世界遺産と世界史16.南北アメリカ大陸の古代文明

チチェン・イッツァのエル・カスティーヨ
世界遺産「古代都市チチェン・イッツァ」のエル・カスティーヨ。マヤでもっとも雄々しいといわれるピラミッド。階段の段数は91。これが四方にあるので計364。最上部の神殿の石段を合わせると365段で1年を表す

2万~3万年前。

氷期で現在より海面が100mほど低く、人類は陸続きとなったシベリア-アラスカ間のベーリング海峡を渡り、北アメリカ大陸へ到達した。

遅くとも1万年前までには南アメリカ大陸の南端近くに到達していたようだ。

南北アメリカ大陸で発見されている先史時代の岩絵や洞窟壁画の世界遺産には以下のようなものがある。

 

  • ポバティ・ポイントの記念碑的土構造物群(アメリカ、2014年、文化遺産(iii))
  • サンフランシスコ山地の岩絵群(メキシコ、1993年、文化遺産(i)(iii))
  • オアハカ中部渓谷ヤグルとミトラの先史時代洞窟(メキシコ、2010年、文化遺産(iii))
  • リオ・アビセオ国立公園(ペルー、1990年、1992年拡大、文化遺産(iii)、自然遺産(vii)(ix)(x))
  • リオ・ピントゥラスのクエバ・デ・ラス・マノス(アルゼンチン、1999年、文化遺産(iii))
  • カピバラ山地国立公園(ブラジル、1991年、文化遺産(iii))

 

アメリカ大陸は文化的にアジアやヨーロッパからほとんど断絶していた。

おかげで大航海時代、15~16世紀にヨーロッパ人が突如来襲するまで、独自で多彩な文化を発達させることができた。

 

それは同時に青銅器や鉄器、車輪や紙、火薬などが伝わることがなかったことをも意味する。

だからマヤ文明やインカ文明は新石器時代の「古代文明」だといわれたりするのだが、どちらにもすぐれた文化があったし、時代的にも1500年代、16世紀頃まで続いた文明なのだ。

 

アメリカ大陸で都市国家にまで発展したその文明が誕生したのが中央アメリカと南アメリカ西部だ。

まずは中央アメリカの諸文明を見ていこう。

 

* * *

チチェン・イッツァ、ツォンパントリ
チチェン・イッツァ、ツォンパントリの基壇に刻まれた頭蓋骨のレリーフ。実際、この上に生け贄の生首が並べられた。生け贄の泉、生け贄の神殿、生け贄の球技……こうしたイメージに満ちているのがチチェン・イッツァだ
トルティーヤ
トウモロコシ粉を練って焼いたトルティーヤ。中央アメリカでは紀元前から一般的に食されていた。これに具を挟んだのがタコスだ。形や製法はアジアのピタ、ホブス、チャパティに似るが、交流はなかった

北アメリカ大陸で農耕が誕生し、定住生活がはじまったのは紀元前2000年頃といわれている。

中央アメリカの低地は緑広がる豊かな熱帯雨林・照葉樹林だが、中央部分は標高が高く、乾燥していた。

人々は主にこのメキシコ高原で農業を行った。

 

 

エジプト、メソポタミア、インダス、黄河が大麦や小麦、長江が稲作だったのに対して、メキシコ高原で主に栽培されていたのはトウモロコシやイモ類。

農耕によって生産性を高めた人々は、メキシコからコスタリカにかけて多彩な文化を生み、数百とも数千ともいわれるピラミッドを建造する。
こうした文化を育んだ中央アメリカの一帯をメソ・アメリカと呼ぶ。

 

メソ・アメリカ最初期の農耕の証拠とみられているのがギラ・ナキツ洞窟※だ。

洞窟内からはウリやマメ類の種子が発見されており、これらは1万年前にまで遡る。

さらにトウモロコシの穂軸は紀元前4,200年のもので、トウモロコシ栽培の最古の証拠となっている。

※世界遺産「オアハカ中部渓谷ヤグルとミトラの先史時代洞窟(メキシコ、2010年、文化遺産(iii))」

 

このあと農耕はメソ・アメリカに広まり、人々は狩猟採取や遊牧生活から農耕定住生活へとスタイルを変えていく。

以下ではメソ・アメリカの諸文明を箇条書きで紹介しよう。

年代はおおよそなので参考程度に。

 

