哲学的探究3.証明とは何か? ~無矛盾律と同一律~

麻薬を摂取することがなぜ「間違い」であると考えられているだろう?

――麻薬の使用は事前に設定されたルール(慣習や法律)と「矛盾」するからだ。

 

地動説はなぜ「正しい」と考えられているのだろう?

――観測データと合致するルール(理論)の中でもっとも「シンプル」であるからだ。

 

こうした前回の結論に続き、今回はこのように「正しい」と「間違い」を規定する矛盾と証明について考えてみたい。

 

* * *

 

<「間違い」の定義:無矛盾律>

 

麻薬は法律というルールと矛盾する。

天動説は惑星の動きや年周視差、年周光行差、フーコーの振り子といった観測されたルールと矛盾する。

 

麻薬の例でも天動説の例でも、設定したルールと「矛盾」が生じたときに「間違い」ということになる。

これを「無矛盾律」という。 

  • 無矛盾律

 ¬(P∧¬P)

 Pでありかつ非Pであることはない。

 

これを発展させると「排中律」が得られる。 

  • 排中律

 P∨¬P

 Pであるか、または非Pである

 

たとえばこんな式があったとする。

この式は間違いであると言えるだろうか?

 

1+1=10……①

 

1万円の何かと1万円の何かを買ったら「合計10万円です」と言われたとする。

当然その計算は間違いだ。

だって合計は2万円であるはずだ。

 

1+1=2……②

 

10≠2であるから①と②は「矛盾」する。

したがって、②が正しいのであれば無矛盾律・排中律から①は間違いであると言える。

 

ところが。

①が二進法で書かれた数式である場合、①が正解で②は間違いということになる。

 

実は、数学のような厳密な学問においても、最初にルールを設定し、そのルールに矛盾した場合にのみ間違いであると定められている。

①や②が間違いであるか否かは最初に設定したルール次第で変化するということだ。

 

では、ルール自体を「正しい」か「間違い」であるか検証することはできるのだろうか?

 

物差しが「正しい」か「間違い」であるか検証するためには別の物差しで測ってみるしかない。 

同じことで、ルールを検証する場合、より大きなルールを設定し、その内部で検証することになる。

 

そして数学では、これ以上大きくすることのできないもっとも大きなルール、最初に設定されるルールを「公理」と呼ぶ。

公理自体に間違いがないことを証明することはできない。

「正しい」と「信じる」しかないのである。

 

ゲーデルが証明した不完全性定理というものがある。

一応紹介しておこう。 

  • 第一不完全性定理

矛盾のない論理体系の中に、証明も反証もできない命題が必ず存在する。 

  • 第二不完全性定理

矛盾のない論理体系でも、自分自身に矛盾がないことをその論理体系の中で証明することはできない。

 

しかし、この不完全性定理の前提も「正しい」と「信じる」しかないことに変わりはない。

しかも仮に論理体系が完全だったとしても、それはその体系が閉じていることを示しているだけで、真理であることの証明になっているわけではない。

 

真理を探究する哲学の議論の中で不完全性定理や不可能性定理、不確定原理を出すというのはまったくナンセンスだ。

思考の原点を探るのに思考の結果を流用しても意味がない。

このように、結論を先に置いてから証明しようとする誤りを「論点先取の虚偽」という(つまり、いっさいの科学理論は哲学において役に立たないことになるわけだが、それはまたいずれ言及したい)。

 

とにかく。

日常生活であれ数学であれ、最初にルールを立てずして「正しい」も「間違い」もない。

そしてそこに矛盾が発見されたときにのみ、それは間違いであると言える。 

 

ただ、矛盾によってルールが否定されても、ルールを変えて対応することはできる。

天動説→地動説→万有引力の法則→相対性理論と続く論理的進化は、ルールをより精緻に作り替えることで成立している。

そして今後も以前の理論を修正して新たな理論が生み出され続けるだろう。

 

一般の論争に関しても、この無矛盾律は成立する。

誰かに対して、何かに対して「それは間違いである」と断定できるのは、その相手の理論の内部に「矛盾」を発見した場合に限られる。

これが間違いの定義だ。

 

たとえば政治の議論において、経済発展を第一に考える人と、戦争の回避を第一に考える人が論争をして、互いに「間違い」だと罵り合っている。

まるで意味がない議論だ。

互いの立場が違うというだけで、「正しい」や「間違い」を問う条件を満たしていない。

 

