世界遺産と世界史25.アフリカの交易とイスラム教

ジェンネ旧市街の大モスク
マリの世界遺産「ジェンネ旧市街」の大モスク。飛び出しているのはヤシの木で、レンガと泥と組み合わせた建築様式をスーダン・サヘル様式と呼ぶ。泥によって熱を遮り、木によって伸縮に耐えている。イスラムと土着の文化の融合の一例だ

イスラム教の登場でアフリカの文化も大きく変わる。


ウマイヤ朝、アッバース朝にはじまるイスラム諸国によって北アフリカがイスラム化すると、サハラ交易を経て西アフリカ・中央アフリカに浸透。

東アフリカではモンスーン(季節風)を利用したインド洋交易によってアラビア半島やペルシア・インドの文化とともにイスラム教が拡大。


大陸の各地でアフリカ土着の文化とイスラム教が融合した特有の文化群が生み出されることになる。


* * *

モザンビーク島のサン・ガブリエル要塞
世界遺産「モザンビーク島」のサン・ガブリエル要塞。石材としてサンゴを組み合わせ、また岩礁やリーフをうまく利用して城塞を建築している
ザンジバル島のストーンタウン
ザンジバル島、ストーンタウンの街並み。ティンガティンガ・アートの露店

まずは東アフリカだ。


この地域では、夏は東アフリカからアラビア半島に向けて、冬は逆にアラビア半島から東アフリカへと風が吹く。

モンスーンだ。

紀元前10世紀頃にはこの風を利用して、アフリカと西アジアを結ぶインド洋交易が行われていたという。

 

中国・明の鄭和(ていわ)がインドのカリカットに到達したのが1407年。

ポルトガルのヴァスコ・ダ・ガマが同地に到達するのが1498年。

しかしそれよりはるか昔から東アフリカ-アラビア半島-インド-東南アジア-中国は交易を行っており、直接ではないにせよ、つながりは持っていた。

 

特に交易が盛んになるのは8世紀以降、アッバース朝がジッダ※をはじめ各地に港を築き、インド洋交易を奨励して以降だ。

アラブ人やペルシア人が大々的に交易を開始すると、東アフリカにも東南アジアと同様、港市(こうし)が発達した。

※世界遺産「ジェッダ歴史地区:メッカへの玄関口(サウジアラビア、2014年、文化遺産(ii)(iv)(vi))」

 

世界遺産に登録された代表的な港市だけでも以下がある。

  • ラム旧市街(ケニア、2001年、文化遺産(ii)(iv)(vi))
  • モンバサのジーザス要塞(ケニア、2011年、文化遺産(ii)(v))
  • キルワ・キシワニとソンゴ・ムナラの遺跡群(タンザニア、1981年、文化遺産(iii))
  • ザンジバル島のストーンタウン(タンザニア、2000年、文化遺産(ii)(iii)(vi))
  • モザンビーク島(モザンビーク、1991年、文化遺産(iv)(vi))

 

これらの都市ではアフリカから金や象牙を輸出し、アラブやインドからは陶磁器や織物、ガラス類を輸入した。

そしてアラブ人が入植をはじめ、アラブ文化とともにイスラム教が広がった。

たとえば現在でも東アフリカの主要言語であるスワヒリ語は、アラビア語と東アフリカのバントゥー語が合わさってできた言葉。

たとえばザンジバルのストーンタウンに見られる石造りの高層建築や、出窓やドアに見られるアラベスクの見事な装飾は、アラブやペルシアのイスラム芸術を持ち込んだもの。

このように東アフリカで見られるイスラムと土着の融合文化をスワヒリという。

 

[関連サイト]

ザンジバル島のストーンタウン/タンザニア

ラリベラの岩窟教会群、聖ゲオルギウス教会
聖ゲオルギウス教会。ラリベラは、イスラム教徒の手に落ちたエルサレムを再興し、ヘブライ人に伝えられた神の信仰を復活させようと意図された宗教都市。エチオピアの世界遺産「ラリベラの岩窟教会群」構成資産

東アフリカ沿岸部ではアラブ・ペルシア色が強いスワヒリ文化が栄えた。

しかし東南アジア同様、内陸に入って入植することはほとんどなかった。

 

東アフリカにおいて、土着の強力な国家はエチオピア高原とジンバブエ高原に誕生した。

高原にこれらの国家が栄えた理由は以下が考えられる。

  • エチオピア高原には青ナイル川、ジンバブエ高原にはザンベジ川とその支流があり、土地が非常に肥えていた
  • 海岸や平野は熱帯雨林であるため移動が困難で、海を利用する港市を除くと高度な文明が発達しなかったが、高原はサバンナであったから移動が容易で文化の集約が起こった
  • 高地であるためマラリアを媒介するハマダラカや眠り病を媒介するツェツェバエがいなかった
  • アラブ・ペルシア商人が入植するには内陸すぎた

