味わう世界遺産2:命の水 テキーラ
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テ ー マ:世界遺産で栽培・蒸留されるリュウゼツランの蒸留酒、テキーラ
世界遺産:リュウゼツラン景観と古代テキーラ産業施設群
Agave Landscape and Ancient Industrial Facilities of Tequila
国 名:メキシコ
登 録 年:2006年
登録基準:文化遺産(ii)(iv)(v)(vi)
概 要:古代からメキシコ高原の乾燥地帯で栽培されたリュウゼツランは、建築材や繊維、食料や薬など、様々な用途に使われてきた。中でも醸造酒プルケはアステカの神々に捧げられ、重用されてきた。スペインの侵略後、プルケはヨーロッパの蒸留技術と出合い、テキーラが誕生する。リュウゼツラン畑を中心とする文化的景観と蒸留所等の産業遺産は、メキシコの文化を伝える重要な証拠として世界遺産登録された。
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英語で蒸留酒を「スピリッツ」という。
ゲール語のウシュクベーハー、フランス語のオー・ド・ヴィー、ロシア語のウォッカ、北欧のアクアビットといった言葉はいずれも「命の水」を意味し、各地の蒸留酒を示している。
これらが一様に魂、気息、活力を意味するラテン語の "spiritus" を語源としているためだ。
日本語ではアルコールを酒精という。
やはり命、精神、魂といった意味を含んでいるところが非常に興味深い。
そしてぼくのもっとも好きな命の水のひとつに「テキーラ」がある。
紀元前から伝わるメソ・アメリカ(中米の古代文化地帯)の文化と、約1万年の歴史を誇るアジア・ヨーロッパの文化が融合して生まれた至高の蒸留酒だ。
でもその前に。
まずは酒の歴史を確認してみよう。
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そもそも「酒」ってなんだろう?
糖は酵母によってエチルアルコールと二酸化炭素(炭酸)に分解される。
これを「発酵」と呼び、エチルアルコールを含む飲み物を「酒」という。
条件さえそろえば果物の果汁は発酵して酒になる。
ブドウ、リンゴ、ナシ、パイナップル、ヤシ、サトウキビ……世界中に果実酒があり、古代から嗜好されてきた。
最古の証拠は中国の賈湖(かこ)遺跡のもので、およそ9,000年前の陶器の破片から酒の痕跡が発見されている。
穀物の場合はデンプン(炭水化物の一種)を糖に変えるために、一度「糖化」という過程を経なくてはならない。
ビールは大麦のデンプンを麦芽に含まれる酵素によって分解し、出てくる糖を発酵させる。
日本酒は麹(こうじ)によって米のデンプンを糖に変え、同様に発酵させる。
あるいは古代のアジアには「口噛み酒」があったが、これは米などの穀物を女性に噛ませ、唾液に含まれる酵素によってデンプンを糖に分解し、発酵させて作る。
とにかく、このように糖を発酵させてできた酒を「醸造酒」という。
そして中世。
錬金術師たちは醸造酒を加熱して、沸点の低いエチルアルコールを気化させ、それを再び液体に戻す「蒸留」によって非常に濃いエチルアルコール溶液を作り出す。
蒸留酒だ。
醸造酒、蒸留酒、これらに混ぜものを加えた混成酒(リキュール)。
すべての酒はこの3種に分類される。
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蒸留酒は蒸発した気体を液体に戻した酒だ。
糖分や炭水化物、アミノ酸などは気体にならないので、蒸留したての酒には栄養分が入っていない。
含まれているのはエチルアルコール、水、香りのみ。
つまり、色もなく、味もない。
蒸留酒を樽に寝かせておくと木の成分が酒に溶け出して色がつき、やがて琥珀(こはく)色になる。
ワインやシェリー酒を寝かせていた樽を使うと、それらの成分も混じって蒸留酒に複雑な色や香り、味をもたらす。
そして年を経るごとにアルコールのトゲトゲしさは消え、色も香りも豊穣さを増して丸くなる。
色のついた蒸留酒はいずれも同じように作られている。
このように、蒸留酒の成分はエチルアルコール、水、香り、そして樽からにじみ出す成分のみ。
