世界遺産NEWS 15/11/28:エルサレム 神殿の丘を巡る対立

「エルサレムの旧市街とその城壁群」は世界遺産リストの中で唯一所属国名が明記されていない世界遺産です。

では、なんと書いてあるのか?

答えは "Jerusalem (Site proposed by Jordan)"、つまり「エルサレム(ヨルダン申請遺産)」です。

国名が書けないので便宜的に都市名を書き入れているわけです。


この「ヨルダン申請遺産」というのは、ヨルダンがUNESCO(ユネスコ。国際連合教育科学文化機関)に申請して登録されたことを示しているのですが、ヨルダンは1994年にエルサレムの領有権を放棄しています。

では誰のものなのか?


世界遺産のあるエルサレム旧市街(東エルサレム)は1948年のイスラエル独立前に国連でヨルダン管理とされました。

しかし1967年の第三次中東戦争でイスラエルが占領して以来、イスラエルの管理下にあるわけです。

現在パレスチナとイスラエルが領有権を主張しており、しばしば争いが起こったり意思統一された保護機関がないなどの理由から、この物件は危機遺産リストに登録されています。

パレスチナが領有権を主張しているのは、イスラム教が成立してからイスラエルという国がこの地にできるまでの1,300年のほとんどの間、彼らが住み続けてきた歴史があるからです。

そしてまたエルサレムの神殿の丘は彼らの奉じるイスラム教第三の聖地であり、大切な場所でもあるわけです。

それに一時期の例外を除けば、イスラム教徒は同じようにエルサレム旧市街を聖地とするキリスト教徒やユダヤ教徒の入城・礼拝も認めていたのです。


イスラエルにとって旧市街の神殿の丘はユダヤ教唯一の聖地に他なりません。

ユダヤ教にはシナゴーグという集会場・礼拝場はありますが、神秘的な機能を持つ神殿や寺院はエルサレム以外に存在しません。

そして唯一の神殿とされるのがエルサレム神殿なのですが、この神殿は66~70年のユダヤ戦争でローマ帝国に徹底的に破壊されてしまいました。

おかげでいま残っているのは西面の壁だけで、これが「嘆きの壁」だと言われています。

以来、エルサレム神殿の再建はユダヤ教徒の悲願とされています。


ちなみに、イスラム教徒がエルサレムを征服したのは636年。

神殿の丘に岩のドームが建てられたのが691年、アル・アクサ・モスクが完成したのが709年です。

エルサレム神殿倒壊から500年以上が経過していることがわかります。


* * *

さて、いろいろ争いが絶えないエルサレムですが、2004年辺りから論争になっているのが「ムグラビ橋」の扱いです。


ムグラビ橋というのはユダヤ教の聖地・嘆きの壁の南に設置された木製の橋なのですが、もともとここには盛土によるスロープ=ムグラビ坂があって、神殿の丘にあるアル・アクサ・モスクのムグラビ門につながっていました。

アル・アクサ・モスクは神殿の丘に建てられているイスラム教の礼拝堂=モスクで、毎日多くの礼拝者が訪れています。

2004年、この坂の一部が倒壊したため、イスラエルは暫定的に木製の橋=ムグラビ橋の建設を開始し、一部の盛土を除去して発掘をはじめました。


橋は2007年に完成しますが、イスラエルは暫定的なものでなく正式な橋を造るために建設計画を進め、エルサレム市とイスラエル首相がこれを承認しました。

これに対してパレスチナ人は「イスラエルによる破壊である」「軍を神殿の丘に進めるための軍事施設だ」「神殿の丘を占領するための布石である」として反発。

世界遺産であることからUNESCOも旧市街の景観を変えることに対して懸念を表明し、市が承認を撤回したことで中止が決まりました。


しかし、イスラエルは2012年に橋を固定化して発掘作業を再開。

橋をより大きな鉄橋にする計画も持ち上がりました。

イスラエルは遺跡の保護・発掘のためにこの橋と作業が必要であると訴えています。

やわらかい土のスロープではなく堅牢な橋を造って遺跡を保護し、必要に応じて発掘を行って保護すべき遺跡を明らかにするということでしょう。


ユダヤ教徒にとっても神殿の丘は聖地であるわけですが、あくまでエルサレム神殿の跡だからです。

たしかにイスラム教徒がこの地を占領して造った都市遺跡や宗教施設のずっと下にはエルサレム神殿がまだ建っていた頃の貴重な遺跡群が眠っているはずです。

しかしこれをすべて明らかにするためには岩のドームやアル・アクサ・モスクを取り壊さなければなりません。

パレスチナ人はこうした神殿の丘の占領・破壊を恐れているわけです。

実際、エルサレムの周辺には200を超える公的・私的な入植地が建設されているような状況ですから。

世界遺産委員会でもたびたびムグラビ橋の計画や発掘作業について話し合われており、強制的なモニタリングや即時の作業停止、神殿の丘へのアクセス阻止の中止などが決議され、アラブ諸国と協議を行うよう促していますが、進歩が見られない状態です。

また架橋や発掘だけでなく、イスラエルが計画しているムグラビ地区とオリーブ山を結ぶケーブルカーの建設やダビデの町国立公園の建設はじめ、旧市街の景観を変えるすべての計画について中止を要求しています。

これらに対しては、イスラエルを孤立させるための政治的な決議であるとして反対する国もあったりします。

 

そしてこの10月、UNESCO文化遺産局はイスラエルが神殿の丘を訪れるイスラム教徒の入場を制限しているとして非難決議を採択しました。

個人の信教の自由や礼拝の自由を侵しているという判断です。

私がエルサレムを訪ねたときも旧市街には大きな銃を持ったイスラエル兵があちらこちらにいて、何かあると旧市街の一部を閉鎖するということでした。

 

一方で、パレスチナ人の若者が鉄パイプや石・パイプ爆弾を持って神殿の丘に立てこもるなどという事件も起きています。

神殿の丘は嘆きの壁の真上にあるわけですから、イスラエル側から見たらユダヤ人の安全を保障するための必要措置であるわけです。

 

また、この会議でパレスチナやエジプトなどのアラブ数か国が嘆きの壁を含む西面の壁と丘をアル・アクサ・モスクの一部であると表記するよう求めましたが、こちらは否決されています。

イスラエルはパレスチナが事実関係を書き換えて旧市街の支配を企てていると非難し、イリーナ・ボコバ事務局長も現状を変える試みを否定しています。

 

国連の態度はとにかく現状維持、です。

領土問題も世界遺産も、現状を変える試みをすべて否定しています。

しかしイスラエルとパレスチナは相手が現状を変えてその状態を維持したりしないように、少しずつ状況を変えようとしているようにうかがわれます。

というのも、エルサレム旧市街は第三次中東戦争でイスラエルが占領して以来、国際社会は何もできていないわけですから(同戦争で占領されたシナイ半島やガザ地区は返還されていますが)。

 

やはり非常に難しい問題ですね。

 

 

[関連サイト]

聖地エルサレム

世界遺産NEWS 17/07/26:混乱が続くエルサレム旧市街

 


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