世界遺産と建築26 中国の建築3:道教・儒教建築

シリーズ「世界遺産で学ぶ世界の建築」では世界遺産を通して世界の建築の基礎知識を紹介します。

なお、本シリーズはほぼ毎年更新している以下の電子書籍の写真や文章を大幅に削ったダイジェスト記事となっています。

 

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第26回は中国の道教と儒教の建築を紹介します。

 

* * *

 

<中国の道教建築>

■道教と道観

世界遺産「泰山(中国)」、岱廟の天貺殿
中国三大宮殿建築のひとつ、泰山・岱廟の天貺殿(てんきょうでん)。岱廟は道教の東嶽大帝を祀る道観で、秦の始皇帝が残した泰山刻石が収められています(オリジナルは泰安博物館)。世界遺産「泰山(中国)」構成資産
世界遺産「杭州西湖の文化的景観(中国)」、岳王廟・正殿の内観
世界遺産「杭州西湖の文化的景観(中国)」資産内にある岳王廟・正殿の内観。右が英雄・岳飛の坐像。生きている人間のようにリアル (C) Siyuwj
世界遺産「ムラカとジョージタウン、マラッカ海峡の歴史都市群(マレーシア)」、マラッカの青雲亭
マラッカの青雲亭。門の屋根にはさまざまな神像が設置されています。世界遺産「ムラカとジョージタウン、マラッカ海峡の歴史都市群(マレーシア)」資産内

古代中国において、天は神である天帝が治め、地はその子である天子が治めるという天帝信仰が伝わっており、皇帝が天子として国を統治することを正当化していました。

こうした天帝信仰を整備した宗教が道教です。

 

皇帝は天帝へ即位を報告し、天と地に感謝を捧げる儀式「封禅(ほうぜん)」を聖地・泰山※で行いました。

泰山で皇帝が居住し、身を清めた場所が中国三大建築のひとつに数えられる岱廟(だいびょう)です。

 

天帝といってもひとりの神を表すとは限らず、さまざまな神話や神仙思想を取り込みながら時代や宗派によって最高神や人気の神々は替わりました。

しばしば最高神とされるのが玉皇大帝、元始天尊、天皇大帝、紫微大帝といった神々です。

こうした神々を祀る道教の寺院を「道観」と呼びますが、泰山の岱廟は現在、東嶽大帝(東岳大帝。泰山府君)や碧霞元君(へきかげんくん。泰山娘々)らを祀る道観となっています。

 

道教はもともと多彩な神々や神に近づいた人間=仙人を祀る神仙思想がベースで、このため偉大な人物を神や仙人として祀ってもいます。

『三国志』の人気武将である関羽を祀った関帝廟や、南宋の武将・岳飛を祀った岳王廟が一例です。

 

道勧の内部では神々が人間の姿で神像として祀られています。

また、建物や門・内部は神々や竜・獅子をはじめとする神獣の彫刻やレリーフで覆われており、神像とは対照的に華やかです。

※世界遺産「泰山(中国)」 

 

■壇

世界遺産「天壇:北京の皇帝の廟壇(中国)」、天壇公園の祈年殿
天壇公園の祈年殿。天を示す円と完全を表す奇数で構成されており、基壇は地上・雲上・天上の円形3層が9段の階段で結ばれ、屋根も3層構造、高さは9丈9尺で青・黄・緑の3色で塗り分けられていました。世界遺産「天壇:北京の皇帝の廟壇(中国)」構成資産
世界遺産「天壇:北京の皇帝の廟壇(中国)」、天壇公園の圜丘壇
天壇公園の圜丘壇。建物はなく、皇帝は中心に置かれた天心石の上で天帝と交流しました。世界遺産「天壇:北京の皇帝の廟壇(中国)」構成資産 (C) Zcm11

中国では古来、土を盛り上げてマウンドを造り、この上で神に祈りを捧げていました。

このマウンドを「壇(だん)」と呼びます。

 

古代から伝わる基本的な壇が社稷(しゃしょく)壇です。

社は土地の神、稷は穀物を示し、皇帝や王たちは新しい都を建設すると社稷壇を築いて五穀豊穣と国家繁栄を祈りました。

 

