世界遺産と世界史20.東欧の形成とビザンツ帝国

ウェストミンスター寺院と聖マーガレット教会
ウェストミンスター寺院(右)と聖マーガレット教会(左)。ウェストミンスター寺院は13世紀以降、長きにわたって再建されたもの。ウィリアム1世以後、イングランド王はここで戴冠式を行っており、現在の女王エリザベスも1953年6月2日に戴冠した

国家というのは国民と領土・領海・領空を持つ。

社会の授業ではこのように教わるけれど、でもその昔、多くの街はその街を支配するのみで、街と街をつなぐ森や砂漠や山や海は誰のものでもなかった。

いわゆる都市国家といわれるもので、森林では平野部の都市、砂漠ではオアシス都市、海岸では港市(こうし)のみが領域で、都市と都市の間の土地の領有権を争うことはなかった。

 

地図を見ると中東やアフリカ、ラテン・アメリカの国境には直線が多い。

これは近年までそこに文化を分ける領域国家が存在しなかったことを意味する。

砂漠やサバンナやジャングルのどこまでが自分たちの土地なのか。

そんなことに意味はなかったのだ。

 

ローマ帝国以前、あるいはローマ帝国領以外のヨーロッパでは、誰のものでもない森や山や海はまだ多かった。

森や山や海は危険ではあったが、国境や領域国家が存在しない分、民族の移動は近現代より簡単ではあっただろう。

 

4世紀の民族移動以後、さまざまな民族がヨーロッパとその周辺で移動を繰り返す。

ノルマン人、スラヴ人を中心に、その動きを見てみよう。

 

* * *

世界遺産「ダラム城と大聖堂」のダラム城
ノルマン様式の城塞、ダラム城。ノルマン・コンクェストの時代にイングランド-スコットランド間に建てられた。世界遺産「ダラム城と大聖堂(イギリス、1986年、2008年拡大、文化遺産(ii)(iv)(vi))」構成資産

まずはゲルマン系ノルマン人だ。


8~12世紀、スカンディナヴィア半島やユトランド半島に住んでいたノルマン人たちはカシやマツで造った超軽量で、細長くて喫水の浅いロングシップと呼ばれるヴァイキング船で海を制覇した。

バルト海、北海、ケルト海はもちろん、浅場でも進めるために川をも遡上し、超軽量であるために陸地をも越えて、ヨーロッパ中に進出した。

その拠点のひとつが世界遺産「ビルカとホーヴゴーデン(スウェーデン、1993年、文化遺産(iii)(iv))」だ。

 

一方で外洋航海にもすぐれた性能を発揮し、地中海や黒海、グリーンランドや北アメリカ大陸にまで到達した。

そして各地で植民市を造り、ノルマン人国家を建国した(第二次民族移動)。


その前に少しイギリスの歴史を見てみよう。

グレートブリテン島ではローマ帝国がケルト人を北に追って版図を広げていたが、西ローマ帝国滅亡後はローマ人の多くが撤退。

5世紀以降、この地にアングロ・サクソン人が入植し、7大国を中心に数多くの国家を建国した(アングロ・サクソン七王国)。

 

その後、ノルマン人がたびたび侵入を試みるが、9世紀にはこれをウェセックス王国のアルフレッド大王が撃破。

力をつけたウェセックス王国は927年、アゼルスタンが島南部を支配し、イングランド統一を果たす。

イングランド王国のはじまりだ。

 

ノルマン人の支持を受けて王となり、カトリックの信仰心篤く「懺悔王」の異名をとるイングランド王エドワードは、11世紀当時の市街地の西側に新しい宮殿と寺院を建築する。

これが西の修道院=ウェストミンスターで、この地に建造されたのがウェストミンスター寺院※とウェストミンスター宮殿※だ。

※世界遺産「ウェストミンスター宮殿、ウェストミンスター寺院及び聖マーガレット教会(イギリス、1987年、2008年拡大、文化遺産(i)(ii)(iv))」

 

しかし、11世紀前半にユトランド半島のノルマン人=デーン人クヌートの支配を受け(デーン朝)、11世紀後半にはノルマンディー公によってイングランドの王位が流出してしまう(ノルマン・コンクェスト)。

