世界遺産NEWS 15/08/23:ISIL、パルミラで考古学者を処刑 +追記
世界遺産「パルミラの遺跡」を実効支配しているISIL(いわゆるイスラム国)は、8月18日に高名な考古学者ハリド・アサド氏を処刑し、その様子を撮影した動画をインターネット上に公開しました。
下は処刑に関するニュース映像です(殺害の様子などはありません)。
アサド氏は1934年にパルミラの地で生まれました。
ダマスカスの国立大学で考古学を学んだのち、1963年にパルミラ博物館で研究をはじめると、以後40年にわたる学者人生のすべてをパルミラに捧げました。
氏の功績はパルミラを発掘して世に知らしめただけでなく、シリアの考古学を開拓し、研究と保存について先鞭をつけた点にあります。
そして中東のモデルケースとして各地で評価され、世界に影響を与えました。
2003年に館長の座を辞して引退しますが、その後も研究を続けて多くの成果を残しています。
「私はここれで生まれ、ここで死にたい」
生前の氏の言葉だそうですが、思いもかけない形で実現してしまいます。
2015年5月、ISILはシリア政府軍を追い払い、パルミラ全域を支配下に収めました。
彼らがイラクで世界遺産「ハトラ」やモスル博物館、古都ニルムドなどを破壊していたこともあり、パルミラの破壊が懸念されました。
これに対し、アサド氏はISILがパルミラに侵攻する直前に博物館の遺物を運び出して避難させました。
7月になると、氏は遺跡の近くでISILのメンバーに拉致されてしまいます。
遺物の隠し場所を教えるよう尋問されましたが、「良心に反することはできない」と最後まで抵抗を続けたということです。
氏は8月18日にパルミラの遺跡内で斬首され、首のない遺体は遺跡に吊り下げられました。
享年82歳ということです。

これに対してUNESCO(ユネスコ。国際連合教育科学文化機関)のイリーナ・ボゴバ事務局長は以下のような声明を出しています。
「アサド氏はパルミラに対する深い愛情を最後まで裏切ることはありませんでした。氏が人生を捧げたおかげでパルミラの重要な歴史が明らかにされ、私たちは古代と現代を結ぶこの偉大な遺跡から多くのことを学ぶことができるのです。彼の成果は過激派がもたらすものをはるかに超えて、生きつづけるのです」
ISILは、自分たちが遺物や遺跡を破壊するのはイスラム教の教えである偶像崇拝の禁止を守るためだと主張しています。
しかし、彼らがこうして貴重な遺物にだけやたらと執着するのは、闇で売りさばいて資金源にしたいからなのでしょう。
これまでモスル博物館などで遺物を破壊している様子を動画で公開していますが、その多くはレプリカではないかと指摘する学者もおり、実際オリジナルのいくつかがヨーロッパで発見されています。
イスラム教を利用して自らの欲望を満足させ、思い通りにならない者は殺害するというきわめて卑劣で幼稚な行動。
現地の人々の安全とパルミラの遺跡がとても心配です。
■08/24追記
ISILがパルミラのバール・シャミン神殿を爆破したという報道が飛び込んできました。
下記がそのニュース映像です。
バール・シャミン神殿は円柱が並び立つ平地の側にあったような気がするので、上の動画に登場する爆破写真は聖廟か何か別のものではないかと思うのですが、詳細はまだ確認できません。
ISILは5月にパルミラを支配して以降、パルミラの象徴である「アラート神のライオン像」を破壊し、聖廟2基を爆破し、遺跡周辺に地雷を仕掛けています。
これまで遺跡自体は破壊を免れてきましたが、ついにここにも手を付けはじめたようです。
世界が恐れれば恐れるほど、彼らにとって爆破することの意味が増すのでしょう。
しかし、その後にいったい何が残るというのでしょう?
何を目指しているのでしょう?
少なくともイスラム教云々ではないことはもう明らかです。
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