それだけでウイスキー、ブランデー、ジン、ラム、テキーラ、焼酎等々、多彩な個性が生み出される。
信じがたい神秘だ。
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メソ・アメリカでもやはり古くから酒が飲まれてきた。
砂漠が広がるこの地に特徴的なのがリュウゼツラン(竜舌蘭。マゲイ)という植物だ。
リュウゼツランは中米にのみ自生する植物で、サボテンのように痩せた土地でゆっくりと成長し、数十年をかけて高さ5~10mにまで枝を伸ばす。
開花するのは10~50年に一度、個体によっては100年に一度とさえ言われている。
とても有用な植物で、葉や茎は家を建てる際の屋根や壁として、繊維は紙や衣服として、トゲは針として、ピニャと呼ばれる花茎は食用に、樹液はシロップとして、3,000年以上前から栽培・活用されてきた。
そしてピニャのデンプンを糖化したり、樹液から作ったシロップを発酵させたりして作った酒が「プルケ」だ。
プルケは今日まで千年以上にわたって人々に愛飲されており、アステカ文明の遺跡からは花茎を熱して糖化させるためのオーブンも発見されている。
果実酒は世界各地にあるが、デンプンを糖化する技術を発明した文明は多くない。
たとえばトウモロコシを原料とするバーボンはヨーロッパの人々がアメリカに持ち込んだもの。
アステカの文化レベルの高さがうかがえる。
1521年。
コルテスがアステカ文明を滅ぼすとメソ・アメリカ全域がスペインの支配下に入る。
酒を必要としたスペイン人たちが目をつけたのがこのプルケだ。
プルケは火入れしていない生酒であることから腐りやすく、保存が効かない。
もしかしたら味もスペイン人好みではなかったのかもしれない。
そこで彼らはメソ・アメリカで生まれたどぶろくと、ヨーロッパで生まれた蒸留技術を融合させて、蒸留酒「メスカル」を制作する。
そしてそのメスカルのうち、原料の大半にハリスコ州を中心とする5州で栽培されたブルー・アガベ(アガベ・アスール・テキラーナ・ウェーバー)という品種を使用し、テキーラ村周辺で2回以上蒸留されたものを、特に「テキーラ」と呼ぶ(実際にはもう少し細かな条件がある)。
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1758年、スペイン国王フェルナンド6世からテキーラ村の農地を買い取ったホセ・アントニオ・クエルボは、その土地でブルー・アガベの栽培をはじめる。
1795年、カルロス4世から醸造の許可を得ると、待望のテキーラ生産を開始。
現存する最古のテキーラ・メーカー「ホセ・クエルボ」社の誕生だ。
下はぼくがよく飲むホセ・クエルボの1800(ミル・オチョシエントス)。
1800年の創業だと思ってその名がつけられたものの、創業年が間違っていたというおもしろい名前のテキーラだ。
ロゴにはしっかりリュウゼツラン(ブルー・アガベ)が描かれている。
その上の鳥はカラスで、「クエルボ」がスペイン語でカラスを意味することによる。
そしてクエルボの土地を一部譲り受け、1873年にドン・セノピオ・サウザが作ったのが「サウザ」社だ。
この2社は戦争状態に陥ることもあったが、その後は姻戚関係さえ結んで協力し合っているという話。
クエルボは世界最大のテキーラ・メーカーに成長し、一方サウザは本場メキシコで最大のシェアを占めている。
この2社を中心に、現在テキーラ村周辺には約40の蒸留所があり、テキーラの生産を続けている。
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一面に広がるリュウゼツランの畑は、日本で言えば水田のようなもの。
数千年にわたって自然と人間が共に築き上げてきた文化的景観だ。
同時に、テキーラの醸造所や蒸留所、樽の加工やテキーラの梱包を行う工場群、運送するための交通施設などは、メキシコ中部の中心的産業としてメキシコ経済を支えてきた重要な産業遺産でもある。
こうして2006年、テキーラ村を中心とする農園、醸造・蒸留所、工場跡、街並みはその普遍的価値を認められ、世界遺産に登録された。
おもしろいのは、一見テキーラと関係なさそうなテウチトラン文明(3~9世紀)の遺跡も一緒に世界遺産登録されているところ。
