世界遺産と世界史33.ハプスブルク家とレコンキスタ

世界遺産「ウィーン歴史地区」構成資産のシュテファン大聖堂
ウィーン大司教座のあるシュテファン大聖堂。14世紀の完成で、ゴシックの塔は107mの高さを誇る。ハプスブルク家の墓所としても知られている。世界遺産「ウィーン歴史地区」構成資産

前回紹介したイングランド王国、フランス王国に引き続き、大航海時代以前の西ヨーロッパの様子を見てみたい。

本章は以下の順番で解説する。

  • 神聖ローマ帝国とハプスブルク家の台頭
  • スイスの独立
  • レコンキスタとスペインの誕生

ハプスブルク家、領地の推移


<神聖ローマ帝国とハプスブルク家の台頭>


ドイツからイタリア北部にかけてを支配する神聖ローマ帝国だが、もともと諸侯・騎士の力が強い土地。

カノッサの屈辱の際には諸侯らは皇帝位の廃位さえ要求しており、皇帝はほとんどお飾りで、諸侯や騎士は独立国のように動いていた。

諸侯たちはあえてドイツに注力しない皇帝を選んだため、13世紀ほどまで皇帝は西ヨーロッパの中心であるイタリア政策に専心し、ドイツはほとんど放っておかれるような有り様だった。

 

1256~1273年には事実上、皇帝不在の大空位時代を迎えた。

この間、イングランドやフランスなどが皇帝位を狙ったため、諸侯たちは1273年にスイスの小領主だったハプスブルク家のルドルフ1世を神聖ローマ皇帝に選出。

ルドルフ1世はボヘミアと戦い、オーストリアを奪って本拠地をウィーン※に移し、帝都として整備した。

※世界遺産「ウィーン歴史地区(オーストリア、2001年、文化遺産(ii)(iv)(vi))」

 

[関連サイト]

ウィーン歴史地区/オーストリア

 

1355年にはボヘミア王カレル1世がカール4世として神聖ローマ皇帝に即位。

今度はプラハ①が帝国の首都となり、芸術と自由を愛するカール4世の下でプラハ城の聖ヴィート大聖堂や宮殿群、カレル橋を造り、「黄金のプラハ」を築き上げた。

 

カール4世はまた、1356年に金印勅書を発布。

皇帝はドイツの七選帝侯(マインツ大司教、トリーア大司教、ケルン大司教、ボヘミア王、プファルツ伯、ザクセン公、ブランデンブルク辺境伯)が選挙で決めるもの、戴冠式はアーヘン大聖堂②で行うことなどが定められた。

実際は、皇帝は教皇から戴冠されるためにバチカンのサン・ピエトロ大聖堂③で式を行う皇帝が多かったが、次第に神聖ローマ帝国はイタリアを離れ、重心をドイツに移していく。

ちなみに11~14世紀まで、多くの神聖ローマ皇帝の墓はシュパイヤー大聖堂④に収められた。

※①世界遺産「プラハ歴史地区(チェコ、1992年、文化遺産(ii)(iv)(vi))」

 ②世界遺産「アーヘン大聖堂(ドイツ、1978年、文化遺産(i)(ii)(iv)(vi))」

 ③世界遺産「バチカン市国(バチカン、1984年、文化遺産(i)(ii)(iv)(vi))」

 ④世界遺産「シュパイヤー大聖堂(ドイツ、1981年、文化遺産 (ii))」

 

[関連サイト]

プラハ歴史地区/チェコ

バチカン市国

 

この頃ハプスブルク家はこれ以外にもオーストリアに多数の都市を築いている。

その一例がフリードリヒ3世が築いたエッゲンベルグ城を中心としたグラーツ※だ。

※世界遺産「グラーツ市歴史地区とエッゲンベルグ城(オーストリア、1999年、2010年拡大、文化遺産(ii)(iv))

世界遺産「プラハ歴史地区」の旧市庁舎とティーン教会
ゴシック様式の双塔が特徴的な中央の建物がティーン教会、左の塔が旧市庁舎。ティーン教会は12世紀の建物で、フス派の拠点となった。旧市庁舎は14世紀の完成で、天文時計で有名だ。世界遺産「プラハ歴史地区」構成資産

