哲学的考察 ウソだ! 9:ことだま 後編 <天地創造>

ぼくらは未知なる海の中にいる。
知らないこと、見えないもの、触れることもできないものに囲まれている。
ぼくらがどこから来て、どこへ行くのか、誰も知らない。

ポール・ゴーギャン「我々はどこから来たのか? 我々は何者か? 我々はどこへ行くのか?」1897-98年、ボストン美術館
ポール・ゴーギャン「我々はどこから来たのか? 我々は何者か? 我々はどこへ行くのか?」1897-98年、ボストン美術館

いつもの例。

1個のリンゴがある。
リンゴの色はリンゴではない。
リンゴの像はリンゴから届く光を人間の思考が分析して見せている虚像だ。

リンゴの香りもリンゴではない。
リンゴから届く香りの成分を感覚におとしめた結果が香りだ。

リンゴの味もリンゴではない。
リンゴとは、リンゴの色や香りや味を発するものであって、色や香りや味自体ではない。

本当のリンゴの姿ってなんだろう?
それは完全に闇の中。
未知の海に潜む謎の存在。
人間の思考と感覚の域外の存在だ。

しかし、人間は昔からその存在を知っていた。
だから、リンゴの色や香りや味や肌触りを表す言葉だけでは事足りず、それらをまとめて発する存在に言葉を与えた。
「リンゴ」という言葉を。

リンゴは赤い。
こうして「リンゴ」という見ることも聞くことも味わうこともできない存在は、その性質の一端を言葉で表されるようになる。
リンゴは甘い。
もうひとつのセンテンスで、さらにリンゴの性質が絞り込まれていく。
リンゴはよい香り。リンゴは掌くらいの大きさ。おいしいリンゴは重い……
こうして数多くの言葉が表現できるはずのないものを表現していく。

それは形のない魚を捕らえようとする投網のようなもの。
一本一本の糸がセンテンス。
数多くの糸が集まって、網の中に捕らえられた無色透明・無味無臭なものの存在を形作る。
直接見えることはなくても、たわむ糸々がその外形を象っていく。
人は幾重にも幾重にも言葉の糸を編んで、表現できぬものを形にしようと網を織り、未知という海に網投げて、目に見えぬものを捉えようとする。

「一輪の本当のバラは沈黙している。だが、その沈黙は、バラについての、リルケのいかなる美しい詩句にもまして、私を慰める。言葉とは本来そのような貧しさに住むるものではないのか。バラについてのすべての言葉は、一輪の本当のバラの沈黙のためにあるのだ」
(谷川俊太郎『二十億光年の孤独』集英社文庫収録「私にとって必要な逸脱」より)より)

これが言葉だ。これが名前だ。
そして、こうして世界は誕生した。 

 

 * * *

 

■宮崎駿監督『千と千尋の神隠し』より


千尋「私の本当の名前は千尋っていうんです」
ゼニーバ「ちひろ……いい名だね、自分の名前を大事にね」
千尋「ハイ」

千尋「ハク、聞いて。お母さんから聞いたんで自分では覚えてなかったんだけど、私 小さい時 川に落ちたことがあるの。その川はもうマンションになって埋められちゃったんだって。でもいま 思い出したの。その川の名は……その川はね コハク川。あなたの本当の名は、コハク川」
ハク「あーっ。千尋、ありがとう。私の本当の名はニギハヤミ コハクヌシだ」
千尋「ニギハヤミ?」
ハク「ニギハヤミ コハクヌシ」
千尋「すごい名前。神様みたい」

千尋「ハクは? ハクはどうするの?」
ハク「私は湯バーバと話をつけて弟子をやめる。平気さ 本当の名を取り戻したから。元の世界に私も戻るよ」
千尋「またどこかで会える?」
ハク「ウン。きっと」
千尋「きっとよ」

 

 * * *

 

言葉がなければぼくが生まれることはなく、世界が開けることはなかった。
言葉がなければ世界が開けることはなく、ぼくが生まれることはなかった。

いま見ているこの世界。
言葉が創ったこの世界。

それは、建物が人によって造り出されたというような小さな意味ではない。
この空も大地も木々も、言葉によって生み出されたものだ。
それを欲した人類が、言葉を与えることで生まれてきたものだ。
未知という海から言葉によって人類が引き上げた宝物。
それがこの世界だ。

言葉はその歴史を背負っている。
だから、ぼくらは過去のあらゆる人と共にある。

だからこそ。
言葉とはそのまま光であり、命であり、魂であり、神であり、世界なのだ。

「神は言われた。『光あれ』。そして、光があった。
神は光を見て、よしとされた。
神は光と闇を分け、光を昼と呼び、闇を夜と呼ば れた。
夕べがあり、朝があった。第一の日である」
(『旧約聖書』「創世記」)より)

人はひとりでは生きられない。
誰かが言葉を創ったのだから。
誰かが言葉を伝えたのだから。

ぼくに。
あなたに。

 


