世界遺産と世界史10.長江・黄河文明と古代中国

金沙江の虎跳峡
金沙江の虎跳峡。長江上流部は「金沙江」と呼ばれるが、この辺りは金沙江、メコン川、サルウィンの3つの川(江)が平行して走っている。世界遺産「雲南三江併流の保護地域群(中国、2003年、自然遺産(vii)(viii)(ix)(x))」登録地

 

20世紀後半。

それまで古代文明の存在が知られていなかった長江(揚子江)流域で次々と古代遺跡が発見された。

メソポタミア、エジプト、インダス、黄河のいわゆる「四大文明」が乾燥地帯で大麦・小麦の畑作農業を生み出したのに対して、長江の諸文化は緑豊かな土地で稲作を行っていた。


長江の稲作は紀元前12000年にまで遡ると考える者もおり、その場合、世界最古の農耕跡となる。

紀元前5000~前3000年頃には人工的に水を引き入れる灌漑農業を発明した。

 

紀元前10000年以上前~前1000年までの多数の遺跡が発見されており、しばしばこれらの文化はまとめて長江文明と言われる。

このうち三星堆(さんせいたい)遺跡や大渓遺跡、良渚(りょうしょ)遺跡などが中国の世界遺産暫定リストに掲載されている。


一説によると。

砂漠で生まれた民族は不安定なオアシスや水源や農地を確保するためにより広い土地・高い文化を欲し、より攻撃的になるという。

長江文明を築いた人々は砂漠で発展した黄河文明由来の民族の南下によって侵略され、東南アジアや東アジアに逃げ去った。

こうしてアジアに稲作文化が広がり、その一派が日本で弥生時代を切り拓いた――

のかもしれない。


* * *

黄龍の五彩池
黄色の石灰棚が龍の鱗を思わせる黄龍風景区の五彩池。伝説では、中国最古の統一王朝は夏(か)で、始祖・禹(う)は黄河の治水を行って一帯を支配したという。黄龍はその禹の化身といわれる。世界遺産「黄龍」構成資産

 

紀元前7000~前5000年頃。

中国を貫くもうひとつの大河、黄河流域にも文化が誕生した。

長江の文化群と違って乾燥地帯で発達したこの文化群は、主に粟(アワ)や小麦・大麦を中心とする畑作を行っており、シルクロードを渡って伝えられたのか、陶器や青銅器などはメソポタミア、インダス文明の影響も見て取れる。

 

紀元前5000~前3000年頃の仰韶(ぎょうしょう)文化は彩文土器で有名で、粟、麦の栽培や羊の放牧が行われていた。

紀元前3000~前2000年頃の龍山文化は黒色土器で知られ、この頃には灌漑農業がはじまり、稲作も行った。

黄河流域には他にも多数の文化が誕生したが、これらはまとめて黄河文明と言われる。

 

しかし。

実はぼくが持っている高校世界史の教科書には長江文明、黄河文明はもちろん、メソポタミア文明、エジプト文明、四大文明の文字さえない。

というのは、いずれの文明もどの地域・年代までをまとめればいいのかその解釈は千差万別で、定義することができないからだ。

どういうわけかインダス文明だけはそのまま表記されているのだが、いずれ「○○文明」という表記はなくなるのかもしれない。


近年、中国北東部、北朝鮮国境近くを流れる遼河(りょうが)流域の古代文化群(遼河文明)にも注目が集まっている。

紀元前5000年以前にまで遡る文化が確認されており、紅山文化の牛河梁(ぎゅうがりょう)遺跡は中国の世界遺産暫定リストに記載されている。


* * *

黄山
「天下の名勝、黄山に集まる」といわれる中国第一の名峰、黄山。特徴をなす怪石・奇松・雲海・温泉を「黄山の四絶」という

世界中の伝説は、いずれもぼくたち人間の時代は「神の時代→人間の誕生→人間の時代」と変遷してきたことを物語る。

中国でも同様で、人間の時代の前に神々の時代があったことが伝えられている。

三皇五帝だ。

 

三皇五帝の伝説はいくつも伝えられている。

五帝のひとり・黄帝は漢民族の始祖と言われ、彼が修業したと伝えられているのが世界遺産「黄山(中国、1990年、文化遺産(ii)、自然遺産(vii)(x))」だ。

同じく五帝のひとりである夏(か)王朝の禹(う)は黄河の化身と言われ、彼が龍となって現れたのが世界遺産「黄龍の景観と歴史地域(中国、1992年、自然遺産(vii))」だ。

また、皇帝が天に感謝を伝える儀式を封禅(ほうぜん)と呼ぶが、三皇五帝をはじめ、秦の始皇帝や漢の武帝、隋の文帝など、皇帝たちが封禅を行ったのが世界遺産「泰山(中国、1987年、文化遺産(i)(ii)(iii)(iv)(v)(vi)、自然遺産(vii))」だ。