 

アラビア半島に近い場所にありながら、エチオピア高原で隔絶されたエチオピアには古来独自のユダヤ・キリスト教文化が発達し、アクスム王国が繁栄していた。

12~13世紀のザグウェ朝期には数々の岩窟教会群※が建てられたことは「15.東南&東アジア、アフリカの古代文明」でも書いた。

※世界遺産「ラリベラの岩窟教会群(エチオピア、1978年、文化遺産(i)(ii)(iii))」

 

1270年に皇帝イクノ・アムラクがソロモン朝を興し、エチオピア帝国を建てる。

エチオピア帝国は1974年、最後の皇帝ハイレ・セラシエが廃位するまで王朝時代が続く。

「エチオピアは世界最古・最長の皇室」と呼ばれることがあるが、これは紀元前1000年頃に生まれたアクスム初代国王メネリク1世から数えた場合の話。

メネリク1世はイスラエル王国のソロモン王と、『旧約聖書』に登場する伝説の女王シバを母とするという伝説があるためだ。

といっても、その場合でも万世一系であったわけではなく、王朝はかなり代わっている。

 

そして最後の皇帝ハイレ・セラシエはジャマイカのラスタファリアニズム(ラスタファリ運動。ラスタ)では神の化身とされる人物。

ラスタファリアニズムでは、エチオピア人を中心とする黒人は古代ヘブライ人の末裔で、ユダヤ教をもっとも正しく継承していることを喧伝する。

そしてエチオピアこそ神の契約の土地ザイオンであるとして、アメリカ大陸に連れ去られた黒人たちを中心にアフリカ回帰運動が広がった。

もっともハイレ・セラシエ自身はそのような急進的な動きに自省を促していた。

 

このように、エチオピアは東アフリカにおいても少々特殊な歴史・文化を持つ。

といってもイスラム教の影響を受けていないわけではもちろんない。

たとえば17~18世紀にエチオピア帝国の首都があったゴンダールの遺跡①にはイスラム風の建物が残っているし、エチオピア高原にはアダルなどのイスラム王国が興ったこともあり、その遺構であるハラール②というイスラム教の聖地もあったりする。

※①世界遺産「ファジル・ゲビ、ゴンダール地域(エチオピア、1979年、文化遺産(ii)(iii))」

 ②世界遺産「ハラール・ジャゴル要塞歴史都市(エチオピア、2006年、文化遺産(ii)(iii)(iv)(v))」」

グレート・ジンバブエのグレート・エンクロージャー
サバンナの緑と一体化したグレート・エンクロージャーの美しい景色。花崗岩を組み合わせて描いた楕円形がストーンヘンジのような不思議な空気を醸し出す。世界遺産「グレート・ジンバブエ国立記念物」構成資産

次に、ジンバブエ高原の諸王国だ。


10世紀前後、ジンバブエ・南アフリカ国境付近にマプングブエ王国が興った。

鋭く立ち上がる丘陵地帯に誕生した王国で、岩山や岩石を利用して城砦や宮殿、陵墓を組み上げた。

自然と一体となった景観は美しく、その都※は世界遺産に登録されている。

※世界遺産「マプングブエの文化的景観(南アフリカ、2003年、文化遺産(ii)(iii)(iv)(v))」

 

13世紀にはマプングブエ王国に代わってグレート・ジンバブエが興る。

こちらはショナ人の王国で、やはりサバンナの丘陵地帯に石造都市※を組み上げた。

16世紀以降、東アフリカを支配したポルトガル人たちはこの高度な文明を信じられず、フェニキアの都であるとか、聖書の伝説の都「シバの女王の国」ではないかと噂した。

※世界遺産「グレート・ジンバブエ国立記念物(ジンバブエ、1986年、文化遺産(i)(iii)(vi))」

 

[関連サイト]

グレート・ジンバブエ/ジンバブエ

カミ遺跡
丘陵を利用して城砦を組み上げたカミ遺跡の石造都市跡

15世紀にグレート・ジンバブエは衰退し、首都カミ※を中心とするトルワ王国や、モノモタパ王国が繁栄する。

マプングブエ、グレート・ジンバブエで発達した石造建築はこれらの王国でさらに洗練された。

※世界遺産「カミ遺跡群国立記念物(ジンバブエ、1986年、文化遺産(iii)(iv))」

 