■オルメカ文明

紀元前1500年~紀元前後。

メソ・アメリカの最初の体系的な文化といわれる。

人面彫刻に見られるように神像を祀っていたほか、のちのマヤ文明やアステカ文明でも見られるジャガー信仰や生け贄の儀式、球技などがすでに見られる。

絵文字を作り出し、以降のメソ・アメリカのほとんどの文化・文明に影響を与えた。

トレス・サポテス遺跡、サン・ロレンソ遺跡などが有名で、ラ・ベンタ遺跡はメキシコの世界遺産暫定リストに記載されている。

モンテ・アルバンのレリーフ
モンテ・アルバンのレリーフ。象形文字であるサポテカ文字はいまだ未解読

■サポテカ文明・ミトラ文明・ミステカ文明

サポテカは紀元前1000年頃~1521年、ミステカは11世紀頃~1521年。

サポテカはメソ・アメリカ最古の文字を使う人々。

その中心が紀元前500年ほどから建設がはじまったモンテ・アルバン①だ。

この遺跡では、テオティワカンに見られる傾斜壁と垂直壁を組み合わせたタルー・タブレロ型ピラミッドや、マヤで見られる天文台や球戯場、暦の原型等が確認できる。

こうしてオルメカとともにメソ・アメリカ全域に大きな影響を与えた。

 

サポテカ人は11世紀前後にモンテ・アルバンを放棄し、50kmほど北に移動してミトラ②(11世紀頃~1521年)を建てる。

ここはミステコ人の遺跡ヤグル②がある場所であり、また1万年以上前の先史時代の遺跡が残っている。

 

11世紀前後、サポテカに代わってモンテ・アルバンを征服したのがミステカだ。

ミステカはモンテ・アルバン①を再興して栄えたが、スペインの侵略に対して徹底的に戦い、虐殺された。

なお、スペイン侵略後に建設されたオアハカの歴史地区①や、ミステカが支配していたプエブラの街③も世界遺産に登録されている。

※①世界遺産「オアハカ歴史地区とモンテ・アルバンの古代遺跡(メキシコ、1987年、文化遺産(i)(ii)(iii)(iv))」

 ②世界遺産「オアハカ中部渓谷ヤグルとミトラの先史時代洞窟(メキシコ、2010年、文化遺産 (iii))」

 ③世界遺産「プエブラ歴史地区(メキシコ、1987年、文化遺産(ii)(iv))」

テオティワカンの太陽のピラミッド
テオティワカンの太陽のピラミッド。神殿部から合わせると、高さ74m、底辺225m×222mで、メキシコではチョルラに次ぐ大きさを誇る

■テオティワカン文明

紀元前2~後8世紀。

4~5世紀に最盛期を迎え、世界遺産「古代都市テオティワカン(メキシコ、1987年、文化遺産(i)(ii)(iii)(iv)(vi))」を築いた文明。

テオティワカンには太陽のピラミッド、月のピラミッド、ケツァルコアトル神殿を中心に壮大な都市遺跡が残されている。

13世紀頃からこの地を征服したアステカ人たちは、これが人間によって造られたものとは信じられず、神が集う場所=テオティワカンと名づけた。

詳細は以下。


[関連サイト]

古代都市テオティワカン/メキシコ

 

■ナワ文明

7~9世紀。

テオティワカンが滅んだのち、アステカ文明が誕生する前に栄えたのがナワ文明だ。

ナワ人たちはテオティワカン文明を引き継いだのはもちろん、サポテカ文明やマヤ文明を影響を受けつつ宗教都市を造り上げた。

その遺跡が世界遺産「ソチカルコの古代遺跡地帯(メキシコ、1999年、文化遺産(iii)(iv))」だ。

ウシュマルの魔法使いのピラミッド
世界遺産「古代都市ウシュマル」の魔法使いのピラミッド。底面が楕円形という珍しい意匠で、スカートのようなタルー部(傾斜部)のおかげでとても柔らかい印象だ。マヤでもっとも優美なピラミッドといわれる
コパン
世界遺産「コパンのマヤ遺跡」のピラミッド