本当に「正しい」か「間違い」かを問いたかったら、最初に共通のルールを確認することだ。

「国家とは何か」「政治とは何か」「民主主義とは何か」といった土台まで遡り、その共通のルールから自分の立場の正当性を主張して、その過程に矛盾があった場合にのみ「間違い」だと言うことができる。

 

それはともかくも相手の立場を認めるということであり、相手を知るということ。

つまり、相手を深く理解することなしに「間違い」を指摘することはできないのだ。

 

したがって、相手を理解せずにその人を「間違いだ」と言う人がいた場合、間違いの定義に反するという矛盾を犯していることから、その人こそ間違いだと断ずることができる。

 

* * *

 

<「正しい」の定義:同一律>

 

「間違い」であることは「矛盾」を提示することで証明される。

では、「正しい」ことはどのように証明できるのだろう?

 

数学では、以下の式は「正しい」ということになっている。 

  • 同一律

 P⇔P

 PであるならPである。

 

当たり前の話だ。

まったく同じことを言っている(これをトートロジーという)のだから正しいに決まっている。

もちろんすでに書いてきたように、これを証明するためには別のルール(公理)を立てなければならない。

さもなければ「信じる」しかない。

 

1+1=2

(x+y)(x-y)=x^2-y^2

 

これらの式の左辺と右辺はまったく同じことを言っている。

つまり、トートロジーだ。

数学はこのようなトートロジーの体系で、ただ式の形を変化させているにすぎない。

 

だから数学的に証明された命題=定理は覆すことができない。

だって「P⇔P」なのだから。

同じことしか言っていないのだから。

 

でも。

現実のこの社会や自然の中でトートロジーを見かけることはない。

 

たとえば、水に電圧をかけると陽極から酸素、陰極から水素が発生する。

これを詳細に観測して以下のような化学反応式を手に入れる。

 

2H2O→2H2+O2

 

しかし。

さっきあった「水」と、いま現実にある「水素と酸素」は「まったく同じもの」ではない。

形が違うし、エネルギー量も違うし、時間だって経っているし、存在している場所だって変わっている。

現実世界では左辺と右辺が完全に一致することなんてありえない。

 

ただ、細かく観測することで「熱量が変わっている」という観測データを得て、新たに熱化学方程式を立てることができるようになる。

 

2H2O=2H2+O2-572kj

 

しかし、熱量やエントロピーを考慮しても当然左辺と右辺は完全に同じものにはならない。

ただ、より詳細な式を手に入れることで現象をより精密に計算することができるようになる。

 

これが科学の進歩だ。

科学は理由を解明する体系ではなく、より精密な観測や計算を行うための体系なのだ。

 

いくら科学が進歩しても左辺と右辺は永遠に一致せず、つまり科学理論は永遠に仮説であり続ける。

人はその時々の科学理論を「正しい」と「信じる」しかないのである。

 

だから。

科学の世界では便宜的に観測事実と一致する「もっともシンプルなルール」を「正しい」と仮定する。

理由は、シンプルな理論の方が使い勝手がよいからで、現実に「役に立つ」からだ。

そしてそのシンプルなルールが観測事実と一致したとき、「証明された」と考える。

 

社会科学でも自然科学でもその根底には「信じる」という信仰が横たわっている。

信仰とその体系を宗教という。

こうした意味で、科学は宗教的な側面をつねに持っているのである。

 

とにもかくにも設定されたルールと完全に一致しているとき、それは「正しい」と言える。

ただ、本当に正しいと言えるのはトートロジーである場合だけで、あとは「正しいだろう」という推論になる。

数学のような概念的な存在を除き、「正しい」ことを完全に証明するのは事実上不可能だということになる。

 

* * *

 

「証明」は思っていたよりずっといい加減なものであるようだ。

そして人は簡単に何かを信じてしまうし、理解してしまう。

 

それが「正しい」か「間違い」であるかはたいした問題ではない。

かつて多くの人が天動説を信じていたように。

そしていま多くの人が地動説を信じているように。

 

 

次回は「なぜ物は落ちるのか?」「人はなぜおいしいものを食べるのか?」といった疑問から、「わかる」「理解する」について考えてみたい。

 


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