 

[関連サイト]

黄山/中国

黄龍/中国

 

上のように、伝説には「黄」がしばしば出てくるのがわかる。

この「黄」はもちろん黄河の「黄」。

実際黄河を見ると驚くほど黄色いことを実感する。

この色は砂漠から巻き上げられた黄砂が混じることに由来する。

そして中原をはじめとする黄河流域では、上流より運ばれた黄砂と土が混じって保水力の高い黄土となり、豊かな農業生産を可能にした。

黄色が皇帝の色であり、長い間「禁色(きんじき)」として庶民に使用が禁止されたのは、命を育む「黄」の川や土を尊んでいたからだ。


中国の都市国家を束ねる最初の領域国家が夏王朝であると伝えられているが、三皇五帝や夏の存在は確かめられていない。


* * *

紀元前1600~前1000年頃。

黄河流域に栄えた邑(ゆう)と呼ばれる都市を次々と侵略し、現在確認されている中国最古の王朝を建てたのが殷(いん)だ。

その首都である世界遺産「殷墟(中国、2006年、文化遺産(ii)(iii)(iv)(vi))」の宮殿や王墓からは複雑な装飾を持つ陶器や青銅器が発掘され、亀の甲羅や獣の骨に刻まれた亀甲文字が発見された。

この亀甲文字が漢字の起源だ。

 

殷王で有名なのが最後の王・紂王(ちゅうおう)とその妻・妲己(だっき)だ。

池のように酒を貯め、肉を吊して林とし、全裸の男女を放ったという「酒池肉林」。

火の上に油を塗った銅の円柱を置き、罪人に歩かせる「炮烙(ほうらく)」。

こうした残虐で傍若無人な振る舞いで知られる夫妻だかその真偽は定かではない。


紀元前1100年頃、この紂王を牧野の戦いで破ったのが周の武王だ。

首都は中原の豊邑、あるいは対岸の鎬邑で、次の秦の時代には咸陽(かんよう)、漢代からは長安※、明代以降は西安と呼ばれることになる古都。

この時代を西周と呼び、紀元前771年に鎬邑から洛邑(らくゆう。現在の洛陽)※に遷都して以降を東周という。

※世界遺産「シルクロード:長安-天山回廊の交易路網(カザフスタン/キルギス/中国、2014年、文化遺産(ii)(iii)(v)(vi))」

 

中華思想では、天に住む天帝の命を受けた者=天子(皇帝)が治めるのがこの世界で、その中心は中国、中でも黄河流域の中原にあると考えられた。

中国の歴代王朝が中原の地を狙うのは、世界の中心を手に入れるためなのだ。

逆に、この豊かな土地の北や西は遊牧民族が暮らす乾燥地で、南や東は山岳や森林が広がる大自然。

そうした土地に住む者は東夷(とうい)・南蛮(なんばん)・西戎(せいじゅう)・北狄(ほくてき)と呼ばれて見下された。

 

そして中原を治める者はまた、黄河を治める者でもあった。

だから三皇五帝、特に伝説の王・尭(ぎょう)舜(しゅん)、禹(う)はいずれも黄河を治水した伝説が残っているし、のちの時代の皇帝たちも、豊かな農業生産を可能にするために必ず治水を行った。

 

その中原の中心、つまりこの世の中心にそびえる山が嵩山(すうざん)で、周の武王の弟・周公が世界の中心を定めるために造った天体観測施設が周公測景台だ。

これらは世界遺産「河南登封の文化財 ”天地之中”(中国、2010年、文化遺産(iii)(vi))」に登録されている。

宗廟・正殿
韓国の宗廟・正殿。宗廟は朝鮮王朝歴代の王を祀る霊廟であり、氏神たちと交信を行う祭祀場として機能した

周王朝は三皇五帝の子孫や地方の有力な豪族たちに「諸侯」という地位と「封土」と呼ばれる領地を与えた。

その下の家臣にも「卿・大夫・士」といった地位と封土を与え、代々治めさせた。

周の政治制度はこのように氏族と地位、土地のつながりを重視する封建社会。

祖先を神=氏神として祀る廟=宗廟(そうびょう)で祭祀を行い、一族をまとめあげた(宗法)。

韓国の世界遺産「宗廟(韓国、1995年、文化遺産(iv))」もこの思想を受け継ぐものだ。

 

[関連サイト]

宗廟/韓国

 

しかし洛邑に遷都して以降、東周は次第に力を弱め、周辺諸侯よりもさらに力を失ってしまう。

逆に力を持った諸侯は「覇者」と呼ばれ、特に斉の桓公、秦の穆公、晋の文公、楚の荘王、越王勾践ら(別説あり)を春秋五覇と呼び、彼らが中心となった紀元前770~前403年までを春秋時代という。