ジンバブエ高原の文化に共通しているのが、自然と一体化した石造都市の美しい景観だ。

北アフリカや東アフリカではレンガ造りが一般的だし、西アフリカではレンガに加えて泥造り、中央アフリカや温暖湿潤な地域では土や木の住居が普通。

アフリカには珍しい巨石文化であるともいえる。

 

これらの都市はキルワやモザンビークなどの港市と盛んに取り引きを行っていたようで、遺跡からはアラブのガラス細工や中国・ペルシアの陶磁器等が発見されている。


15世紀にはじまる大航海時代以降、エチオピア帝国を除く港市や都市のほとんどはポルトガルをはじめとするヨーロッパの支配下に入る。

その様子は「34.大航海時代」参照のこと。


* * *

トンブクトゥのサンコーレ・モスク
世界遺産「トンブクトゥ」登録のサンコーレ・モスクのミナレット。ジェンネ同様スーダン・サヘル様式だ。隣接のマドラサ(モスク付属の学問所)は西アフリカ最古の大学といわれる

続いて西アフリカのイスラム化だ。

 

サハラ砂漠はアフリカ大陸の北半分を占める世界最大の砂漠。

砂漠は環境変化に敏感で、ここ数千年間、心臓の鼓動のように拡大・縮小を繰り返している。

1,000~10,000年前に遡る砂漠の中の洞穴壁画で知られるタッシリ・ナジェール①やタドラット・アカクス②には森林や魚、動物たちの絵が生き生きと描かれており、かつてそれらの地が緑豊かな大地だったことを示している。

※①世界遺産「タッシリ・ナジェール(アルジェリア、1982年、文化遺産(i)(iii)、自然遺産(vii)(ix))」

 ②世界遺産「タドラット・アカクスのロックアート遺跡群(リビア、1985年、文化遺産(iii))」

 

砂漠は「不毛の地」と思われがちだがさまざまな生物が生きており、古来人の行き来も盛んだった。

特に重要な役割を果たしたのが遊牧民族ベルベル人とトゥアレグ人だ(トゥアレグ人はベルベル人の一系統で、サハラ砂漠に暮らす一派をこう呼ぶらしい。その意味で並列表記は不適当かもしれない)。

 

彼らがもっとも重視した交易品が塩と金だ。

地中海やサハラ砂漠北部の塩田で産出される塩は内陸部へ運ばれ、代わりに内陸部で産出する豊富な金が北へと運ばれた。


7世紀、このサハラ交易によって栄えたのがガーナ王国だ。

ガーナ王国は地中海沿いの諸都市と内陸部をつないで富を築いた。

北アフリカはウマイヤ朝が支配して以降、急速にイスラム化していくが、この交易路を通って西アフリカにもイスラム文化がもたらされた。

しかし、11世紀にはベルベル人のイスラム王朝ムラービト朝に攻め込まれ、ガーナ王国は滅亡する。

 

この前後にベルベル人はイドリース朝、アグラブ朝、ムワッヒド朝などのイスラム王朝を建てるが、遊牧民族が政権をとったために内陸部に関心を向けたともいえるだろう。

ムラービト朝やムワッヒド朝は西アフリカ深くまで版図を広げ、イスラム教を広めていく。

 

この頃西アフリカで特に栄えていたのが、ニジェール川流域にベルベル人の一派・トゥアレグ人たちが建てた「黄金の都」トンブクトゥ①と、その上流約300kmに位置するホゾ人の街「ニジェール川の宝石」ジェンネ②だ。

両都市はガーナ王国やムラービト朝、ムワッヒド朝とも盛んに貿易を行い、繁栄していた。

 

12世紀に入るとマンディンカ人がマリ王国を建国。

そしてトンブクトゥやジェンネを支配して要衝をおさえると、サハラ交易の中心を担った。

13世紀にはイスラム化が進み、レンガを積み上げ、木で補強し、泥で覆ったスーダン・サヘル様式の街並みにモスクが加えられ、トンブクトゥやジェンネは土着の文化とアラビア文化が融合した特有の景観を生み出した。

※①世界遺産「ジェンネ旧市街(マリ、1988年、文化遺産(iii)(iv))」

 ②世界遺産「トンブクトゥ(マリ、1988年、文化遺産(ii)(iv)(v))」

 

トンブクトゥの黄金伝説はマリ王国の王マンサ・ムーサによって広まった。

マンサ・ムーサは数千~数万の付き人を従えると1324-25年にかけてメッカ巡礼を行い、カイロで莫大な黄金を寄付すると金相場は暴落し、以後10年にわたってインフレが納まらなかったという。

マンサ・ムーサは人類史上最高の資産家ともいわれている。

バンディアガラの断崖[ドゴン人の地]
世界遺産「バンディアガラの断崖[ドゴン人の地]」の絶景。仮面や彫刻、ボディ・ペイントが非常に特徴的で、パブロ・ピカソが大きな影響を受けたことでも知られる。地形的な普遍的価値も認められ、複合遺産として登録されている