1410年にはハンガリー王ジギスムントが皇帝に就任。

ローマとアヴィニョンに分かれていた教皇庁の分裂=大シスマ(教会大分裂。「30.中世ヨーロッパの飛躍」参照)を終わらせるために1414年にコンスタンツ公会議を招集。

故ウィクリフとフスの異端を決議し、マルティヌス5世を即位させて大シスマを終わらせた。

 

これに反発してプラハを中心とするボヘミアの地でフス派が反乱を起こす(フス戦争)。

ジギスムントはローマ教皇マルティヌス5世とともに十字軍を結成したが連敗。

フス派の内紛でなんとか鎮圧に成功したが、ボヘミアの地は荒廃した。

 

ジギスムント没後、ハプスブルク家のアルブレヒト2世が皇帝に就くと、オーストリア公と同時にボヘミア王とハンガリー王も継承。

続くフリードリヒ3世の時代以降、事実上皇帝位はハプスブルク家が独占し、世襲するようになる。

14世紀後半の西ヨーロッパ
14世紀後半の西ヨーロッパ

この頃問題になっていたのがブルゴーニュ公国だ。

百年戦争を通してブルゴーニュ公はフランドル伯を兼ねるようになり、フランドル伯領はブルゴーニュ公国に含まれていた。

神聖ローマ帝国とフランスの間にブルゴーニュ公国という豊かな大国が誕生し、この国がどちらを向くのかは両国にとって重大な関心事だった。

 

しかもこの頃、ブルゴーニュ公には一人娘マリーがいた。

時のフランス王ルイ11世は息子シャルルとマリーとの結婚を求め、軍を進めて脅迫するが、マリーは拒否。

マリーが選んだのは神聖ローマ皇帝フリードリヒ3世の息子マクシミリアンだった。

ふたりは商人たちに反対され、それぞれ別の時期にブルージュ※に幽閉されるが、フランスに組することはなかった。

婚約に際して、マクシミリアンは世界ではじめてダイヤモンドの婚約指輪を贈ったといわれている。

この辺りは関連サイト参照のこと。

※世界遺産「ブルージュ歴史地区(ベルギー、2000年、文化遺産(ii)(iv)(vi))」

 

[関連サイト]

ブルージュ歴史地区/ベルギー

世界遺産「ブルージュ歴史地区」のノートル・ダム教会
レンガ造りながら高さ122mにもなるブルージュのノートル・ダム教会。巨匠ミケランジェロの『聖母子像』があるほか、マリーの墓がある。マクシミリアンは生地ヴィーナー・ノイシュタットで葬られたが、その心臓はマリーの棺の中に収められたという。世界遺産「ブルージュ歴史地区」構成資産

1493年、マクシミリアンはマクシミリアン1世として皇帝位に就くとこう言ったという。

「戦争は他家に任せよ。幸多きオーストリア、汝結婚せよ」

そして結婚政策を進め、ハプスブルク家は領地を拡大していく。

 

自らはマリーとの結婚を通じてブルゴーニュ公に即位し、ネーデルラント(以前のフランドル)を獲得。

息子フィリップ(フェリペ1世)と娘マルグリットを、スペインのアラゴン王フェルナンド2世とカスティリャ女王イザベル1世の娘ファナ・息子フアンと二重に結婚させる。

フィリップとファナの息子のひとりがカルロスで、カルロスは1516年にスペイン王カルロス1世となり、1519年にはフランスのフランソワ1世との間で争われた皇帝位を巡る選挙に勝利してカール5世として神聖ローマ皇帝に即位した。

また、イタリア戦争ではナポリ王国とシチリア王国を獲得している。


カール5世はひとりで広大な領土を治めるのは困難と考えて、オーストリア周辺をオーストリア=ハプスブルク家、スペイン周辺と新大陸をスペイン=ハプスブルク家に継承させた。

この結果、カール5世の弟フェルディナンド1世が神聖ローマ皇帝に就任したほかハンガリー王・ボヘミア王を継承し、カール5世の長男であるフェリペ2世がスペイン王とポルトガル王に就く。