News

世界遺産カテゴリー "WORLD HERITAGE" にて新シリーズ「世界遺産写真館」を立ち上げました。

ぼくがこれまで撮影してきた写真を掲載していこうと思います。

 →世界遺産写真館

世界遺産「シェーンブルン宮殿と庭園群」
フランス・ブルボン家のベルサイユ宮殿に対抗して、オーストリア・ハプスブルク家が贅と粋を尽くした世界遺産「シェーンブルン宮殿と庭園群」。クリックで外部記事へ。
イギリスの世界遺産「ロンドン塔」
イギリスでもっとも歴史のある石造城塞であり、多くの囚人を収容した監獄兼処刑場で、世界一有名な幽霊屋敷でもある「ロンドン塔」。クリックで外部記事へ

Topics

・Facebook, twitterです

 ART+LOGIC=TRAVEL Facebook

 dai hasegawa twitter

・All About 世界遺産 新記事

 2017年新登録の世界遺産

 シェーンブルン宮殿

 世界一の幽霊屋敷 ロンドン塔

 青の都サマルカンド

 学生が訪れたい世界の絶景

Bizコンパス 世界の名言

 リンカーン 人民の人民による

 チャップリン 勇気・想像力・金

 本田宗一郎「挑戦した失敗」

 岡本太郎「毒を持て」

 ディズニー「未完成」

 ジョブズ「愚かであれ」

 ナポレオン「不可能はない」

 高杉晋作「おもしろき世」

 エジソン「1%の才能99%の汗」

・Bizコンパス 国際情勢連載

 なぜLCCが世界を席巻?

 なぜ日本のGDPは低迷?

 なぜ今TPP等の地域協定なのか?

 なぜシンガポールは豊かなのか?

 なぜ米国は銃規制できないか?

 なぜハリウッドは強いのか?

 なぜ外国人が渋谷の交差点に?

 なぜイスラムは仏を狙うのか?

 なぜスイスは永世中立なのか?

 なぜ中華料理はおいしいのか?

 なぜ難民が増えているのか?

 なぜ五輪は4年に1度の開催か?

 なぜイランは核開発するのか?

 なぜ台湾は独立できないのか?

 なぜアフリカはいつも戦争?

 なぜシーア派とスンニ派がある?

 なぜブータンは幸せの国なのか?

 なぜ世界でパンデミックが拡大?

 なぜ世界に親日国が多いのか?

 なぜイスラムは遺跡を壊すか?

 なぜ米国とキューバが接近?

 なぜ訪日外国人が増えたのか?

 なぜギリシャ危機が問題か?

 なぜウクライナで米露が対立?

 なぜ世界中に中華街があるのか?

 なぜ柔道はJUDOに勝てないか?

 なぜ捕鯨は野蛮なのか?

 なぜイスラムは西洋と戦うのか?

 なぜ日本料理は世界で人気か?

 なぜ中南米はミスコンに強いか?

 なぜ中国で民主化・独立運動か?

 なぜ英・西で独立運動なのか?

・Bizコンパス 世界遺産連載

 世界遺産の夜明けを導く2遺跡

 人類の歴史に挑戦する負の遺産

 危機遺産リストと世界遺産

 世界遺産が世界遺産でなくなる日

 キング・オブ・世界遺産

 自然遺産を守る意味 

 聖地が示す世界遺産の限界

 世界遺産と平和への挑戦

 世界遺産登録と今後の日本の遺産

 なぜ世界遺産は欧州に多いのか

 産業遺産と新しい世界遺産

 自宅で楽しむ世界遺産 ワイン編

 W杯! ブラジルの歴史と世界遺産

 なぜ伊勢神宮は世界遺産でない?

 一度の旅行でたくさんの世界遺産

 夏休みに訪れたい海の世界遺産

 世界遺産はじめて行くならここ!

 最新の世界遺産を訪ねよう!

 世界遺産で野生動物と触れ合う

 パワースポットの「聖なる山」

 立入禁止! 非開放の世界遺産

 神々が降り立つ聖地の世界遺産

 絶景と人工美が融合した鉄道

 愛と美を称える世界遺産

・その他

『朝日新聞 世界の扉』記事執筆。『地球の歩き方 MOOK 世界のビーチBEST100』『ノジュール』に旅のスペシャリスト・達人として参加。『PEN』でアフリカの世界遺産執筆。『MONOQLO』世界遺産特集取材協力。『女性セブン』で日本の世界遺産を解説。エクスナレッジ『聖地建築巡礼 世界遺産から現代建築まで、73の聖地を巡る旅』、洋泉社ムック『負の世界遺産』執筆。RKBラジオ、FM TOKYOで世界遺産特集出演。その他企業・大学広報誌等。

New articles

<旅論:たびロジー>

1.あなたは幸せですか?