ロンドン塔
ウィリアム1世は1078年、ロンドンに城壁を建設する。これを発展させたのが世界遺産「ロンドン塔(イギリス、1988年、文化遺産(ii)(iv))」だ

10世紀、ロロに率いられたノルマン人の一行が北フランス・ノルマンディー地方に侵入し、植民市を建設。

西フランク王シャルル3世はロロに土地を与え、ノルマンディー公に封じる代わりに他のバイキングの討伐を命じる(ノルマンディー公国の成立)。

1066年、ノルマンディー公ギヨーム2世はイングランド王の後継者争いに乗じてイングランド南部に侵入。

へースティングスの戦いでイングランド王ハロルド2世を破るとその勢いでロンドンを落とす。

ギヨーム2世はウェストミンスター寺院で戴冠し、イングランド王ウィリアム1世を名乗ってノルマン朝を建てた。

 

ウィリアム1世は諸侯の領地を分散させ、さらにノルマン人を諸侯に任じて有力諸侯・騎士の解体と中央集権化に努めた。

同時にキュリア・レジスと呼ばれる諮問機関をウェストミンスター宮殿に置き、諸侯に参加させた。

これがやがて議会となり、王と対立を深めていくことになる。

その後のイングランドについては「32.イングランド・フランスと百年戦争」参照。

 

[関連サイト]

ロンドン塔/イギリス

ウェストミンスターとビッグベン/イギリス

ノブゴロドの聖ソフィア大聖堂
11世紀前半に建てられたノヴゴロドの聖ソフィア大聖堂。1037年に建てられたキエフの聖ソフィア大聖堂を真似たもので、以後ロシアではこのようなタマネギ・ドーム(クーポル)が一般化する
ランス・オ・メドー国定史跡
ランス・オ・メドーのバイキング入植地跡

10世紀末、ノルマン人レイフ・エリクソンはグリーンランドを発見。

さらに西へと漕ぎ出すと、11世紀初頭、ついに大西洋横断に成功し、ニューファンドランド島を発見する。

コロンブスより5世紀も早い北アメリカ大陸到達だ。

このとき切り拓いた街の遺跡が世界遺産「ランス・オ・メドー国定史跡(カナダ、1978年、文化遺産(vi))」だ。

 

12世紀、ノルマンディー公国から分かれた一派が南イタリアに到達。

シチリア王国を建ててイタリア半島南部とシチリア島を占領する。

王国は広い版図を収めたが、しばしばローマ教皇や神聖ローマ帝国の介入を受け、14世紀にはシチリア王国とナポリ王国に分裂。

神聖ローマ皇帝位を世襲するハプスブルク家がスペイン国王に就いた15世紀以降、シチリア王国はスペインの版図に入る。

なお、ノルマン人がシチリア島に入植して築いた世界遺産が「アラブ-ノルマン様式のパレルモおよびチェファルとモンレアーレの大聖堂(イタリア、2015年、文化遺産(ii)(iv))」だ。

 

世界遺産「古代都市[タウリカのヘルソネソス]とそのホーラ」の聖ウラジミール大聖堂
ウラジミール1世が洗礼を受けた場所に建つ聖ウラジミール(聖ヴォロディームィル)大聖堂。世界遺産「古代都市[タウリカのヘルソネソス]とそのホーラ」構成資産 (C) Dmitry A. Mottl

ノルマン人は東ヨーロッパにも進出し、現在のロシアの北西部にルーシと呼ばれる小国群が成立していた。

9世紀、このうちのリューリクの一行が「新しい都市」を意味する植民市ノヴゴロド※を建設。

やがてフィンラドからロシア北部にまたがる大国に発展する(ノヴゴロド公国)。

※世界遺産「ノヴゴロドの文化財とその周辺地区(ロシア、1992年、文化遺産(ii)(iv)(vi))」

 

10世紀にはオルグが一帯を治めて黒海付近に遷都し、スラヴ人の都市キエフ※を占領してキエフ大公国(キエフ・ルーシ)を建国。

キエフは北欧・南欧・西欧・東欧をつなぐ要衝であったばかりでなく、アジアとヨーロッパをつなぐステップロード(最北端のシルクロード)を使った貿易で繁栄した。

※世界遺産「キエフ:聖ソフィア大聖堂と関連する修道院建築物群、キエフ・ペチェールスカヤ大修道院(ウクライナ、1990年、2005年拡大、文化遺産(i)(ii)(iii)(iv)