■マヤ文明

紀元前4~後16世紀。

メキシコ南部からグアテマラにかけてのユカタン半島を中心に、メキシコ中部からコスタリカまで、広範囲で繁栄した文明。


ユカタン半島の特徴は、高地を除くと全体が熱帯雨林に覆われていて、川がないところ。

石灰岩を中心としたカルスト地形で、雨が降っても水は大地にすばやく吸い込まれ、地下水となってしまう。

また、石灰岩は水に溶けやすいため大地は不安定で、陥没を起こすこともしばしばあった。

 

そこでマヤ人たちは、陥没した場所に湧き出す地下水脈=セノーテを利用して水を確保した。

そしてその周囲のジャングルを伐採し、切り出した石灰岩を並べてプラットフォームを造り、その上にピラミッドや神殿、宮殿、住居を建てて生活を行った。

東南アジアの熱帯雨林の人々が海上貿易を発達させて港市を築いたのに対して、マヤの人々はジャングルを直接開拓する道を選んだ。

 

マヤで発達した農業は、焼き畑と草を積み上げて肥料とした集約農業。

これが成功して余剰作物を生み、やがて大きな都市に発展したが、ジャングルは交通の便が悪いために大きな領域国家にはならなかった。

こうしてできたマヤ人の都市国家群がマヤ文明だ。

 

都市国家は紀元前から造られていたようだが、巨大な建造物が造られるようになるのは300年前後以降の古典期からといわれていた。

それ以前を先古典期、900年以降を後古典期(マヤ・トルテカ文明)という。

先古典期のマヤ遺跡ではグアテマラのエル・ミラドール①、アバフ・タカリク②、エルサルバドルのチャルチュアパ③等が有名だ。

近年先古典期の遺跡でも巨大なピラミッドが見つかっており、エル・ミラドールのラ・ダンタなどは高さ72mにもなる。

※①②③各国の世界遺産暫定リスト記載

 

ティカルのピラミッド群
ジャングルから突き出すピラミッド群が神秘的なティカル。Ⅳ号神殿から見た景色。左側にⅠ号とⅡ号神殿、その右にⅢ号神殿、さらに右下にロスト・ワールドの神殿が確認できる

古典期前期の代表的な遺跡が、5~7世紀に繁栄したカラクルム①と、3~9世紀に栄えたティカル②だ。

どちらも巨大なピラミッド群が特徴で、王が強大な力をもって数々の衛星都市を従えていた。

タルー・タブレロ型ピラミッドも多く、テオティワカンの影響も見られる。

※①世界遺産「カンペチェ州カラクムルの古代マヤ都市と熱帯保護林(メキシコ、2002年、2014年拡大、文化遺産(i)(ii)(iii)(iv)、自然遺産(ix)(x))」

 ②世界遺産「ティカル国立公園(グアテマラ、1979年、文化遺産(i)(iii)(iv)、自然遺産(ix)(x))」

 

[関連サイト]

ティカル国立公園/グアテマラ

 

マヤ全盛期といわれるのが7~9世紀の古典期後期だ。

この時期には60~80もの都市があったとされ、この時期に最盛期を迎える世界遺産だけでも以下がある。

  • 古代都市パレンケと国立公園(メキシコ、1987年、文化遺産(i)(ii)(iii)(iv))
  • キリグアの遺跡公園と遺跡群(グアテマラ、1981年、文化遺産(i)(ii)(iv))
  • コパンのマヤ遺跡(ホンジュラス、1980年、文化遺産(iv)(vi))
  • ホヤ・デ・セレンの古代遺跡(エルサルバドル、1993年、文化遺産(iii)(iv))
パレンケの碑文の神殿と大宮殿
パレンケ。左が碑文の神殿、右が大宮殿。大宮殿の塔についている窓は天体観測用といわれる