当初諸侯たちは東周の王を立てていたが、やがて自ら王を名乗り出す。

紀元前403~前221年にまたがる戦国時代の幕開けだ。

斉・楚・秦・燕・韓・魏・趙は戦国七雄と呼ばれ、東周はそのひとつに数えられることさえなくなった。

ちなみに「春秋」は孔子の歴史書『春秋』、「戦国」は『戦国策』に由来する。


* * *

万里の長城、八達嶺
峰に沿ってどこまでも続く世界遺産「万里の長城」登録の八達嶺。北京郊外にある明代の長城で、重さ約500kgの花崗岩ブロックでできており、馬5頭が並んで駆けられるよう設計された

 

春秋・戦国時代に多くの思想家・哲学者が誕生した。

いわゆる諸子百家だ。

このうち特に重要なのが儒家と法家で、個人的に好きなのが道家だ。

 

まず、孔子の儒家。

著書『論語』において孔子は仁と礼、つまり思いやりと礼儀を重んじ、孝、つまり親や先祖に対する感謝を基礎とした家族・氏族社会を重視した。

この思想は封建制度と結び付き、中国の主流として二千年以上にわたって引き継がれることになる。

魯の哀公は孔子の住居を改築して祭祀を行う廟として整備したという。

また、孔家の墓は孔林、これらの管理を行う事務所・邸宅は孔府として伝えられている。

これら三孔はいずれも世界遺産「曲阜の孔廟、孔林、孔府(中国、1994年、文化遺産(i)(iv)(vi))」に登録されている。

紫禁城太和殿
紫禁城の太和殿。天の中心は宇宙の中でも不動を意味する北極星=紫微垣(しびえん)で、そこには天を治める天帝が暮らす紫微宮があるという。これに対し、天帝の子たる天子=皇帝が治めるこの世の中心に置かれたのが禁断の宮殿・紫禁城だ

ちなみに、孔廟、紫禁城(しきんじょう)①、岱廟(たいびょう)②は中国三大建築。

孔廟の大成殿、紫禁城の太和殿、岱廟の天貺殿は中国三大宮殿といわれる。

すべて世界遺産だ。

※①世界遺産「北京と瀋陽の明・清朝の皇宮群(中国、1987年、2004年拡大、文化遺産(i)(ii)(iii)(iv))」

 ②世界遺産「泰山(中国、1987年、文化遺産(i)(ii)(iii)(iv)(v)(vi)、自然遺産(vii))」

 

[関連サイト]

北京と瀋陽の明・清朝皇宮群/中国

 

続いて道家。

諸子百家はいずれも基本的に「私はこう考える」という「思想」を扱っている。

思想は一種の信仰・信条だが、しかし、道家は思想ではなく哲学、つまり「真理とは何か?」という問いを探究した。

前回ウパニシャッド哲学やジャイナ哲学、仏教哲学のところで、「この世の謎を追究していくと必ず世界の不思議と、私という存在の不思議、このふたつに行き着く」と書いた。

道家もその問いにたどり着き、「道(タオ)」という答えを導き出した。

「道の道とす可きは、常に道に非ず。名の名とす可きは、常の名に非ず」(蜂屋邦夫訳『老子』岩波文庫より)

これはヴェーダやウパニシャッドの哲学、仏教の「空(くう)」にとても似た考え方。

東洋哲学の究極の形が、ここにある。

 

そして。
のちの中国の政治史に大きな影響を与えるのが商鞅(しょうおう)、韓非子(かんぴし)らの法家だ。

法家は、慣習や宗教のような不明確なもので政治を行うのではなく、事前にキッチリ決まりごと=法を作り、賞罰によって政治を行うことを主張した。

この思想を取り入れて国力を増したのが秦だ。


秦の孝公は法家の商鞅を登用して国政を大幅に改正し(商鞅の変法)、国力を強化。

そして秦王・政は韓非子の法家思想に大きな感銘を受け、同じ法家の李斯(りし)を宰相に登用して史上はじめて中国を統一する。

ちなみに、祖国・韓を見限った韓非子は自分を認める政の元に向かうが、その能力を恐れた李斯は韓非子を毒殺してしまう。

兵馬俑坑
すべて東を向いている兵馬俑。彩色されたものも多いが、空気に触れた途端に退色するため、未発掘のまま保存されているものが多い
秦始皇陵
世界遺産「秦の始皇陵」。この地下に未知の空間があり、地下宮殿が広がっているという伝説が残っている

紀元前221年に中国を統一した政は三皇五帝から二文字をとって「皇帝」を名乗る。

最初の皇帝=始皇帝の誕生だ。

そして紀元前219年、世界遺産「泰山(中国、1987年、文化遺産(i)(ii)(iii)(iv)(v)(vi)、自然遺産(vii))」を訪れ、天子=皇帝として天帝に感謝を知らせる封禅を行った。

