25/06/27:キーウの聖ソフィア大聖堂やオデーサの市街地が爆撃の被害 - ART+LOGIC=TRAVEL [旅を考えるweb]

世界遺産NEWS 25/06/27:キーウの聖ソフィア大聖堂やオデーサの市街地が爆撃の被害

ウクライナではロシアによるドローンやミサイルの攻撃が続いています。

特に6月10日の大規模な攻撃によって世界遺産「キーウ:聖ソフィア大聖堂と関連する修道院建築物群、キーウ・ペチェールスカヤ大修道院」の聖ソフィア大聖堂が損傷し、「オデーサ歴史地区」のバッファー・ゾーン(緩衝地帯)に位置するオデーサ・フィルム・スタジオの一部が倒壊しました。

聖ソフィア大聖堂は6月23日にもドローンの襲撃を受けています。

 

UNESCO World Heritage site St Sophia Cathedral in Kyiv damaged in Russian overnight attack(Euronews)

 

世界遺産周辺で高まる脅威に対し、UNESCO(ユネスコ=国際連合教育科学文化機関)は重大な懸念を表明しています。

今回はこのニュースをお伝えします。

 

* * *

キーウの聖ソフィア大聖堂は「ウクライナの至宝」と言える教会堂です。

 

創建はキエフ大公国のウラジーミル1世で、1011年頃と伝えられています。

彼がキリスト教を国教化したことで東ヨーロッパにキリスト教が伝わり、ヨーロッパ世界に組み込まれることになりました。

また、ビザンツ(東ローマ)皇帝の妹アンナと結婚し、ビザンツ文化を採り入れたことで華麗な文化が花開きました。

 

こうした貢献が認められてウラジーミル1世は聖人として列聖されて「聖公」の尊称を得ています。

このため正教会のウクライナやロシアのみまらず、ローマ=カトリックにおいても聖人として敬われています。

 

11世紀に建設されたビザンツ様式の教会堂は13世紀にモンゴル帝国、15世紀にクリミア・ハン国によって破壊されました。

17世紀にウクライナ正教会が荒れ果てていた教会堂を入手すると、イタリアの建築家オクタヴィアーノ・マンチーニに依頼してバロック様式で再建しました。

 

こうしてギリシア十字形の内部空間を持つビザンツ様式のベース、バロック様式の重厚な装飾、東ヨーロッパらしいオニオン・ドームを併せ持つウクライナ・バロック様式の唯一無二の教会堂が完成しました。

 

特筆すべきは内部装飾です。

アプス(後陣)を飾る黄金のモザイク画(石やガラス・貝殻・磁器・陶器などの小片を貼り合わせて描いた絵や模様)や、回廊や階段を彩るフレスコ画(生乾きの漆喰に顔料で描いた絵や模様)は見事で、ビザンツ美術の最高峰といえるものです。

ぼくもいろいろなところでモザイク画やフレスコ画を見てきましたが、本当にすばらしい作品群で、両者がこれほど高いレベルで共存しているのは他にトルコの世界遺産「イスタンブール歴史地域」のカーリエ博物館(カーリエ・ジャーミィ)くらいしか思いつきません。

 

こうした歴史的・文化的重要性に加えて、聖ソフィア大聖堂は宗教的・政治的重要性をも備えています。

 

ウクライナはキリスト教国ですが、特に正教会の信者が7割前後を占めるといわれています。

正教会といっても多種多様ですが、主にロシア正教会のモスクワ総主教庁の下に組織されるUOC(モスクワ総主教庁ウクライナ正教会)と、コンスタンティノープル総主教庁の承認を得て2018年に独立したOCU(ウクライナ正教会)が2大勢力に数えられています。

 

ただ、モスクワ総主教キリル1世がロシアによるウクライナ侵攻を支持したため、現在はOCUの信者が過半数を超えたと見られています。

そしてOCU設立の評議会が開催されたのが聖ソフィア大聖堂で、モスクワ総主教庁の息の掛からないウクライナ独自の正教会の象徴となりました。

なお、首席教会堂は聖ソフィア大聖堂の東に立つ聖ムィハイール黄金ドーム修道院となっています。

そして今回のニュースです。

 