明・清代の北京には社稷壇、祈穀壇、先農壇、先蚕壇、太歳壇、天壇、地壇、日壇、月壇という9基の壇が築かれました。

特に紫禁城①の東西南北に日壇、月壇、天壇、地壇が配され、皇帝は春分の日に日壇、夏至の日に地壇、秋分の日に月壇、冬至の日に天壇を訪ねて天帝から天命を授かりました。

ここでいう天壇は現在の天壇公園②の圜丘壇(かんきゅうだん)を示し、同園の祈年殿は祈穀壇と呼ばれていました。

 

天壇公園の圜丘壇や祈年殿は円形です。

円は非常に特殊な形状で、特にフレームを組む木造軸組構法では円形に組むことが難しいためあまり見られません。

祈年殿が円形を採っているのは、中国では星々が円を描くように天を巡っていることから円=天と考えられたためで、このように天に関する壇には円が用いられました。

ちなみに、地の神や土地の神を祀る北京の地壇や社稷壇は方形(四角形)で構成されています。

 

このように天を円、地を方(四角)とする考え方を「天円地方」といいます。

中国の都市が方形(方格設計)であるのもこの思想に由来します。

※①世界遺産「北京と瀋陽の明・清朝の皇宮群(中国)」

 ②世界遺産「天壇:北京の皇帝の廟壇(中国)」

 

* * *

 

<中国の儒教建築>

■墓、墳墓、陵墓

世界遺産「明・清朝の皇帝陵墓群(中国)」、秦始皇陵
秦の始皇帝の御陵、秦始皇陵。一辺350m・高さ76mの截頭方錐形ピラミッドで、約70万人・40年を費やして築かれました。世界遺産「明・清朝の皇帝陵墓群(中国)」構成資産 (C) Legolas1024
世界遺産「明・清朝の皇帝陵墓群(中国)」、兵馬俑坑
兵馬俑坑。現在発見されている4つの坑からは兵士や馬・戦車などをかたどった8,000体以上の俑が出土しています。世界遺産「明・清朝の皇帝陵墓群(中国)」構成資産

遺体や遺骨・遺灰を埋葬する施設を「墓」、棺を収める部屋を「玄室」といいます。

中国でも棺はエジプトやメソポタミアなどと同様、地下の玄室に収められ、方形や円形のマウンド(墳丘)を築いて「墳墓」としました。

特に王の墳墓を「王墓」、皇帝の墳墓を「陵墓」といいます。

世界遺産には明・清皇帝の陵墓群①や朝鮮王朝の王墓群②、フエのミンマン帝廟をはじめとする陵墓群③などが存在します。

 

最古にして初の陵墓が秦の始皇帝の陵墓である始皇陵④で、四角錐のピラミッドの頭部を切った截頭方錐(せっとうほうすい)形で、黄土で固められています。

秦始皇陵の東約1.5kmには兵馬俑坑があり、副葬品として騎兵や軍馬をかたどった俑(よう。副葬用の像)、すなわち兵馬俑がおよそ8,000体も埋められていました。

※①世界遺産「明・清朝の皇帝陵墓群(中国)」

 ②世界遺産「朝鮮王朝の王墓群(韓国)」

 ③世界遺産「フエの建造物群(ベトナム)」

 ④世界遺産「秦の始皇陵(中国)」

 

[関連記事]

世界遺産と世界史10.中国文明

 

■祖廟、宗廟

韓国の世界遺産「宗廟」、正殿
韓国の世界遺産「宗廟」、正殿。朝鮮王朝の初代国王である太祖(李成桂)をはじめ、49の神位を収めています (C) João Trindade
世界遺産「フエの建造物群(ベトナム)」、フエ王宮、世祖廟
フエ王宮、世祖廟。グエン朝第2代皇帝ミンマン(明命帝)が建設したフエの宗廟で、代々の皇帝の神位が置かれています。世界遺産「フエの建造物群(ベトナム)」構成資産

死者の霊や魂を祀る施設を「廟(びょう)」、墓と一体になった廟を「墓廟」といいます。

そもそも埋葬が故人の心や身体との別れを惜しみ、魂の永遠を祈る祭事であるように、心や身体と魂を分ける信仰あるいは哲学は古くから世界中に存在し、墓と廟はしばしば別に築かれました。