こうして「皇」は諸国の「王」を束ねる者と認識されるようになり、ローマ皇帝、天皇などにも使われるようになる。

 

始皇帝は中国を統一するために数多くの政策を行った。

たとえば半両銭によって貨幣を、道路を整備して車軌(しゃき:車軸の幅。車を曳く際の線路のようなもの)を、度・量・衡(ど・りょう・こう)という長さ・容積・重さの単位を統一。

これらによって地域差を減らし、経済活動を活発化した。

さらに、文字を統一し、法家以外の思想を禁ずるために書物を焼き払い(焚書:ふんしょ)、儒家を中心とする思想家を穴に埋め(坑儒:こうじゅ)、思想統制を行った。

 

また、戦国時代の国々が築いていた匈奴(黄河上流を拠点とする遊牧民族)ら国外の敵に対するための堤=長城をつなぎ、増築。

その長さは司馬遷『史記』で「万余里」の長さと書かれたことから「万里の長城」と呼ばれることになる。

でも、当時の長城は馬の侵入を防ぐだけの堤で、実はほとんど残っていない。

これにならって清代までおよそ2,000年間にわたって拡大し続けたのが世界遺産「万里の長城(中国、1987年、文化遺産(i)(ii)(iii)(iv)(vi)」だ。

過去造られた万里の長城の総延長は50,000kmを超えるといわれ、中国国家文物局の発表では、現存する長城は21,196.18km、明代の長城は8,851.8kmになるという。

 

[関連サイト]

万里の長城/中国

 

さらに、始皇帝は首都・咸陽の近くに巨大な陵墓=秦始皇陵を建てた。

東西・南北共に約350m、高さ76mのピラミッドで、約70万人・40年を費やして造られた。

未確認ながら、内部には未知の空間が広がっており、宮殿が収められていると考える者もいる。

『史記』には天には星々を配し、地には水銀で海を造ったと記されており、実際水銀の反応は観測されている。


秦始皇陵の東1.5kmの位置には兵馬俑坑がある。

「俑」は遺体と一緒に埋葬する動物や人型の細工物。

現在発見されている四つの坑からは兵士や馬、戦車などをかたどった7,000体以上の俑が出土している。

秦始皇陵と兵馬俑坑はまとめて世界遺産「秦の始皇陵(中国、1987年、文化遺産(i)(iii)(iv)(vi))」に登録されている。

中国の世界遺産「青城山と都江堰灌漑施設」の都江堰
世界遺産「青城山と都江堰灌漑施設」の都江堰。写真の魚嘴で岷江の流れを二分した。増水時には洪水を防ぎ、渇水時には豊かな水をもたらして蜀の地を「天府の国」と呼ばれる大穀倉地帯に変えた

もうひとつ。

世界遺産「青城山と都江堰灌漑施設(中国、2000年、文化遺産(ii)(iv)(vi))」の都江堰を紹介しよう。

 

長江の支流・岷江(みんこう)は、現在の四川省・成都の上流でしばしば洪水を起こしていた。

乾期は乾期で水位が下がって成都まで水を引くことができず、たびたび干ばつにみまわた。

このように蜀の地は農業に適さない土地。

そこで秦の蜀郡太守・李冰(りひょう)は紀元前251年、岷江の流れを川に突き出した魚嘴(ぎよし)によって、成都と周辺の農地を通る内江と、岷江本来の流れである外江に分けることに成功する。

 

内江には宝瓶口(ほうへいこう)という運河を通って水が運ばれるのだが、外江より深く掘ることでより多くの水が内江へ流れるように調整した。

一方、川幅を狭めて容積を一定に制限し、あふれた水を飛沙堰(ひさえん)という運河を通って外江に戻すことで、増水時の洪水を防いだ。

 

これにより蜀の地は穀倉地帯に変貌。

完成後まもなく王となった秦王・政は蜀からもたらされる豊かな農作物を背景に富国強兵に務め、紀元前221年に中国を統一して始皇帝となるのは先述の通りだ。

詳細は以下のリンク参照。

 

[関連サイト]

青城山と都江堰灌漑施設

 

 * *


こうして中国を統一し、以後2,000年にわたって続く皇帝文化を築き上げた秦だが、始皇帝が紀元前210年に死ぬと陳勝・呉広の乱を皮切りに全国で反乱が勃発。

項羽と劉邦の活躍により、紀元前206年、秦は滅亡する。

この後、劉邦が漢を建てるが、漢~魏晋南北朝時代は「14.シルクロードとクシャーナ朝&漢」で解説する。

 

次回はヨーロッパの巨石文化とエーゲ海の諸文明を紹介する。

 

 


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