皇帝位はオーストリア=ハプスブルク家とスペイン=ハプスブルク家が交互に継承することになっていたが、以後オーストリア=ハプスブルク家が継いでいくことになる。

 

こうしてハプスブルク家はヨーロッパの多くと中南米の大半、アフリカの一部、アジアのフィリピンを領有し、特にスペイン=ハプスブルク家を中心にハプスブルク家の領地のどこかには必ず日が照っているという「太陽の沈まぬ帝国」を完成させる。

 

フェリペ2世については「世界遺産と世界史37.絶対王政」で解説する。

世界遺産「ベルン旧市街」
Ω型に流れるアーレ川に囲まれた要害で、13世紀に神聖ローマ帝国から自治都市を勝ち取り、都市国家となったベルン。歴史地区は「ベルン旧市街(スイス、1983年、文化遺産(iii))」として世界遺産登録されている
世界遺産「ベリンツォーナ旧市街にある3つの城、要塞及び城壁」のモンテ・ベッロ城
スイスの要衝ベリンツォーナには13~15世紀にスイスの防壁となるべき城塞が造られた。写真はそのひとつ、モンテ・ベッロ城。世界遺産「ベリンツォーナ旧市街にある3つの城、要塞及び城壁(スイス、2000年、文化遺産(iv))」構成資産

<スイスの独立>


拡大を続けるハプスブルク家から逆に独立を果たしたのがスイスだ。


もともとハプスブルク家はスイスを拠点とする諸侯。

スイスの地は13世紀にゴッタルド峠が開通してから重要性を増し、ハプスブルク家はこの峠を独占しようともくろんでいた。


これに反発した周辺3州は永久同盟を結成してこれに対抗。

1315年にハプスブルク家のレオポルド1世は討伐に乗り出すが、同盟軍はモルガルテンの戦いでこれを打ち破って防衛に成功した。


1353年、永久同盟はスイス8州に拡大して盟約者団を結成。

1386年、ハプスブルク家のレオポルド3世は3倍以上の軍を送り込んでスイス支配を計画するが、ゼンパッハの戦いに敗れて戦死してしまう。

 

ハプスブルク家の影響力を一旦排除したものの、その領域を手に入れようとフランスやブルゴーニュ公国が接近。

これらに対抗するためにスイスは軍事力を強化して戦いに備えた。

 

15世紀にブルゴーニュ公国が侵入するもこれを撃退。

同盟軍の強さに驚いたフランスは傭兵として彼らを採用し、ブルゴーニュ戦争でブルゴーニュ公シャルルを破って大勝を収める。

15世紀末にはハプスブルク家出身の神聖ローマ皇帝マクシミリアン1世をも打ち破り、1499年にハプスブルク家からの独立を勝ち取った。


次々と大国を打ち破ったことからスイス兵の優秀さが認められ、各国から傭兵の依頼が相次いだ。

1505年には教皇庁が教皇ユリウス2世の守護に採用し、現在に至るまでスイス人衛兵がバチカン※を守っている。

※世界遺産「バチカン市国(バチカン、1984年、文化遺産(i)(ii)(iv)(vi))」


1515年、同盟軍はフランスと戦い、マリニャーノの戦いでフランソワ1世に対して大敗を喫してしまう。

これまで同盟は13州にまで拡大していたが、これ以上拡大を行わないという和平条約を締結し、中立と侵略戦争の放棄を宣言した。


スイスの武装中立の伝統はこの頃、築かれたともいわれる。

中立である一方でスイスは各国に傭兵を送り出し、傭兵に支払われる給金の送金・預金・両替の必要性から金融業が発達し、国際的な金融ネットワークを築き上げた。


スイスの中立は大国の間の緩衝地帯として利用価値があったことや、傭兵、中立・秘密主義の金融業など、政治的・経済的な必要性から価値が高かった。

これがのちの永世中立国スイスを生み出すベースとなった。

セゴビアのアルカサル
ふたつの川に挟まれた峻険の城砦、アルカサル。カスティリャ女王イザベル1世の居城で、ウォルト・ディズニー『白雪姫』に登場するお城のモデルとなった。世界遺産「セゴビア旧市街とローマ水道橋(スペイン、1985年、文化遺産(i)(iii)(iv))」構成資産