 

988年、タウリカ①で洗礼を受けたウラジミール1世(ウラジミール聖公)がキリスト教を国教化して、東ローマ教皇の妹と結婚。

ビザンツ帝国(東ローマ帝国)の首都コンスタンティノープル②(ビザンチオン、イスタンブール)に置かれていたコンスタンティノープル総主教の下に入り、正教会の組織を整備した。

これによりキエフ大公国は西ヨーロッパ社会に認められ、ウラジミール1世はのちに聖人として列聖されて「聖公」の尊称を得ている。

※①世界遺産「古代都市[タウリカのヘルソネソス]とそのホーラ(ロシア、2013年、文化遺産(ii)(v))」

 ②世界遺産「イスタンブール歴史地域(トルコ、1985年、文化遺産(i)(ii)(iii)(iv))

 

世界遺産「「リヴィウ歴史地区」
黒海・バルト海貿易の要衝として発達したリヴィウ。しばしばキエフ大公国やポーランド公国の争いに巻き込まれた。歴史地区は「リヴィウ歴史地区(ウクライナ、1998年、2008年拡大、文化遺産(ii)(v))」に登録されている
世界遺産「ヤロスラヴリ市街の歴史地区」
11世紀、キエフ大公国によって築かれたヤロスラヴリの救世主顕栄聖堂。モンゴル軍に破壊されるが、その後はモスクワ大公国やロシア帝国の要衝となった。旧市街は世界遺産「ヤロスラヴリ市街の歴史地区(ロシア、2005年、文化遺産(ii)(iv))」に登録されている

キエフ大公国は急速に西欧化して正教会の信仰やビザンツ文化を取り入れた。

11世紀に聖ソフィア大聖堂①やペチェールスカヤ大修道院①が建設されると、キエフはノルマン人・スラヴ人の聖地となった。

キエフ大公国はロシアやウクライナ、あるいはロシア正教会やウクライナ正教会の礎を築いたことからこれらの国々の祖国と考えられている。

 

なお、リヴィウ②やヤロスラヴリ③などもこの時代にノルマン人・スラヴ人によって建設されたキエフ公国の地方都市だ。

①世界遺産「キエフ:聖ソフィア大聖堂と関連する修道院建築物群、キエフ・ペチェールスカヤ大修道院(ウクライナ、1990年、2005年拡大、文化遺産(i)(ii)(iii)(iv))

 ②世界遺産「リヴィウ歴史地区、1998年、2008年拡大、文化遺産(ii)(v))

 ③世界遺産「ヤロスラヴリ市街の歴史地区(ロシア、2005年、文化遺産(ii)(iv))」

 

また、10世紀前後までにはスウェーデン王国、ノルウェー王国がスカンディナヴィア半島の多くを支配。

またユトランド半島はデンマーク王国が占めた。

11世紀に入るとスウェーデンがフィンランドを占領。

ノヴゴロド公国との戦いやモンゴル帝国の侵入を経て、改めてスウェーデン領となった。

 

デンマーク王国誕生の地イェリングの墳墓や遺跡が世界遺産「イェリング墳墓群、ルーン文字石碑群と教会(デンマーク、1994年、文化遺産(iii))」だ。

そして北欧で現存最古の教会が12世紀建築の世界遺産「ウルネスの木造教会(ノルウェー、1979年、文化遺産(i)(ii)(iii))」で、バイキングの木造建築技術を教会に応用した建物だ。

また、「ロスキレ大聖堂(デンマーク、1995年、文化遺産(ii)(iv))」も同時代の建築だ。 

 

以降の北欧の歴史については「世界遺産と世界史38.三十年戦争とイギリス革命」の「北欧とポーランドの中世・近世」参照。

 

* * *

クロアチアのトロギール
クロアチア、トロギールの美しい街並み。ギリシア人の植民市としてはじまり、スラヴ人やクロアチア人が同化して発展。その後もセルビア、トルコ、オーストリアと、さまざまな国の侵略を受けた

続いてスラヴ人とアジア系民族の動きを見てみよう。


スラヴ人は現在のウクライナやロシアに住んでいた人々で、ゲルマン人が東に移り、フン帝国が滅んだ6世紀に東ヨーロッパに進出。

9世紀以降、多数の国家を建国する。

簡単に記そう。

 

