世界遺産NEWS 15/03/21:ISIL、世界遺産「ハトラ」を破壊
3月7日、イラクの観光遺跡省はISIL(アイシル。いわゆるイスラム国。後述)がイラクの世界遺産「ハトラ」を破壊したと発表しました。
住民がハトラの方角から大きな爆発音を複数回耳にしたということです。
ハトラは、ローマ帝国とライバル関係にあったパルティアが築いた軍事要塞都市。
紀元前117年頃、ローマ帝国最大版図を築いたトラヤヌス帝が攻略を試みるもこれを退け、以後数十年にわたってローマの攻撃に耐え抜きました。
ISILは2月下旬からメソポタミア文明の貴重な遺跡の破壊を活発化させています。
2月26日にリリースした動画には、イラク第二の博物館であるモスル博物館に収められた紀元前2000~前1000年頃の貴重な彫刻が鈍器で破壊される様子が収められていました。
また、3月5日にはアッシリアの古都ニムルドの遺跡をブルドーザーでなぎ倒しました。
下のニュースは "RT Arabic" のものですが、モスル博物館で破壊を行う様子が映し出されています。
ISILはイスラム教の「偶像崇拝の禁止」の教えを忠実に守るものとしていて、これは世界遺産「バーミヤン渓谷の文化的景観と古代遺跡群」を破壊したタリバンと同じ主張です。
イスラム教が成立する7世紀以降、こうしたことが行われていた時期があって、中東~インドを旅するとイスラム教徒によって破壊された遺跡や、顔を削り取られた神像や動物像をよく目にしたものです。
偶像の禁止自体はユダヤ教・キリスト教・イスラム教いずれにも見られるもので、キリスト教においてはローマ・カトリックと正教会が分かれるひとつの理由になりました。
しかしながら他宗教の偶像の破壊を認めるのは原理主義組織だけで、当然ながらイスラム教においても一般的な考え方ではなく、中東各国が非難声明を出しています。
一方で、ISILはメソポタミア文明の貴重な遺物を売買しているとも伝えられており、それが資金源にもなっているようです。
偶像崇拝を禁じておきながら金になりそうなものはそのまま横に流す――
ISILの矛盾が現れています。
こうした蛮行に対してUNESCO(ユネスコ。国際連合教育科学文化機関)事務局長のイリーナ・ボゴバ氏は、「ダーイシュ(ISILのこと。後述)の狙いは人間の破壊であり、文化の一掃 "cultural cleansing" である」とし、これがアラブはもちろんイラクの少数民族を含めた人類への挑戦であると非難しました。
加えて「貴重な遺跡は当該国が保護する責任を追うが、それが困難である場合は世界がそれを援助する」と、UNESCOがISESCO(イスラム教育科学文化機構)と連携して支援していくことを表明しています。
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ISILの呼称について少し解説を。
イラクやシリアを中心に活動しているいわゆるイスラム国は、2014年に呼称を "Islamic State" であることを宣言しました。
ここから「イスラム国(IS)」という日本語訳が誕生したわけです。
しかし、国家を認めるニュアンスを持たせることに対して非難が生まれ、イスラム教徒の中には一派的な「イスラム教の国」を連想させるとして反対する者も少なくありませんでした。
そこで一部メディアはISに注釈的な言葉をつなげ、以下のように表記変更を行いました。
■ISIS:アイシス、イシス、アイエスアイエス
Islamic State of Iraq and Syria あるいは Islamic State in Iraq and al-Sham
イラクとシリア、イラクとシャームのイスラム国。
シャームはトルコ・シリア・ヨルダン・レバノン・イスラエル周辺のこと。
■ISIL:アイシル、アイエスアイエル
Islamic State of Iraq and the Levant
イラクとレヴァントのイスラム国。
レヴァントはシリア・ヨルダン・レバノン・イスラエル周辺のこと。
また、イリーナ・ボゴバ氏が使ったダーイシュは以下の意味。
■DAIISH:ダーイシュ
al-Dawla al-Islamiya fi Iraq wa al-Sham
アラビア語で、イラクとシャームのイスラム国。
DAASH、DAISH、DAESHと表記されることもある。
2015年1月に、自民党はアメリカの報道にならってISILに統一することを表明しています。
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