パレンケ、コパン、キリグアは紀元前から人が住んでいたようで、非常に長い歴史を誇る。

パレンケは碑文の神殿をはじめとするピラミッド群があり、ピラミッド内にはじめて墓室が発見されたことで話題になった。

メソ・アメリカのピラミッドの多くは墓室を持たないが、その定説が覆された(その後、ティカルのⅠ号神殿などでも墓室が発見された)。


キリグアはコパンの支配下にあり、のちに独立したらしい。

両遺跡とも他のマヤ遺跡と同様ピラミッドが見られるほか、非常に繊細な彫刻と数多くのマヤ文字レリーフが特徴だ。


ホヤ・デ・セレンは都市ではなく、7世紀にロマ・カルデラ山の噴火で火山灰に埋もれたマヤ遺跡。

火山灰のおかげで当時の生活の様子が見事に残されている点はイタリアのポンペイと同様で、「中米のポンペイ」の異名を持つ。


古典期と後古典期の間、900年前後(9~10世紀)に上の多くの都市が滅亡する。

理由は定かではないが気候変動があったようで、降水量が極端に減り、農業生産がままならなかったのではないかといわれている。

チチェン・イッツァの尼僧院
雨の神チャックの像で覆われたチチェン・イッツァの尼僧院。長短の切石を組み合わせて壁面にモザイク状の神像を描き出している。これをプウク式という

その危機を乗り越え、古典期から後古典期にかけて繁栄したのがユカタン半島北部のウシュマル①、チチェン・イッツァ②だ。

両都市はティカル等の文明をさらに発展させて美しいピラミッドや神殿、プウク式という建築様式を生み出した。

このふたつの都市はマヤの多くの都市が滅びた900年前後の危機を生き残り、その後も繁栄を続けた。

※①世界遺産「古代都市ウシュマル(メキシコ、1996年、文化遺産(i)(ii)(iii))」

 ②世界遺産「古代都市チチェン・イッツァ(メキシコ、1988年、文化遺産(i)(ii)(iii))」

 

[関連サイト]

古代都市ウシュマル/メキシコ

チチェン・イッツァ/メキシコ


マヤ文明は12~13世紀以降衰退し、16世紀にスペインが侵略してきたときにはすでに大きな都市国家は消滅していた。

以下、マヤ以外の都市国家を紹介する。

 

エル・タヒンの壁龕のピラミッド
エル・タヒンの壁龕(へきがん)のピラミッド。壁の窪み=壁龕は365か所あり、1年を表している

■トトナカ文明、ワステカ文明

7~12世紀。

ウシュマル、チチェン・イッツァと同時期に繁栄した都市にエル・タヒン※がある。

こちらはマヤ人ではなくトトナカ人、あるいはワステカ人が造ったといわれているが、マヤの影響が強く見られる。

※世界遺産「古代都市エル・タヒン(メキシコ、1992年、文化遺産(iii)(iv))」


■アステカ文明

13世紀~1521年。

アステカ人はテスココ湖に島を造って首都テノチティトランを建設した。

水上都市ながら湖畔部と合わせて人口30万以上にもなり、メソ・アメリカ史上でも最大の都市として繁栄した。

しかし1521年、スペインのコンキスタドール(征服者)、エルナン・コルテスがアステカを滅ぼし、テノチティトランを徹底的に破壊する。

その場所に新たに造られた都市が現在のメキシコの首都メキシコシティ※だ。

この辺りの話は大航海時代の章で解説する。

※世界遺産「メキシコシティ歴史地区とソチミルコ(メキシコ、1987年、文化遺産(ii)(iii)(iv)(v))」


■ディキス文化

6~16世紀。

コスタリカ南部、ディキス地方で発見された謎の石球と関連の文化。

20世紀初頭、直径0.7~2.57m、最大で重量25tに及ぶ200個近い石球が発見された。

その形はきわめて真球に近く、当初は「これほど丸く加工するのは不可能」とされ、現代でも再現できない「ロスト・テクノロジー」、あるいは時代にそぐわない「オーパーツ」であると話題になった。

周辺に石切り場が発見されておらず運搬補法も明らかになっていないが、なんらかの宗教儀式の道具、あるいは天球図を地上に描き出したものと考えられている。

一帯は「ディキスの石球のある先コロンブス期首長制集落群(コスタリカ、2014年、文化遺産(iii))」として世界遺産に登録されている。

 

■プエブロ文化

メキシコ-アメリカ国境近くにあり、メソ・アメリカの文明と北アメリカのネイティブ・アメリカンが築いたプエブロ文化の交流を表す世界遺産が「パキメの遺跡、カサス・グランデス(メキシコ、1998年、文化遺産(iii)(iv))」だ。