■東ヨーロッパのスラヴ人国家

チェック人・スロヴァキア人:モラヴィア王国(9C~)→ボヘミア王国(10C~)○

ポーランド人:リトアニア・ポーランド王国(14C~)○

クロアチア人:クロアチア王国(10C~)○

セルビア人:セルビア王国(12C~)●

ロシア人:モスクワ大公国(14C~)●

 

9世紀にはノルマン人も南下してきたため、東ヨーロッパではノルマン・スラヴの混血が進んだ。

たとえばキエフ公国ではスラヴ化が進み、両民族はやがて同化した。

 

この時代、東ヨーロッパに進出するアジア人もいた。

 

■東ヨーロッパのアジア人国家

マジャール人:ハンガリー王国(10C~)○

ブルガール人:ブルガリア王国(7C~)●


○がカトリック系、●が正教会系だ。

当然ながらカトリック系はローマ教皇や神聖ローマ帝国に近づき、正教会系はビザンツ帝国に接近。

それぞれ政治・経済・文化の影響を強く受けることになる。

 

これらに関連する世界遺産は多数あるが、ビザンツ建築が主であるものはずっと下の一覧にまとめた。

それ以外で、14世紀以前に造られた遺構が残る物件の一例が以下となる。

国名で民族を判断してほしい。

  • リヴィウ歴史地区(ウクライナ、1998年、2008年拡大、文化遺産(ii)(v))
  • 古都トロギール(クロアチア、1997年、文化遺産(ii)(iv))
  • ドブロブニク旧市街(クロアチア、1979年、1994年拡大、文化遺産(i)(iii)(iv))
  • レヴォチャ歴史地区、スピシュスキー城及びその関連する文化財(スロバキア、1993年、2009年拡大、文化遺産(iv))
  • コソボの中世建造物群(セルビア、2004年、2006年拡大、文化遺産(ii)(iv))
  • トジェビーチのユダヤ人街とプロコピウス聖堂(チェコ、2003年、文化遺産(ii)(iii))
  • 古代都市ネセバル(ブルガリア、1983年、文化遺産(iii)(iv))
  • クラクフ歴史地区(ポーランド、1978年、文化遺産(iv))
  • 中世都市トルニ(ポーランド、1997年、文化遺産(ii)(iv))
  • マルボルクのドイツ騎士団の城(ポーランド、1997年、文化遺産(ii)(iii)(iv))
  • カザン・クレムリンの歴史遺産群と建築物群(ロシア、2000年、文化遺産(ii)(iii)(iv))
  • ヤロスラヴル市街の歴史地区(ロシア、2005年、文化遺産(ii)(iv))


スウェーデン、ノルウェー、デンマーク、フィンランド、チェコ、スロバキア、ポーランド、クロアチア、セルビア、ロシア、ハンガリー、ブルガリア……

ここまでの民族名や王国名を見ると、現在の北欧・中欧・東欧に見られる多くに国名が出てくるのがわかる。

 

この時代に都市国家は領域国家へと発展し、北欧・中欧・東欧の森や山や海の多くはいずれかの国家の領土・領海・領空となった。

当時の庶民が現在の我々のように領土を意識することはなかっただろう。

しかしながらこの時代にできあがった国や民族意識は現代にまで引き継がれ、その中で自分たちの文化を継承していくと同時に、民族紛争の種にもなっていく。

 

[関連サイト]

ドブロブニク旧市街/クロアチア

* * *

イスタンブールのセント・ソフィア大聖堂
世界遺産「イスタンブール歴史地区」構成資産であるセント・ソフィア大聖堂(アヤ・ソフィア)。ビザンツ帝国時代の正教会総本山で、コンスタンティノープル総主教座が置かれた。1453年のオスマン帝国占領後はモスクに改修され、現在は博物館として公開されている

続いてビザンツ帝国の様子も見てみよう。

 

395年、ローマ帝国を東西に分割贈与したテオドシウス1世により、コンスタンティノープルを首都とするビザンツ帝国が誕生する。

再三フン帝国の侵略を受けた皇帝テオドシウス2世はコンスタンティノープルを強固な城壁で取り囲む。

これがいまに伝わる「デオドシウスの城壁※」だ。

※世界遺産「イスタンブール歴史地域(トルコ、1985年、文化遺産(i)(ii)(iii)(iv))」

 