<レコンキスタとスペインの誕生>


711年、イスラム王朝であるウマイヤ朝=アラブ帝国がイベリア半島に侵入して西ヨーロッパに進出。

ゲルマン人国家・西ゴート王国(首都トレド※)を滅ぼすと、ピレネー山脈を超えてフランク王国と対峙する。

732年、トゥール・ポワティエ間の戦いでフランク王国のカール・マルテルに敗れてヨーロッパ征服の夢は潰えるが、イベリア半島の支配はほぼ確立した。

※世界遺産「古都トレド(スペイン、1986年、文化遺産(i)(ii)(iii)(iv))

 

ところがまもなくしてウマイヤ朝は滅亡。

750年、アブー・アル・アッバースがカリフに推挙されてアッバース朝を興すと、ウマイヤ家の一族を虐殺してしまう。

ただひとり生き残ったアブド・アッラフマーン1世はイベリア半島に逃げ込んで、756年に首都をコルドバ※に置いて後ウマイヤ朝を建てる。

後ウマイヤ朝のもとで多彩な文化が花開いたが、政治的に安定することはなかった。

この辺りの話は「23.イスラム帝国の分裂」参照。

※世界遺産「コルドバ歴史地区(スペイン、1984年、1994年拡大、文化遺産(i)(ii)(iii)(iv))」

 

[関連サイト]

コルドバ歴史地区/スペイン

 

イスラム教勢力がイベリア半島を支配したが、その直後からキリスト教勢力による国土回復運動=レコンキスタが開始された。

 

711年に滅亡した西ゴート王国の貴族ペラーヨが反乱を起こしてアストゥリアス王国(首都カンガス・デ・オニス、のちにオビエド①)を建国してイスラム勢力に対抗。

アルフォンソ2世の時代にサンティアゴ・デ・コンポステーラ大聖堂②を建設し、ブルゴス③をはじめ巡礼地④を整備したことでキリスト教勢力は精神的に結集した。

アストゥリアス王国は10世紀はじめに首都をレオンに遷すとレオン王国となった。

※①世界遺産「オビエド歴史地区とアストゥリアス王国の建造物群(スペイン、1985年、1998年拡大、文化遺産(i)(ii)(iv))」

 ②世界遺産「サンティアゴ・デ・コンポステーラ[旧市街](スペイン、1985年、文化遺産(i)(ii)(vi))」

 ③世界遺産「ブルゴス大聖堂(スペイン、1984年、文化遺産(ii)(iv)(vi))」

 ④世界遺産「サンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路:カミーノ・フランセスとスペイン北部の巡礼路群(フランス、1993年、2015年拡大、文化遺産(ii)(iv)(vi))」

 

バスク地方でも激しい抵抗運動が行われた。

イベリア半島付け根の北部、現在のフランス・スペイン国境に位置するバスクはウマイヤ朝の侵攻に激しく抵抗し、フランク王国の援助を受けていち早く国土を回復。

キリスト教国であるパンプローナ王国やナバラ王国を建国し、レコンキスタを開始した。

のちにスペインを興すことになるカスティリャ王国やアラゴン王国はナバラ王国が分裂してできた国々で、この独特の立ち位置が現在のバスク独立問題につながっている。

アンソニー・マン監督『エル・シド』予告編。レコンキスタで活躍したカスティリャ王国の将軍ロドリゴ(エル・シド)の生涯を描いた名作


これと少し似ているのがカタルーニャだ。

ウマイヤ朝侵攻後の8世紀末、フランク王国はピレネー山脈南部を奪い返してスペイン辺境伯領といわれる緩衝地帯を作る。

カタルーニャもそのひとつで、ブルボン朝の成立(フランス建国)を認めなかったことからその支配を脱し、アラゴン王国と連合を組んでアラゴン連合王国を成立させる。

この後、アラゴンがカスティリャと連合してスペインが成立するわけだが、カタルーニャは連合のひとつにすぎなかったため、こちらも現在の独立問題(連合からの離脱)が叫ばれているわけだ。