メソ・アメリカの神々のレリーフや球戯場が残っている一方で、13~15世紀に造られた日干しレンガの住居跡はアメリカの世界遺産「プエブロ・デ・タオス(アメリカ、1992年、文化遺産(iv))」のものに似ている。
なお、プエブロ文化をはじめとする大航海時代以前のアメリカ大陸の諸文化については、大航海時代前後の章で解説する。


* * *

ワスカランのパロン湖
世界遺産「ワスカラン国立公園」内にあるパロン湖。ワスカランは標高6,768mでアンデスで5番目に高い。山脈の東はアマゾンのジャングル、西は半砂漠地帯で、環境はまったく異なる
リャマ
リャマ。他にアルパカ、ビクーニャ、グアナコも一般的に見かけるが、いずれもラクダ科で近縁種

南アメリカに焦点を移そう。

 

最初に書いた通り、南アメリカにも1~3万年前に人類が到達し、数々の岩絵や洞窟壁画、遺跡を残している。
農業によって定住がはじまったのは紀元前3000年頃と考えられている。

南アメリカ大陸の中央~東部はほとんどが熱帯雨林や照葉樹林、湿地帯だが、西岸に縦に伸びるアンデス山脈の西側は極端に雨が少ない乾燥地帯が広がっている。

ここで人々はイモ類の栽培をはじめ、リャマやアルパカといった家畜の放牧を開始した。

 

スペイン人たちが来襲する直前、13~15世紀にアンデス山脈一帯を統一したのがインカ帝国だ。

そしてインカ帝国以前の時代を「プレ・インカ」という。

以下ではプレ・インカのさまざまな文化を箇条書きで紹介する。

年代はやはりおおよそだ。

 

■カラル文化

紀元前3000~前1000年頃。

人々はペルーのスーペ川流域で定住生活をはじめ、住居や神殿、劇場等が一体となった都市遺跡を残した。

カラル文化だ。

中心をなすカラル遺跡※自体は20世紀はじめに発見されていたが、それが詳細に調査・発掘されたのは21世紀に入ってから。

高さ20mに及ぶピラミッドが紀元前2500年以前のものと考えられるデータが出たために、メソポタミアのジッグラトやエジプトのピラミッドに匹敵する歴史を持つものとして大きく報道された。

ペルーでは2013年2月にもリマ近くのエル・パライソ遺跡で紀元前3000年の建造と見られる神殿が発見されている。

今後南アメリカの歴史が書き換えられるかもしれない。

※世界遺産「聖地カラル-スーぺ(ペルー、2009年、文化遺産(ii)(iii)(iv))」

チャビンのライモンディのレリーフ
チャビンのライモンディのレリーフ

■チャビン文化

紀元前1500~前300年頃。

ワスカラン①の山腹で栄えたのがチャビン文化だ。

中心となる遺跡チャビン・デ・ワンタル②からは新旧の神殿や、ジャガーやワシを象った神像が発掘されている。

これらはアンデス諸文化に多大な影響を与えており、アンデス文明のルーツと考えられていた。

※①世界遺産「ワスカラン国立公園(ペルー、1985年、自然遺産(vii)(ix))」

 ②世界遺産「チャビン[古代遺跡](ペルー、1985年、文化遺産(iii))」

 

■サン・アグスティン文化

紀元前5~後8世紀頃。

紀元前500年頃から定住生活がはじまったと考えられているのがサン・アグスティン※だ。

多数の墳墓、ドルメン(支石墓)、神殿、彫刻が発掘されており、チャビン文化の影響も見られる。

※世界遺産「サン・アグスティン遺跡公園(コロンビア、1995年、文化遺産(iii))」


■ティエラデントロ文化

6~10世紀頃。

彫刻やレリーフはサン・アグスティン文化と似ており、同時代の文化を引き継いだと見られる。

数十から100を超える地下墳墓が発見されている。

一帯は世界遺産「ティエラデントロの国立遺跡公園(コロンビア、1995年、文化遺産(iii))」に登録されている。

チチカカ湖、ウル族の村
標高約3,800mにあるチチカカ湖。ウル族の人々はトトラという葦に近い植物で浮島を造り、その上に暮らしている。この文化を含め、チチカカ湖は複合遺産を目指してペルーの世界遺産暫定リストに記載されている
ティワナクの太陽の門
ティワナクのカラササヤにある太陽の門。太陽信仰はインカ文明と共通で、この地域では一般的な信仰だったようだ