西ローマ帝国はゲルマン人の移動によって疲弊し、476年に滅亡。

民族移動はビザンツ帝国をも襲うが、小アジア(現在のトルコ)を拠点とするビザンツ帝国は領域を黒海やエーゲ海・地中海に囲われており、ヨーロッパとアジアをつなぐボスポラス海峡は首都コンスタンティノープルが抑えていた。

幾重にも取り囲む城壁によってコンスタンティノープルを防衛し、ビザンツ帝国はついに独立を守り抜く。


6世紀、ビザンツ帝国は皇帝ユスティニアヌスのもとで勢力を大きく回復する。

名将ベリサリウスの活躍もあって、イタリア半島に侵入していたヴァンダル王国や東ゴート王国を滅ぼし、ローマを奪還してイタリアを平定。

イタリア半島-バルカン半島-小アジア-西アジア-北アフリカ-イベリア半島南部を再統一し、地中海沿岸のほとんどを版図に収めた。

これがローマ帝国の最後の栄光といえるものだった。

ラヴェンナ、サン・ヴィターレ聖堂のモザイク
ラヴェンナ、サン・ヴィターレ聖堂のモザイク。中央がユスティニアヌス

ユスティニアヌスは『ローマ大全』を編纂するなど文化事業にも従事し、コンスタンティノープルのセント・ソフィア大聖堂①、ベツレヘムの聖誕教会②、ラヴェンナのサン・ヴィターレ聖堂③、エジプト・シナイ半島の聖カトリーナ修道院④、エフェソスの聖ヨハネ教会⑤などを建設・改修した。

537年にセント・ソフィア大聖堂が竣工した際、ソロモン王が建築したという伝説のエルサレム神殿を凌駕したと確信したユスティニアヌスは、「私はソロモンを超えた」と叫んだと伝えられている。

※①世界遺産「イスタンブール歴史地域(トルコ、1985年、文化遺産(i)(ii)(iii)(iv))」

 ②世界遺産「イエス生誕の地:ベツレヘムの聖誕教会と巡礼路(パレスチナ、2012年、文化遺産(iv)(vi))」

 ③世界遺産「ラヴェンナの初期キリスト教建築物群(イタリア、1996年、文化遺産(i)(ii)(iii)(iv))」

 ④世界遺産「聖カトリーナ修道院地域(エジプト、2002年、文化遺産(i)(iii)(iv)(vi)」

 ⑤世界遺産「エフェソス(トルコ、2015年、文化遺産(iii)(iv)(vi))」

 

ユスティニアヌス没後、ササン朝ペルシアやイスラム帝国の圧力を受けて北アフリカや西アジアを失い、ランゴバルド王国が成立してイタリアの支配権を喪失、ノルマン人やスラヴ人やブルガール人の侵入でバルカン半島でも圧力を受け、ヨーロッパの領地の多くを奪われる。

ビザンツ帝国は1453年にオスマン・トルコによって滅ぼされるまで存続するが、その後の様子はまた後述する。

 

[関連サイト]

イスタンブール/トルコ

ベツレヘムの聖誕教会/パレスチナ

ラヴェンナの初期キリスト教建築物群/イタリア

聖カトリーナ修道院地域/エジプト

エフェソス/トルコ

* * *

リラ修道院
色使いがユニークなブルガリア正教会の総本山、リラ修道院。ビザンツ式をベースにイスラム・ムーア式等の影響が見られる
サンクトペテルブルクの血の上の救世主教会
血の上の救世主教会。下部に見えるついたてのようなものがイコノスタシス。周囲の壁はモザイクで覆われている。世界遺産「サンクトペテルブルク歴史地区と関連建造物群(ロシア、1990年、文化遺産(i)(ii)(iv)(vi))」構成資産

タマネギ屋根やイコン(聖人画像)、イコノスタシス(聖域である内陣=至聖所と、祈りの場である身廊等の外陣を分ける木壁)、モザイク壁画を特徴とするビザンツ式の建造物は、東ヨーロッパ全域で見ることができる。