 

このように、イベリア半島ではキリスト教勢力が複数の国を建てつつ、イスラム勢力に対してレコンキスタを開始。

東からは教皇から皇帝位を得たカトリックの盟主・フランク王国がたびたび侵入し、11世紀以降は西ヨーロッパで十字軍が結成されて送り込まれた。

 

一方、南からはムラービト朝やフワッヒド朝、ファーティマ朝といったイスラム王朝が侵攻を繰り返し、この混乱の中で後ウマイヤ朝は1031年、ムラービト朝の圧力を受けて滅亡した。

11世紀はじめのこの頃、イベリア半島はレオン王国やナバラ王国など20に及ぶ小国に分裂して抗争を繰り返していた。

このためイベリア半島には後述する各国の首都やアビラ①、ギマランイス②、カルカソンヌ③など、各地に城砦や城郭都市が築かれた。

※①世界遺産「アビラの旧市街と城壁外の教会群(スペイン、1985年、2007年拡大、文化遺産(iii)(iv))」

 ②世界遺産「ギマランイス歴史地区(ポルトガル、2001年、文化遺産(ii)(iii)(iv))

 ③世界遺産「歴史的城塞都市カルカソンヌ(フランス、1997年、文化遺産(ii)(iv))」

世界遺産「ポルト歴史地区、ルイス1世橋およびセラ・ド・ピラール修道院」
1139年にカスティリャ王国から独立し、ポルトを収めるポルトゥス・カレ伯が築いた国がポルトゥス・カレの王国=ポルトガル王国だ。ポルトは世界遺産「ポルト歴史地区、ルイス1世橋およびセラ・ド・ピラール修道院(ポルトガル、1996年、文化遺産(iv))」、初代国王アフォンソ1世の生誕地は「ギマランイス歴史地区(ポルトガル、2001年、文化遺産(ii)(iii)(iv))」に登録されている

キリスト教勢力は合併・分裂を繰り返す中で、東のアラゴン王国(首都サラゴサ①)、中央~北のカスティリャ王国(首都トレド②、マドリード③、ブルゴス④)、西のポルトガル王国(首都コインブラ⑤、リスボン⑥)が勢力を強め、13世紀はじめにはイベリア半島の北2/3を占めるほどになっていた。

※①世界遺産「アラゴン州のムデハル様式建造物(スペイン、1986年、2001年拡大、文化遺産(iv))」

 ②世界遺産「古都トレド(スペイン、1986年、文化遺産(i)(ii)(iii)(iv))」

 ③世界遺産「マドリードのエル・エスコリアル修道院とその遺跡(スペイン、1984年、文化遺産(i)(ii)(vi))」

 ④世界遺産「ブルゴス大聖堂(スペイン、1984年、文化遺産(ii)(iv)(vi))」

 ⑤世界遺産「コインブラ大学-アルタとソフィア(ポルトガル、2013年、文化遺産(ii)(iii)(iv)(vi))」

 ⑥世界遺産「リスボンのジェロニモス修道院とベレンの塔(ポルトガル、1983年、2008年拡大、文化遺産(iii)(vi))」

 

13世紀、最後に残ったイスラム国がグラナダ①に首都を置くナスル朝だ。

ナスル朝は地中海とシエラネバダ山脈に守られた要害にあり、またイベリア半島に残ったイスラム教徒が集結し、さらに北アフリカのマラケシュ②を首都とするイスラム王朝マリーン朝の協力も得て1492年までその独立を保つ。

※①世界遺産「グラナダのアルハンブラ、ヘネラリーフェ、アルバイシン地区(スペイン、1984年、1994年拡大、文化遺産(i)(iii)(iv))」

 ②世界遺産「マラケシュ旧市街(モロッコ、1985年、文化遺産(i)(ii)(iv)(v))」

世界遺産「アラゴン州のムデハル様式建造物」のアルハフェリア宮殿
サラゴサのアルハフェリア宮殿。アラゴン王の居城だったが、アラゴン王フェルナンドとカスティリャ女王イザベルが結婚すると、両王が拠点とした。世界遺産「アラゴン州のムデハル様式建造物」構成資産
エル・グレコ『トレドの眺望』1595-1610年、メトロポリタン美術館
エル・グレコ『トレドの眺望』1595-1610年、メトロポリタン美術館。16世紀、エル・グレコはトレドに住みつき、絵を描き続けた