■ティワナク文化

紀元前3~後11世紀頃。

チチカカ湖から約20km、標高約3,900mという高地に生まれた文化。

ピラミッド状の神殿や高度な石造遺跡が発掘され、太陽の門をはじめ太陽信仰が見られる。

インカ文明に引き継がれたと見られる遺構・遺物も多く、その関係性が注目されている。

ティワナクは、世界遺産「ティワナク:ティワナク文化の宗教的・政治的中心地(ボリビア、2000年、文化遺産(iii)(iv))」に登録されており、チチカカ湖もペルーの世界遺産暫定リストに記載されている。

 

■モチェ文化

紀元前1~後7世紀頃。

金銀細工で有名な文化で、動植物を象った繊細なアクセサリーが出土している。

ペルーの世界遺産暫定リスト記載のモチェ遺跡には太陽のワカ、月のワカで知られるピラミッドがあり、太陽のワカは高さ40mもあったといわれる。

ナスカの地上絵、全長120mのコンドル。実際にこれがコンドルを表しているのかどうかはわからない
ナスカの地上絵、全長120mのコンドル。実際にこれがコンドルを表しているのかどうかはわからない

■パラカス文化、ナスカ文化

パラカス文化は紀元前9~前1世紀頃、ナスカ文化は紀元前後~後8世紀頃。

どちらも色彩豊かな土器や織物、地上絵で知られる文化で、ナスカ文化はパラカス文化を引き継いだものと考えられている。

パラカス文化の地上絵は「パルパの地上絵」として知られている。

これが発展したナスカとフマナ平原の地上絵は、人間や動植物のもので70以上、幾何学図形は700以上、直線に至っては数千に及ぶ。

その中心部は世界遺産「ナスカとパルパの地上絵(ペルー、1994年、文化遺産(i)(iii)(iv))」に登録されている。

 

[関連サイト]

ナスカの地上絵/ペルー

 

■チャチャポヤス文化

9~15世紀。

チャチャポヤスは「雲上の人々」の意味で、アマゾン源流部から立ち上がるアンデス山中標高2,000~4,000mの断崖に数々の遺跡群を築いた。

クエラップ、グラン・パハテン、ロス・ピンチュードスなどの遺跡があり、後者ふたつは「リオ・アビセオ国立公園(ペルー、1990年、1992年拡大、文化遺産(iii)、自然遺産(vii)(ix)(x))」の構成資産となっている。

 

■チムー王国

10~15世紀。

この時代、ワリ、シカン、カハマルカ(ペルーの暫定リスト記載)といった文化があったが、シカンを滅ぼし、もっとも大きな国を築いたのがチムーだ。

その版図はペルー北部の海岸沿い1,000kmを超えるという。

泥と藁と日干しレンガで造られた王国の首都チャンチャンは「チャンチャン遺跡地帯(ペルー、1986年、文化遺産(i)(iii))」として世界遺産に登録されている。

 

早朝のマチュピチュ
早朝のマチュピチュ

■インカ帝国

13世紀~1533年。

13世紀にインカ人の国が誕生してプレ・インカの国々を統一。

首都クスコ①を中心に、総延長40,000kmにもなるインカ道(カパック・ニャン)②でアンデス周辺を結んでインカ帝国を築き上げた。

マチュピチュ③もその頃の遺跡だが、インカ帝国については大航海時代の前あたりで紹介する。

※①世界遺産「クスコ市街(ペルー、1983年、文化遺産(iii)(iv))」

 ②世界遺産「アンデス道路網、カパック・ニャン(アルゼンチン/エクアドル/コロンビア/チリ/ペルー/ボリビア共通、2014年、文化遺産(ii)(iii)(iv)(vi))」

 ③世界遺産「マチュピチュの歴史保護区(ペルー、1983年、文化遺産(i)(iii)、自然遺産(vii)(ix))」

 

なお、アステカ文明やインカ帝国の滅亡の様子は「34.大航海時代」で紹介する。

次回はヨーロッパに戻り、ローマ帝国の誕生を解説する。

 

[関連サイト]

クスコ市街/ペルー

マチュピチュの歴史保護区/ペルー

古代都市テオティワカン/メキシコ

ティカル国立公園/グアテマラ

古代都市ウシュマル/メキシコ

チチェン・イッツァ/メキシコ

ナスカの地上絵/ペルー 

 

 


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.文化SM論

 

<絵と写真の話>

.アートと魂~抽象画とポロック

.ロスコの扉 ~ロスコ・ルーム~

10.写真と抽象芸術~グルスキー

 

<哲学的探究:哲学入門>

1.哲学とは何か?