これはのちにアステカに引き継がれる文化の連続性を重視したものだろう。
事実世界遺産登録にあたって、リュウゼツランを中心とするメソ・アメリカの文化がやがてメキシコの音楽、ダンス、文学、絵画、映画といった多彩な芸術的表現を生み出したことが高く評価されている。
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テキーラの楽しみ方も紹介しておこう。
まずはその種類。
テキーラには以下のような種類がある。
○ブランコ:蒸留後すぐに瓶詰めしたもの
○レポサド:樽で1年未満寝かせたもの
○アニェホ:樽で1年以上寝かせたもの
他にブルー・アガベだけで作られた100%アガベ、3年以上寝かせたエクストラ・アニェホなどもある。
はじめてテキーラを飲むならぜひ、質の高い同じブランドのテキーラ3種を飲み比べてみてほしい。
無色透明のブランコはリュウゼツランの青々とした香りがとても力強い。
ものによっては生臭さを感じることもあるが、そのクセ、その清々しさが逆にクセになる。
ぼくは1杯目にはまずブランコをお願いする。
濃い琥珀色をしたアニェホは長期熟成したウイスキーのような上品な香り。
アルコールの刺激臭や植物の青臭さはまったく消えている。
同じブランドでもバーボン樽、シェリー樽、コニャック樽など、寝かせておく樽で性格が変わるのもおもしろい。
そしてブランコ、アニェホの特徴を併せ持つ中間的なテキーラがレポサドだ。
比較的手に入りやすくてオススメなのが先に紹介したホセ・クエルボ1800だ。
ぼくはサルサ・クラブによく行くのだが、そういった店に置いてあるのは定番の安テキーラのみ。
おかげでテキーラが嫌いになる人を何人も見てきた。
そんなサルサ・クラブでも1800は置いてあるので、せめてこのレベルから試してみてほしい。
レポサドやアニェホなら何かで割ったり塩やライムを用意する必要はない。
そのままストレートでじっくり味わおう。
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テキーラをカクテルで楽しむならまずはマルガリータをお試しあれ。
亡き恋人マルガリータに贈ったと言われるカクテルで、テキーラ、ホワイト・キュラソー、ライムあるいはレモン果汁をシェイクし、グラスに塩をつけたスノースタイルで提供される。
テキーラの青々とした香りが残るすがすがしいカクテルで、このおかげでテキーラは世界的に有名になった。
メキシコでは、塩、ライムまたはレモン、サングリア(トマトジュースに塩、トウガラシを入れたもの)と共に楽しむ飲み方も一般的だ。
ライムをかじり、テキーラを口に含み、手の甲側・親指の付け根に置いた塩を舐めて、またライムをかじる。
時折サングリアを飲んではその直後にまたテキーラをひと口。
塩・ライムと飲む飲み方はマルガリータ、サングリアの方はストロー・ハット(ブラディ・マリーのテキーラ・ベース版)を口の中で作るイメージだ。
他の果実と一緒にテキーラを飲むときは、熟成されていないブランコがよく似合う。
高い香りをうまく活かした飲み方なのだ。
このように、テキーラはウイスキーやブランデーのように上質なものを単独でまったり味わうこともできるし、若いものをカクテルとして他の何かと組み合わせ複雑な味わいを楽しむのも悪くない。
幅がとても広い蒸留酒なのだ。
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メソ・アメリカの人々が生み出したリュウゼツラン文化と、アジア・ヨーロッパの人々が磨き上げた蒸留技術。
ふたつが融合して生まれた命の水、テキーラ。
その味わいは限りなく深い。
最後に一軒、テキーラが楽しめるバーを紹介しよう。
特に飲み比べメニューはオススメだ。
他にオススメのテキーラ。左がサウザのオルニートス ブラックバレル。
中央左はテキーラ村の蒸留所、ラ・コフラディアのレポサド。
中央右はロバート・デニーロが愛したポルフィディオのテキーラ・スアヴェ。ぼくはこれでテキーラ好きになった。
右はリュウゼツランについたイモムシをつけ込んだメスカル、グサーノ・ロホ。イモムシは普通に食べられている。