15世紀にはソンガイ人のソンガイ帝国が興ってマリ帝国を支配。

首都ガオはやはり塩金交易で繁栄し、モスクを中心としたイスラム都市が建設され、アスキア・ムハンマド王を中心とする陵墓群①が造られた。

また、トンブクトゥやジェンネを支配下に収め、その東にあるアガデス②やカノ③といった要衝を奪ってサハラ交易の主役に躍り出た。

なお、ソンガイ帝国のさらに南に位置し、やはり塩金交易で栄えた都にロロペニ④がある。

※①世界遺産「アスキア墳墓(マリ、2004年、文化遺産(ii)(iii)(iv))」

 ②世界遺産「アガデス歴史地区(ニジェール、2013年、文化遺産(ii)(iii))」

 ③ナイジェリアの世界遺産暫定リスト記載

 ④世界遺産「ロロペニの遺跡(ブルキナファソ、2009年、文化遺産(iii))」

 

こうした大国やイスラム教などの文明に背を向けて生きる人々もいた。

ドゴン人がその一例で、彼らは迫害を受けると標高差500m、幅200kmに及ぶ巨大な断崖の中に移り住んだ。

バンディアガラ※と呼ばれる断崖に住みはじめた時期は定かではないが、10世紀以前から移住がはじまったらしい。

現在でも700以上の村があり、25万人ほどが暮らしている。

※世界遺産「バンディアガラの断崖[ドゴン人の地](マリ、1989年、文化遺産(v)、自然遺産(vii))」

アイット・ベン・ハドゥの集落
カスパと呼ばれる特殊なビル群が集まった城郭都市、世界遺産「アイット・ベン・ハドゥの集落」。ビルが集まって城塞となる点では、イエメンの世界遺産「シバームの旧城壁都市」に通じる

トンブクトゥやジェンネなどの交易都市はサハラ砂漠の南側に位置したが、サハラ交易ルートが栄えたということは、サハラ砂漠の北側にもこのような都市が繁栄していたということでもある。

 

サハラ砂漠の北、というより西に繁栄したのがウワダン、シンゲッティといったオアシス都市だ。

マリ、ソンガイ帝国と北アフリカのイスラム諸王朝との貿易で栄えると、一大イスラム都市としてモスクやマドラサ(モスク付属の学問所。現在の大学のような機能を持った)が整備された。

※世界遺産「ウワダン、シンゲッティ、ティシット及びウワラタの古い集落(モーリタニア、1996年、文化遺産(iii)(iv)(v))」

 

西アフリカ諸都市と北アフリカ中部の街をつないだトゥアレグ人のイスラム都市がガダーミス※だ。

この街の特徴は白い美しい家並みで、日干しレンガに石灰を塗って日射しを反射させた。

しかしながら建物の内部は象眼細工やアラベスクで華やかに装飾されており、美意識の高さがうかがえる。

※世界遺産「ガダーミスの旧市街(リビア、1986年、文化遺産(v))」

ガダーミスの北西約650kmにあるのがムザブの谷※だ。

10世紀以降にベルベル人が造ったオアシス都市群で、フォガラ(イランのカナート、中央アジアのカレージ、アラビア半島のファラジ)と呼ばれる地下水路を発達させて水を確保していた。

中心となる街がガルダイアで、モスクを中心に広がる街並みは美しく、ル・コルビュジエやミース・ファン・デル・ローエらが愛した街として知られている。

※世界遺産「ムザブの谷(アルジェリア、1982年、文化遺産(ii)(iii)(v))」

 

おもしろいところではアイット・ベン・ハドゥ※がある。

ムザブの谷と同様、迫害されたベルベル人たちが7世紀に造ったといわれるオアシス都市で、ここはカスパと呼ばれる高層建築を集めて城壁とする要塞都市=クサールとなっている。

カスパの1階に窓を造らないことで壁として機能させ、カスパを並べて通路を複雑化して迷路にすることで敵の侵攻を食い止めた。

※世界遺産「アイット・ベン・ハドゥの集落(モロッコ、1987年、文化遺産(iv)(v))」


[関連サイト]

アイット・ベン・ハドゥ/モロッコ

 

 

以上のように、この時代、イスラムと土着の文化が融合して独特の街並みが世界各地に建設された。

15世紀に大航海時代がはじまると、東南アジアや東アフリカの街並みに西ヨーロッパ・キリスト教文化の景観が加わることになる。

 

次回は中国の隋・唐・宋の時代を紹介する。

 


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