2.「正しい-間違い」とは何か?

3.証明とは何か?

4.わかる・理解するとは何か?

5.力とは何か? 波とは何か?

6.物質とは何か?

7.見る・感じるとは何か?

8. 空間とは何か?

 

<哲学的考察:ウソだ!>

.無と偶然

.ことだま-はじめに言葉ありき

10.物質とは何か?

11.神とは何か?-一神教と多神教

 

<世界遺産NEWS>

持続可能な観光の国際年2017

業者がタスマニア政府を提訴

キラウエア火山の溶岩の滝

アレッポ旧市街60%が損壊

シュンドルボンで石炭船沈没

 

<世界遺産ランキング集>

登録基準に見る世界遺産

世界の七不思議

国内集計の世界遺産ランキング

海外集計の世界遺産ランキング

世界遺産国別ランキング

 

<UNESCOリスト集>

日本の遺産リスト

無形文化遺産リスト

世界の記憶リスト

世界遺産リスト

ユネスコエコパーク・リスト

世界ジオパーク・リスト

創造都市リスト

 

<世界遺産の見方>

知性的鑑賞法

感性的鑑賞法

異文化理解の方法論

正しい・間違いの基準

星と大地と古代遺跡

 

<味わう世界遺産>

.王様のワイン トカイ

.命の水 テキーラ

.ポルトガルの宝石 ポート

.神の贈り物チョコレート

 

<世界遺産で学ぶ世界の歴史>

.宇宙と地球の誕生

.地球と火山活動

.大陸移動と世界の形成

.生命の誕生 先カンブリア時代

.生命の進化 古生代から新生代へ

.人類の夜明け

.戦争の時代 ~メソポタミア

.古代エジプトの繁栄

.インダス文明と古代インド

10.長江・黄河文明と古代中国

11.欧州巨石文化とエーゲ文明

12.古代ギリシアの繁栄

13.アレクサンドロスとヘレニズム

14.シルクロードとクシャーナ&漢

15.東南&東アジア,アフリカの古代

16.南北アメリカ大陸の古代文明

17.共和政ローマと帝政ローマ

18.ローマの平和、そして分裂へ

19.民族大移動と西欧の形成

20.東欧の形成とビザンツ帝国

21.東西教会の分裂と十字軍

22.イスラム教とペルシア・アラブ

23.イスラム帝国の分裂

24.イスラムの拡散-インド,アジア

25.アフリカの交易とイスラム教

26.隋・唐・宋の時代

27.北方騎馬民族とその周辺

28.モンゴル帝国の世界征服

29.オスマン,サファヴィー,ムガル

30.中世ヨーロッパの飛躍

31.修道院とロマネスク&ゴシック

32.イギリス・フランスと百年戦争

33.ハプスブルク家とレコンキスタ

34.大航海時代

35.ルネサンス

36.宗教改革

37.絶対王政とオランダの台頭

38.三十年戦争とイギリス革命

39.啓蒙思想とプロイセン、ロシア

40.明と清の繁栄

41.東・東南アジアの植民前史

42.産業革命とアメリカ独立革命

43.フランス革命とナポレオン

44.ウィーン体制と七月・二月革命

45.イタリアとドイツの成立

46.帝国主義と米英仏

47.アジアの衰退・植民地化

48.清、朝鮮、江戸の開国・滅亡

49.世界分割

50.第一次世界大戦

51.ファシズムと世界恐慌

52.第二次世界大戦

 

<世界遺産写真館>

1.文化交差路サマルカンド1

2.文化交差路サマルカンド2

3.アッパー・スヴァネティ

4.グラナダのアルハンブラ宮殿1

5.グラナダのアルハンブラ宮殿2

6.コトル

7.プレアヴィヒア寺院

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