュース

 

<世界遺産ランキング集>

登録基準に見る世界遺産

世界の七不思議

国内集計の世界遺産ランキング

海外集計の世界遺産ランキング

世界遺産国別ランキング

 

<UNESCOリスト集>

日本の遺産リスト

無形文化遺産リスト

世界の記憶リスト

世界遺産リスト

ユネスコエコパーク・リスト

世界ジオパーク・リスト

創造都市リスト

世界危機言語アトラス・リスト

 

<世界遺産の見方>

知性的鑑賞法

感性的鑑賞法

異文化理解の方法論

正しい・間違いの基準

星と大地と古代遺跡

 

<味わう世界遺産>

.王様のワイン トカイ

.命の水 テキーラ

.ポルトガルの宝石 ポート

.神の贈り物チョコレート

 

<世界遺産で学ぶ世界史>

01.宇宙と地球の誕生

02.大陸の形成

03.地形の形成

04.生命の誕生

05.生命の進化

06.人類の夜明け

07.文明の誕生

08.エジプト文明

09.インダス文明

10.中国文明

以下続く。

 

<世界遺産で学ぶ世界の建築>

01.建築の種類1:城と宮殿

02.建築の種類2:宗教建築

03.建築の種類3:メガリス

04.木造建築の基礎知識

05.石造建築の基礎知識

06.ギリシア建築

07.ローマ建築

08.ビザンツ/ビザンチン建築

09.ロマネスク建築

10.ゴシック建築

以下続く。

 

<世界遺産写真館>

1.文化交差路サマルカンド1

2.文化交差路サマルカンド2

3.アッパー・スヴァネティ

4.グラナダのアルハンブラ宮殿1

5.グラナダのアルハンブラ宮殿2

6.コトル

7.プレア・ヴィヒア寺院

8.福建の土楼1

9.福建の土楼2

10.フォンニャ=ケバン国立公園1

以下続く。

 

<世界遺産攻略法>

1.世界遺産検定攻略の理念と背景

2.世界遺産検定の概要

3.試験戦略の一般論

4.試験戦略の理念

5.世界遺産検定の受検戦略

6.試験勉強の3要素

7.世界遺産検定 最効率学習法

8.時事問題・世界史・検定講座

9.マイスター試験の概要

10.マイスター試験問1・2対策

11.マイスター試験問3対策

12.マイスター試験時間術&解答術

Blog

Link

Search

Site map

○Travel[旅]

○World heritage[世界遺産]

○Art[芸術]

○Logic[哲学]

○Library[私的図書館]

○Profile[プロフィール]

○Work[仕事について]

○Inquiry[お問合せ]

○Blog[ブログ]

※本サイトはリンクフリーです