初期~中期ビザンツの影響が残る世界遺産には、イスタンブールやラヴェンナの他に以下のような例がある。

  • ハフパトとサナヒンの修道院群(アルメニア、1996年、2000年拡大、文化遺産(ii)(iv))
  • ゲハルト修道院とアザート川上流域(アルメニア、2000年、文化遺産(ii))
  • エチミアツィンの大聖堂と教会群及びズヴァルトノツの古代遺跡(アルメニア、2000年、文化遺産(ii)(iii))
  • ベネチアとその潟(イタリア、1987年、文化遺産(i)(ii)(iii)(iv)(v)(vi))
  • キエフ:聖ソフィア大聖堂と関連する修道院建築物群、キエフ・ペチェールスカヤ大修道院(ウクライナ、1990年、2005年拡大、文化遺産(i)(ii)(iii)(iv))
  • トロードス地方の壁画教会群(キプロス、1985年、2001年拡大、文化遺産(ii)(iii)(iv))
  • アトス山(ギリシア、1988年、文化遺産(i)(ii)(iv)(v)(vi)、自然遺産(vii))
  • メテオラ(ギリシア、1988年、文化遺産(i)(ii)(iv)(v)、自然遺産(vii))
  • テッサロニキの初期キリスト教とビザンチン様式の建造物群(ギリシア、1988年、文化遺産 (i)(ii)(iv))
  • ミストラ遺跡(ギリシア、1989年、文化遺産(ii)(iii)(iv))
  • ダフニ修道院群、オシオス・ルカス修道院群及びヒオス島のネア・モニ修道院群(ギリシア、1990年、文化遺産(i)(iv))
  • パトモス島の“神学者”聖ヨハネ修道院と黙示録の洞窟の歴史地区[コーラ](ギリシア、1999年、文化遺産(iii)(iv)(vi))
  • ムツヘタの文化財群(ジョージア、1994年、文化遺産(iii)(iv))
  • バグラティ大聖堂とゲラティ修道院(ジョージア、1994年、文化遺産(iv))
  • ポレッチ歴史地区のエウフラシウス聖堂建築群(クロアチア、1997年、文化遺産(ii)(iii)(iv))
  • カルパチア山地のスロバキア地域の木造教会群(スロバキア、2008年、文化遺産(iii)(iv))
  • スタリ・ラスとソポチャニ(セルビア、1979年、文化遺産(i)(iii))
  • ストゥデニツァ修道院(セルビア、1986年、文化遺産(i)(ii)(iv)(vi))
  • 僧院の島ライヒェナウ(ドイツ、2000年、文化遺産(iii)(iv)(vi))
  • パンノンハルマのベネディクト会修道院とその自然環境(ハンガリー、1996年、文化遺産(iv)(vi))
  • ボヤナ教会(ブルガリア、1979年、文化遺産(ii)(iii))
  • イヴァノヴォの岩窟教会群(ブルガリア、1979年、文化遺産(ii)(iii))
  • リラ修道院(ブルガリア、1983年、文化遺産(vi))
  • マーウォポルスカ南部の木造教会群(ポーランド、2003年、文化遺産(iii)(iv))
  • オフリド地域の自然遺産及び文化遺産(マケドニア、1979年、1980年拡大、文化遺産(i)(iii)(iv)、自然遺産(vii))
  • イランのアルメニア修道院群(イラン、2008年、文化遺産(ii)(iii)(vi))
  • シリア北部の古代村落群(シリア、2011年、文化遺産(iii)(iv)(v))
  • ギョレメ国立公園とカッパドキアの岩窟群(トルコ、1985年、複合遺産(i)(iii)(v)(vii))
  • 聖カトリーナ修道院地域(エジプト、2002年、文化遺産(i)(iii)(iv)(vi))

次回はイスラム教の成立とウマイヤ朝(アラブ帝国)・アッバース朝(イスラム帝国)の繁栄を紹介する。

 

[関連サイト]

ベネチアとその潟/イタリア

メテオラ/ギリシア

リラ修道院/ブルガリア

カッパドキア/トルコ



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6.物質とは何か?

7.見る・感じるとは何か?

8.空間とは何か?

9.時間とは何か?

 

<哲学的考察:ウソだ!>

.無と偶然

.ことだま-はじめに言葉ありき

10.物質とは何か?