ナスル朝に対して攻勢を掛けるのはカスティリャとアラゴンの同盟が成立してからだ。

それまでカスティリャとアラゴンは対立したり、後継者を巡って内紛を起こしたりして一枚岩になることができなかった。

 

1469年、カスティリャ王の娘イザベルとアラゴン皇太子フェルナンドが結婚。

1474年にイザベルがイザベル1世としてカスティリャ女王に就き、1479年にフェルナンドがフェルナンド2世としてアラゴン王に即位。

カスティリャ王国とアラゴン王国は事実上統合してスペイン王国が誕生し、カトリック両王による共同統治がスタートする。

 

イベリア半島の2大国が統合すると、ナスル朝に対するレコンキスタに着手。

1492年、グラナダ王は両王にアルハンブラ宮殿を明け渡し、レコンキスタは完結する。

 

同年、グラナダ攻略のために造られた軍事都市サンタ・フェで両王とクリストファー・コロンブスがサンタ・フェ協約を締結。

コロンブスは資金提供を受け、8月3日、西回りでのインド到達を目標に大西洋へと旅立った。

 

イザベルとフェルナンドは中央集権を進め、コロンブスをはじめとする航海士を通じて領土拡大を推進。

それだけでなく、息子フアンを神聖ローマ皇帝マクシミリアン1世の娘マルグリット、娘ファナを同じくマクシミリアン1世の息子フィリップ(フェリペ1世)と二重に結婚させ、ハプスブルク家と姻戚関係を結んで王権を強化する。

このあとフィリップはフェリペ1世としてカスティリャ王に即位。

さらにフェリペ1世の息子のひとりであるカルロスはスペイン王カルロス1世となり、1519年にはカール5世として神聖ローマ皇帝に就く。

こうしてスペインはハプスブルク家の支配下に入る。


 

次回は大航海時代を紹介する。

 

[関連サイト]

グラナダのアルハンブラ宮殿/スペイン

 


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33.ハプスブルク家とレコンキスタ

34.大航海時代

35.ルネサンス

36.宗教改革

37.絶対王政とオランダの台頭

38.三十年戦争とイギリス革命

39.啓蒙思想とプロイセン、ロシア

40.明と清の繁栄

41.東・東南アジアの植民前史

42.産業革命とアメリカ独立革命

43.フランス革命とナポレオン

44.ウィーン体制と七月・二月革命

45.イタリアとドイツの成立

46.帝国主義と米英仏

47.アジアの衰退・植民地化

48.清、朝鮮、江戸の開国・滅亡

49.世界分割

50.第一次世界大戦

51.ファシズムと世界恐慌

52.第二次世界大戦

 

<世界遺産写真館>

1.文化交差路サマルカンド1

2.文化交差路サマルカンド2

3.アッパー・スヴァネティ

4.グラナダのアルハンブラ宮殿1

5.グラナダのアルハンブラ宮殿2

6.コトル

7.プレアヴィヒア寺院

8.福建の土楼1

9.福建の土楼2

10.フォンニャ-ケバン国立公園1

11.フォンニャ-ケバン国立公園2

12.カタルーニャ堂とサンパウ病院1

13.カタルーニャ堂とサンパウ病院2

14.オフリド地域1

15.オフリド地域2

16.古都京都の文化財1

17.古都京都の文化財2

18.アントニオ・ガウディ作品群1

19.アントニオ・ガウディ作品群2

 

<世界遺産攻略法>

1.世界遺産検定攻略の理念と背景

2.世界遺産検定の概要

3.試験戦略の一般論

4.試験戦略の理念

5.世界遺産検定の受検戦略

6.試験勉強の3要素

7.世界遺産検定 最効率学習法

8.時事問題・世界史・検定講座

9.マイスター試験の概要

10.マイスター試験問1・2対策

11.マイスター試験問3対策

12.マイスター試験時間術&解答術

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