ウソだ!8:ことだま 前編 <はじめに言葉ありき>

「はじめに言葉ありき。言葉は神と共にあり、言葉は神であった。
言葉は神と共にあった。
万物は言葉によって成り、言葉によらず成ったものはひとつもなかった。
言葉の内に命があり、命は人を照らす光であった。
その光は闇の中で輝き、闇が光に打ち勝つことはなかった」
(『新約聖書』「ヨハネの福音書)より)

 

ここにひとりの採取狩猟民がいる。
彼とその仲間たちは森を村、海を街として暮らし、木の実を採り、動物や魚を捕まえては生きていた。
疲れては大地に伏し、腹が減っては大地に座し、大地のぬくもりを感じながら生きていた。

ある日、この民族を調べるために彼の村を訪れた学者が、道に迷って木製の腰掛けを森の中に置いてきてしまった。
森の中に無骨な椅子がただ一脚。

大地と共に生きる彼はこの椅子をどう見るだろうか?

 * * *

映画『ミラクルワールド ブッシュマン』(原題 "The Gods Must Be Crazy")で一躍有名になったサン人(南部アフリカの砂漠地帯に住む採取狩猟民)のひとりが、アメリカかどこかの先進国に招かれた際、宇宙戦争の映画を見せられたという。
学者は彼の視線を記録していたが、人間や動植物といった自然に存在するもの以外のものにはほとんど目の焦点を当てることがなかったという。
そのサン人には星々も宇宙船も宇宙人も、見えていなかった。

もちろん当たり前のことで、宇宙という概念を持たない人に宇宙船を見せてもそれを認識することはない。
サン人をマンハッタンに連れて行ったとしても、ビルを「変な岩があるものだ」程度にしか考えないだろう。

一脚の椅子が周囲の自然と調和するものならば、彼には椅子が見えはしない。
ただの木、程度にしか思わないだろう。
椅子という言葉を持たないから、彼には椅子が見えない。

椅子が自然とまったく調和しないものであれば、彼はそれを何か特別なものとして認識し、新たな意味づけを行うだろう。
意味とは論理。
論理とは言葉。
「言葉を与える」のだ。

つまり。
言葉がなければ、人にはそれが「見えない」。

たとえば「えー、それマジ?」の「マジ」という言葉。
辞書でこの言葉を引いて覚えた人がいるだろうか?
「地団駄踏む」の「地団駄」の語源を知っている人がいるだろうか?

人は言葉の定義を知ってから言葉を身につけるようになるわけではない。
言葉の使い方を知ったときに、その意味を知る。
つまり、言葉を知るということは、その使い方を知るということだ。

使い方にいっさいの意味がなければ、言葉は生まれない。
言葉があるということは、その言葉が意味する機能や動作に意味があるということだ。
機能や動作、つまり「力」が働いているということだ。
「椅子」という言葉があるということは、その力を「欲する」ということだ。

 

先ほどの採取狩猟民の彼は椅子を使うことに意味を見出さないから、つまりそのような力を持たないから、椅子を見ても椅子が見えない。

変な木があるってことで、その形に生活に必要な別の力を見出し、別の意味を与えることだろう。
椅子の意味を知るまで彼に椅子が見えることはない。
(椅子という意味・機能を知れば、椅子という名詞を理解しなくても言葉を知ったことになる)

獣を食べる習慣が一般的でなかった日本人の日本語には、牛の部位を示す言葉が二十数種しかなかったという。
韓国語には百二十種以上あるのだという。
牛の内臓を欲するどうにもならない力を持たなかったがゆえに言葉が生まれず、言葉が生まれないゆえに内臓のたとえば「ギアラ」などという部位はかつての日本人には見えなかった。
どれもこれもただの内臓だった。

人が欲する力が言葉を生み、言葉が世界を創造する。
言葉とは世界だ。

さて、いまぼくが見ているこの世界。
ぼくはこの世界を正しく見ることができているだろうか?

いや。
人は「意味がある」と思っているその思想に縛られてしかものを見ることができない。
かつての日本の食文化と韓国の食文化、どちらが正しいというものではない。
世界中の文化を理解して世界を見たところで、千年後の地球に行けば、見えないものに囲まれるに違いない。

 

未来の人たちは未来の意味、未来の価値、つまり未来の言葉でものを見て世界を構成しているのだから、ぼくにそれが見えるはずもない。
ちょうど採取狩猟民に宇宙戦争を見せるように。

同じように、過去の世界をいくら遺跡や古文書を分析しても、正しく過去を理解することにはならない。
現在の意味、現在の価値、現在の言葉で過去を捉えても、過去の人たちはそんなこと考えもしなかっただろう。
過去の人たちにはまったく別様に世界が見えていたに違いない。

人はなんらかの思想をもってしかものを見ることができない。
世界を平等に正しく見るなんて永遠にできるはずがない。

でもね。

ことだま――

言葉はどうして生まれてきたか?
そこに意味があったからだ。
人が新しい力を欲したからだ。

どうして「ギアラ」という言葉が必要だったのか?
おいしいものを食べたかったからだ。
おいしいものを家族や友人や客人に食べてもらいたかったからだ。
世界をそのように変える力を必要としたからだ。

どうして「椅子」が必要だったのか?
楽だったからだ。
清潔だったからだ。
みんな楽ができ、清潔になり、病気が減ったからだ。
世界をそのように刷新したかったからだ。

いや、違うかもしれない。
もっと別の必要性があったのかもしれない。
そう思うのは単にぼくがそう考えているにすぎないのだろう。

でも、何かを欲した。
そのように世界を変えたかった。
そしてそれを人と共有したかった。
だから言葉という手段を必要とした。

こうして数多くの言葉が生まれると、椅子はその辺に転がってる木々と分かれ、ギアラは内臓から離れ、一つひとつが意味を持ち、世界の姿が変わっていった。
こうして世界が誕生した。
言葉によって世界は生まれ、いまも世界は生まれつづけている。

ぼくが見ているこの世界。
仮に同じ景色を見ていたとしても、ぼくが見ている世界はあなたが見ている世界とは、おそらくまるで異なることだろう。
なぜって、知っている言葉の数も種類も違うのだから。

でもそれはたいしたことじゃない。
驚くべきは、そんな異質な世界にいながらなお、人は通じ合えるということだ。

ことだま――

言葉を知らなければものは見えない。
ぼくが見ているこの世界は、誰かが生み出した「言葉」によって創り出された。
「言葉を知っている」ということは、そんな人々と共にあるということだ。

ことだま――

言葉に魂が宿る。
どころではない。
言葉とはそのまま光であり、命であり、神であり、世界なのだ。

 

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