哲学的探究6.物質とは何か? ~物質という現象~

重力はリンゴを落とすことで観察できる――

磁力は鉄に磁石をくっつけることで観察できる――

電力はポットで湯を沸かすことで観察できる――

 

海の波は海を見ることで観察できる――

音波は音楽を聴くことで観察できる――

地震波は揺れている物を見ることで観察できる――

 

いずれも観察できるのは物質を取り巻く「現象」であって、「力」や「波」そのものではない。

力も波も人が仮定した仮説、ルールにすぎない。

 

となると。

「存在している」と言えるのは現象を起こす「物質」と、それを観察している「私」と言えそうだ。

前回そう結論した。

 

しかし。

ミクロの世界では、光も素粒子も物質(粒子)と波(波動)の両方の性質を併せ持つと言われる。

物と波に本質的な差がないのであれば、「物質が存在すること」も怪しくなる。

 

物質は本当に存在するのだろうか?

今回は物質の謎を追ってみたい。

 

* * *

 

■最小の物質は何か?

物を小さく削っていくと、これ以上分割することができない最小の物に到達する――

紀元前4世紀、古代ギリシアのレウキッポスとその弟子デモクリトスはその最小の物を「アトム」と呼び、万物の素と考えた。

 

もちろん当時、アトムなんていう物質を観察できたわけではない。

哲学的考察から導かれたひとつの仮説、ひとつのルールだ。

 

そして2,000年以上の時を経た19世紀、ドルトンが化学の立場から原子(アトム)説を提唱した。

もちろんこの時代でも原子を見ることなんてできなかった。

 

ここまでの推論はきわめてオーソドックスだ。

物を小さく削っていけば、これ以上削ることができない最小の物に到達する――

こんなこと誰だって考える。

 

でも。

問題はこの先だ。

 

物の「形」とは何か?

たとえば四角い物があるとする。

 

   ●●●●●

   ●●●●●

   ●●●●●

   ●●●●●

 

このように、より小さな「●」が集まって四角い物を作っている。

「形」とはより微細な物が集まった結果だ。

 

「●」がこれ以上分割できない最小の物質だとしよう。

この「●」の中身はなんなのか?

 

より小さい物があるから物はさまざまな形をとることができる。

しかし、それ以上小さい物がない最小の物はいったいどんな形をとるのか?

 

「中身」というのはより小さい物があるからそう言える。

ということは、「●」には中身がないことになる。

 

中が無?

無が集まって物になる?

 

そんなはずはない。

そもそも無は、存在しないから無という。

 

ミクロの世界では、光も素粒子も物質(粒子)と波(波動)の両方の性質を併せ持つと言われる。

では、物質=波ということにしてみよう。

 

そもそも波とは何か?

 

   ●●●●●

   ●●●●

   ●●●

   ●●●●

   ●●●●●

 

こうした振動が繰り返されて波になる。

水の分子が上下に動いて海の波が生まれる。

空気の分子が前後に動いて音の波が生まれる。

石や岩が前後に動いて地震の波が生まれる。

 

「●」の動きが波を生むのだ。

では、「●」の中身はなんなのか? 

 

最小の「●」が粒子であれ波であれ紐であれ空間であれ同じこと。

問いは無限後退し、「●とは何か?」という問いに立ち返る。

 

それに、前回結論したように波は存在ではなく、人が設定した仮説でありルールにすぎないはずだ。

 

結局。 

物質は、より小さな物を仮定しても、波であると仮定しても、アンチノミー(二律背反。妥当な論証から矛盾したふたつの結論が導き出されること)に陥ってしまう。

 

いや、しかし。

現実に電子顕微鏡を通して原子や分子を「見る」ことができるではないか――

 

ならば少なくとも「原子は存在する」と言えるのではないか?

 

* * *

 

■原子は存在するか?

ネットを検索すれば原子が並んでいる電子顕微鏡写真を見ることができる。

原子は「見る」ことができるではないか!

 

本当に?

 

一般的な顕微鏡は物質に光を当てて、それを人が覗き込んで観察する。

これに対し、電子顕微鏡は電子を当てて観察する。

物質を透過した電子の濃淡が画像になるのだ。

 

「見る」という行為は、物質から送られてきた光を目で捉え、その信号を人の思考が整理することで可能になる。

だから、電子顕微鏡で得られた「画像を見る」ことはできても、直接「原子を見る」ことができているわけではない。

電子顕微鏡は、電子が原子に干渉する「現象」を映像化したものだ。

 

だから「見る」ことができるのは現象であって、原子ではない。

力や波と同じように、原子は現象であり、人が仮定した「ルール」にすぎないのだ。

そして原子から中性子・陽子・電子・クォークなどの素粒子まで、原子より小さな物質はすべて同じことが言える。

 

そもそも、原子は電子と原子核からなり、原子核は陽子と中性子と中間子からなり、さらにそれぞれの粒子はさらに細かな素粒子からなる、なんて言われている。

人が観察できるのはつねに何かの集合にすぎず、現象にすぎない。

 

仮に最小の物質が存在したとしても、また「●とは何か?」「その中身は何か?」「波とは何か?」という解答不能のアンチノミーが亡霊のように蘇る。

 

「物質(粒子)と波(波動)の両方の性質を併せ持つ」

こう主張しても同じこと。

 

それはやはり「現象」であって、物質や波、あるいは両方の性質を備えた何かが存在していることを意味しない。

意味しているのは、「ある実験をすると物質のような現象が観察され、別の実験をすると波のような現象が観察される」ということにすぎない。

 

* * *

 

■物質という幻影

目に見えない極小の物質は、「存在」というより「現象」であると表現するしかないようだ。

 

でも。

そうなると大きな問題が立ち上がってくる。

 

原子より小さい物は現象であり、ルールにすぎない――

それならば。

 

分子は原子の集まったものだし、分子が連なってタンパク質になり、タンパク質が連なってぼくの身体を構成している。

極論すれば、人間の身体は原子より小さな物からできている。

 

ということは。

原子やそれ以下の物が現象やルールであるなら、人間の身体も現象やルールにすぎないのではないか?

 

だって。

現象でありルールにすぎないものが、ただ集まることでいきなり「物質」になることはないだろう。

「存在しないもの、存在ではないものが集まって存在するものになる」という主張はあまりに論理が飛躍している。

「物質はすべて現象であり、ルールである」とした方がまだ自然でシンプルだ。

 

しかし、ぼくはいま自分の身体を見ることができるし、触れれば明らかにそこにある。

確固として存在している。

 

「見る」「触れる」ことができるのだから「物質は存在する」。

本当に?

 

いまだってぼくらはPCやスマホや机やイスをはじめとする多くの物質に囲まれている。

これらはどう考えても存在している。

物質は確固として存在しているように見える。

 

しかし、ただ「そう見える」「そう感じられる」にすぎないのだとしたら?

 

* * *

 

次回は「見る」「感じる」を掘り下げてみたい。

 


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