 

古代中国でも、人は精神を司る魂(こん)と身体を支える魄(はく)というふたつの存在を持つと考えられました。

人が死ぬと魂は天へ、魄は地に還るのですが、こうした信仰を取り込んだ儒教では、子孫が先祖を祀ることで魂と魄は神や鬼として復活すると伝えています(招魂再生)。

 

古代中国の社会の基本単位は共通の祖先を持つ血縁集団である氏族で、祖先を神(氏神)として崇める祖先崇拝が行われていました。

こうした信仰は家族や上下関係・仁や礼・孝を重んずる儒教と結び付いて政治・経済・文化にまで広く浸透し、中国や朝鮮半島の基本的な思想となりました。

 

氏族の先祖を祀る施設は「家廟」あるいは「祖廟」、皇帝や王の場合は「宗廟(そうびょう)」あるいは「太廟」と呼ばれます。

こうした廟には死者の名前(法名)を記した神位(位牌)が収められています。

実は日本の仏壇や位牌は道教や儒教の影響を大きく受けたものとなっています。

 

皇帝や王は新たな都を建てると宮殿の東に宗廟、西に社稷壇を建設しました。

清の北京城の場合だと、紫禁城①の南エリアの東に宗廟である太廟、西に社稷壇が築かれています。

中国文化の流れを組む近郊の文化圏も同様で、韓国・朝鮮王朝(李氏朝鮮)の場合は正宮である首都ソウルの景福宮(キョンボックン)の東に宗廟②、西に社稷壇が設置されました。

※①世界遺産「北京と瀋陽の明・清朝の皇宮群(中国)」

 ②世界遺産「宗廟(韓国)」 

 

■儒教と孔子廟

世界遺産「曲阜の孔廟、孔林、孔府(中国)」、
中国三大宮殿建築のひとつ、孔廟・大成殿。孔子没後まもなく魯の哀公が孔子の住居を廟に改修したのがはじまりといわれます。世界遺産「曲阜の孔廟、孔林、孔府(中国)」構成資産 (C) Gisling
世界遺産「曲阜の孔廟、孔林、孔府(中国)」、孔林の孔子墓
孔廟、孔府とともに「三孔」に数えられる孔林の孔子墓。世界遺産「曲阜の孔廟、孔林、孔府(中国)」構成資産

道教・仏教と並んで三教(中国三大宗教)に数えられる儒教は紀元前6~前5世紀の思想家・孔子によって誕生しました。

もともとは「子、怪力乱神を語らず」「鬼神を敬してこれを遠ざく」という言葉にあるように、儒教はよりよく生きるための思想であって、神々を崇める宗教ではありませんでした。

 

中心的な教義は仁・義・礼・智・信という五常の徳目の充実を図り、家族を中心に人と人の関係を円満に結んでよりよい社会を実現し、自らの幸福を導くことにあります。

やがてこうした思想は祖先崇拝や土地を仲立ちとする封建制度と結び付き、先祖や天に敬意を表する宗教的な祭祀や、一族が土地や地位を管理・相続する氏族社会が発達しました。

こうした思想は2,000年以上を経たいまでも中国や韓国の主流でありつづけています。

 

もともと神を祀る宗教ではなかったことから儒教には一定の神を祀る神殿がなく、教団や聖職者も存在しません。

その代わり、氏族の先祖を祀る祖廟や宗廟が重要視されています。

 

また、儒教では孔子を祀る廟を「孔子廟」、あるいは孔廟・文廟・先師廟・宣聖廟などと呼んで各地に築いています。

孔子廟の正殿が大成殿で、中心には孔子の像が安置されています。

孔子廟は孔子を祀るものではありますが、本来は孔子を神として崇めるものではありません。

孔子没後に魯の哀公によって建設された最初の孔子廟が曲阜の孔廟※です。

※世界遺産「曲阜の孔廟、孔林、孔府(中国)」

 

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シリーズ「世界遺産で学ぶ世界の建築」、第27回は日本の神社建築を紹介します。

 


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