6月9~10日にかけて、ロシアは弾道ミサイルや巡航ミサイルに加えて800機を超えるドローンや無人機でウクライナを攻撃しました。

主な標的は首都キーウと港湾都市オデーサです。

ウクライナはその多くを撃墜したようですが、何発かが市街地に落ちています。

 

キーウでは爆発の衝撃波によって聖ソフィア大聖堂が被害を受け、アプスのコーニス(梁の一部)が一部損傷しました。

ゼレンスキー大統領は「キーウに対する最大の攻撃のひとつ」とし、トチツィキー文化相は大聖堂を「全ウクライナの魂」と表現し、「敵はわたしたちのアイデンティティの核心を攻撃した」と非難しています。

 

また、オデーサではふたりの死者が確認され、世界遺産の範囲外ですが産科病院が爆破され、バッファー・ゾーンに位置するオデーサ・フィルム・スタジオでは映画監督オレクサンドル・ドヴジェンコのセットが倒壊しました。

 

ロシアのキーウに対する大規模な攻撃は6月23日にも行われ、350機以上のドローンと無人機、ミサイルが飛来し、10人以上の被害者を出しています。

聖ソフィア大聖堂はふたたびドローンによって損壊したようです。

 

聖ソフィア大聖堂は6月以前から標的にされていたとも報じられており、意図的に狙われているようです。

世界遺産「キーウ:聖ソフィア大聖堂と関連する修道院建築物群、キーウ・ペチェールスカヤ大修道院」のうち、キーウ・ペチェールスカヤ大修道院が狙われていないのがその理由を示しているのかもしれません。

 

キーウ・ペチェールスカヤ大修道院はもともとモスクワ総主教庁の指揮下でUOCの教会施設として活動していました。

しかし、ロシア系の信者が多く、ロシアを支援したり賛美する活動を行っていたことが報告され、2022年11月にはSBU(ウクライナ保安局)の捜査が入っています。

 

その後、大修道院がUOCへのリース契約を終了させたとの報道があり、モスクワ総主教庁との断交も噂されました。

真相は明らかではありませんが、もともとロシアとのつながりが強かったことから攻撃の対象にはなっていないのかもしれません。

 

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ウクライナの世界遺産「キーウ:聖ソフィア大聖堂と関連する修道院建築物群、キーウ・ペチェールスカヤ大修道院」、聖ソフィア大聖堂のモザイク画『オランス(祈りの聖母)』
ウクライナの世界遺産「キーウ:聖ソフィア大聖堂と関連する修道院建築物群、キーウ・ペチェールスカヤ大修道院」、聖ソフィア大聖堂のモザイク画『オランス(祈りの聖母)』(C) A-bg78

ロシアは大聖堂を直接狙ったミサイル攻撃をしているわけではなく、一種の警告のようなものなのかもしれません。

また、聖ソフィア大聖堂の被害は大きなものではなく、1か月半ほど時間は掛かるものの修復は可能であるとしています。

 

しかし、UNESCOは民間の死傷者や文化・教育機関の被害が拡大しており、世界遺産に対する脅威が増していることに重大な懸念を表明しています。

そしてハーグ条約(武力紛争の際の文化財の保護に関する条約)や世界遺産条約に基づいて文化遺産や自然遺産に対する攻撃禁止の規定遵守を呼び掛けました。

同時に、聖ソフィア大聖堂の被害状況を確認し、修復を支援する旨を伝えています。

 

 

[関連サイト&記事]

キーウ:聖ソフィア大聖堂と関連する修道院建築物群、キーウ・ペチェールスカヤ大修道院(世界遺産データベース)

オデーサ歴史地区(世界遺産データベース)

世界遺産NEWS 23/09/21:速報! 2023年新登録の世界遺産!!(ウクライナの3件の世界遺産が危機遺産リストに登載されました)

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