11.神とは何か?-一神教と多神教

 

<世界遺産NEWS>

2017年新登録の世界ジオパーク

ストーンヘンジ周辺のトンネル化

深刻化するバンダリズム

カジランガ&チトワンで洪水

九寨溝の地震被害の状況

 

<世界遺産ランキング集>

登録基準に見る世界遺産

世界の七不思議

国内集計の世界遺産ランキング

海外集計の世界遺産ランキング

世界遺産国別ランキング

 

<UNESCOリスト集>

日本の遺産リスト

無形文化遺産リスト

世界の記憶リスト

世界遺産リスト

ユネスコエコパーク・リスト

世界ジオパーク・リスト

創造都市リスト

 

<世界遺産の見方>

知性的鑑賞法

感性的鑑賞法

異文化理解の方法論

正しい・間違いの基準

星と大地と古代遺跡

 

<味わう世界遺産>

.王様のワイン トカイ

.命の水 テキーラ

.ポルトガルの宝石 ポート

.神の贈り物チョコレート

 

<世界遺産で学ぶ世界の歴史>

.宇宙と地球の誕生

.地球と火山活動

.大陸移動と世界の形成

.生命の誕生 先カンブリア時代

.生命の進化 古生代から新生代へ

.人類の夜明け

.戦争の時代 ~メソポタミア

.古代エジプトの繁栄

.インダス文明と古代インド

10.長江・黄河文明と古代中国

11.欧州巨石文化とエーゲ文明

12.古代ギリシアの繁栄

13.アレクサンドロスとヘレニズム

14.シルクロードとクシャーナ&漢

15.東南&東アジア,アフリカの古代

16.南北アメリカ大陸の古代文明

17.共和政ローマと帝政ローマ

18.ローマの平和、そして分裂へ

19.民族大移動と西欧の形成

20.東欧の形成とビザンツ帝国

21.東西教会の分裂と十字軍

22.イスラム教とペルシア・アラブ

23.イスラム帝国の分裂

24.イスラムの拡散-インド,アジア

25.アフリカの交易とイスラム教

26.隋・唐・宋の時代

27.北方騎馬民族とその周辺

28.モンゴル帝国の世界征服

29.オスマン,サファヴィー,ムガル

30.中世ヨーロッパの飛躍

31.修道院とロマネスク&ゴシック

32.イギリス・フランスと百年戦争

33.ハプスブルク家とレコンキスタ

34.大航海時代

35.ルネサンス

36.宗教改革

37.絶対王政とオランダの台頭

38.三十年戦争とイギリス革命

39.啓蒙思想とプロイセン、ロシア

40.明と清の繁栄

41.東・東南アジアの植民前史

42.産業革命とアメリカ独立革命

43.フランス革命とナポレオン

44.ウィーン体制と七月・二月革命

45.イタリアとドイツの成立

46.帝国主義と米英仏

47.アジアの衰退・植民地化

48.清、朝鮮、江戸の開国・滅亡

49.世界分割

50.第一次世界大戦

51.ファシズムと世界恐慌

52.第二次世界大戦

 

<世界遺産写真館>

1.文化交差路サマルカンド1

2.文化交差路サマルカンド2

3.アッパー・スヴァネティ

4.グラナダのアルハンブラ宮殿1

5.グラナダのアルハンブラ宮殿2

6.コトル

7.プレアヴィヒア寺院

8.福建の土楼1

9.福建の土楼2

10.フォンニャ-ケバン国立公園1

11.フォンニャ-ケバン国立公園2

12.カタルーニャ堂とサンパウ病院1

13.カタルーニャ堂とサンパウ病院2

14.オフリド地域1

15.オフリド地域2

16.古都京都の文化財1

17.古都京都の文化財2

18.アントニオ・ガウディ作品群1

19.アントニオ・ガウディ作品群2

20.アンコール1

21.アンコール2

22.アンコール3

 

<世界遺産攻略法>

1.世界遺産検定攻略の理念と背景

2.世界遺産検定の概要

3.試験戦略の一般論

4.試験戦略の理念

5.世界遺産検定の受検戦略

6.試験勉強の3要素

7.世界遺産検定 最効率学習法

8.時事問題・世界史・検定講座

9.マイスター試験の概要

10.マイスター試験問1・2対策

11.マイスター試験問3対策

12.マイスター試験時間術&解答術

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