.麻薬は悪? ゴキブリは汚い?

.裸とワイセツ

 

<エロス論:エロジー>

.遊びの本質

.おいしい、美しい、気持ちいい

.文化SM論

 

<絵と写真の話>

.アートと魂~抽象画とポロック

.ロスコの扉 ~ロスコ・ルーム~

10.写真と抽象芸術~グルスキー

 

<哲学的探究:哲学入門>

1.哲学とは何か?

2.「正しい-間違い」とは何か?

3.証明とは何か?

4.わかる・理解するとは何か?

5.力とは何か? 波とは何か?

6.物質とは何か?

7.見る・感じるとは何か?

8.空間とは何か?

9.時間とは何か?

 

<哲学的考察:ウソだ!>

.無と偶然

.ことだま-はじめに言葉ありき

10.物質とは何か?

11.神とは何か?-一神教と多神教

 

<世界遺産NEWS>

沖ノ島、全面上陸禁止へ

2017年新登録の世界遺産!!

イスラエル、ICOMOSを拒否

世界遺産のサンゴ礁、全滅危機

新登録のユネスコエコパーク

 

<世界遺産ランキング集>

登録基準に見る世界遺産

世界の七不思議

国内集計の世界遺産ランキング

海外集計の世界遺産ランキング

世界遺産国別ランキング

 

<UNESCOリスト集>

日本の遺産リスト

無形文化遺産リスト

世界の記憶リスト

世界遺産リスト

ユネスコエコパーク・リスト

世界ジオパーク・リスト

創造都市リスト

 

<世界遺産の見方>

知性的鑑賞法

感性的鑑賞法

異文化理解の方法論

正しい・間違いの基準

星と大地と古代遺跡

 

<味わう世界遺産>

.王様のワイン トカイ

.命の水 テキーラ

.ポルトガルの宝石 ポート

.神の贈り物チョコレート

 

<世界遺産で学ぶ世界の歴史>

.宇宙と地球の誕生

.地球と火山活動

.大陸移動と世界の形成

.生命の誕生 先カンブリア時代

.生命の進化 古生代から新生代へ

.人類の夜明け

.戦争の時代 ~メソポタミア

.古代エジプトの繁栄

.インダス文明と古代インド

10.長江・黄河文明と古代中国

11.欧州巨石文化とエーゲ文明

12.古代ギリシアの繁栄

13.アレクサンドロスとヘレニズム

14.シルクロードとクシャーナ&漢

15.東南&東アジア,アフリカの古代

16.南北アメリカ大陸の古代文明

17.共和政ローマと帝政ローマ

18.ローマの平和、そして分裂へ

19.民族大移動と西欧の形成

20.東欧の形成とビザンツ帝国

21.東西教会の分裂と十字軍

22.イスラム教とペルシア・アラブ

23.イスラム帝国の分裂

24.イスラムの拡散-インド,アジア

25.アフリカの交易とイスラム教

26.隋・唐・宋の時代

27.北方騎馬民族とその周辺

28.モンゴル帝国の世界征服

29.オスマン,サファヴィー,ムガル

30.中世ヨーロッパの飛躍

31.修道院とロマネスク&ゴシック

32.イギリス・フランスと百年戦争

33.ハプスブルク家とレコンキスタ

34.大航海時代

35.ルネサンス

36.宗教改革

37.絶対王政とオランダの台頭

38.三十年戦争とイギリス革命

39.啓蒙思想とプロイセン、ロシア

40.明と清の繁栄

41.東・東南アジアの植民前史

42.産業革命とアメリカ独立革命

43.フランス革命とナポレオン

44.ウィーン体制と七月・二月革命

45.イタリアとドイツの成立

46.帝国主義と米英仏

47.アジアの衰退・植民地化

48.清、朝鮮、江戸の開国・滅亡

49.世界分割

50.第一次世界大戦

51.ファシズムと世界恐慌

52.第二次世界大戦

 

<世界遺産写真館>

1.文化交差路サマルカンド1

2.文化交差路サマルカンド2

3.アッパー・スヴァネティ

4.グラナダのアルハンブラ宮殿1

5.グラナダのアルハンブラ宮殿2

6.コトル

7.プレアヴィヒア寺院

8.福建の土楼1

9.福建の土楼2

10.フォンニャ-ケバン国立公園1

11.フォンニャ-ケバン国立公園2

12.カタルーニャ堂とサンパウ病院1

13.カタルーニャ堂とサンパウ病院2

14.オフリド地域1

15.オフリド地域2

16.古都京都の文化財1

17.古都京都の文化財2

Blog

Link

Search

Site map

○Travel[旅]

○World heritage[世界遺産]

○Art[芸術]

○Logic[哲学]

○Library[私的図書館]

○Profile[プロフィール]

○Work[仕事について]

○Inquiry[お問合せ]

○Blog[ブログ]

※本サイトはリンクフリーです