哲学的探究2.「正しい-間違い」とは何か? ~正誤の定義~

哲学とは何か?

――論理でもって真理を探究すること。

 

「論理的である」とはどういうことか?

――言葉を正しく間違いなくつないでいくこと。

 

では、「正しい」「間違い」とは何か?

 

今回はさまざまな事例を取り上げて「正しい」「間違い」について考えてみたい。

まずは社会的な事例から。 

 

* * *

 

■ゴキブリは怖い? 麻薬は悪?

 

オシッコ=汚い。

この言説は正しいか?

その根拠は?

医学的にも化学的にも健康な人間の尿は無害であるという。

 

イヌやネコを食べること=野蛮。

これは?

ヒンドゥー教徒にとってウシを、イスラム教徒・ユダヤ教徒にとってブタを、多くの西洋人にとってクジラを食べることは野蛮であるようだ。

 

ゴキブリ=怖い。

いかが?

東南アジアではタンパク源と考えている地方もあるし、中南米やアフリカでは子供たちがゴキブリで遊んでいた。

ペストを媒介するネズミ、マラリアやデング熱・黄熱・日本脳炎などを媒介する蚊、毒蛇や毒キノコと比べて怖がる必要がどこにあるのだろう。

 

麻薬=悪。

ほんと?

大麻の使用は古代エジプトの壁画にも描かれているほど歴史があるし、幻覚サボテンや幻覚キノコなどは世界中で使用されてきた。

そもそも麻薬の特徴、身体依存・精神依存・耐性・身体毒性、いずれをとってもアヘン系(ヘロイン等)が最強で、それに次ぐのがアルコール、つまり酒であるという。

 

排泄を見られること=恥ずかしい。

どう?

中国や中央アジア、コーカサス地方の田舎では扉がついていないニーハオトイレと呼ばれる公衆トイレが一般的で、彼らはそこで井戸端会議に花を咲かせていた。

中国人は排泄には恥ずかしさを感じないが、銭湯や温泉で裸になる日本人に驚愕するという。

 

結局。

「オシッコ=汚い」「犬食=野蛮」「ゴキブリ=怖い」「麻薬=悪」「排泄=恥ずかしい」といった価値観はいずれも時代や地方の文化に大きな影響を受けた先入観であり、多くの日本人がそう「信じている」ということであるようだ。

 

この価値観が絶対的・普遍的に「正しい」わけではないし、だからといって「間違い」と言えそうにもない。

つまり、真理ではない。

 

でも。

日本で麻薬を摂取したらそれは「間違い」だと言われるだろう。

少なくとも「正しい」行為ではない。

なぜなのか?

 

それは違法行為であるからだ。

法律に書かれた条文と「矛盾」するからだ。

ルール違反ってことだ。

 

「正しい」と「間違い」の基準は人によって民族によって国によって時代によって大きく異なる。

人と人の交流の場である社会において、こうした争いはなんとも不便で非合理・非生産的だ。

そこで、社会では皆が納得できるルールを事前に決めておいて、そのルールと矛盾した場合にそれを「間違い」だということにしている。

この役割を担っているのが慣習や法律だ。

 

もちろん、こうした結論は普遍的に正しいのでも間違っているのでもない。

昔のルールは違ったし、未来のルールもいまとはまったく異なるものになっているだろう。

 

次に、対象を拡大して自然科学の問題について考えてみよう。

 

* * *

■天動説は間違いか? 地動説は正しいか?

 

かつてほとんどの人が「天の星が地球の周りを回っている」という天動説を「信じていた」。

現在ではほとんどの人が「地球が太陽の周りを回っている」という地動説を「信じている」。

なぜ地動説が正しいと考えられるようになったのだろう?

 

オリオン座は1月1日の23時頃、ほぼ真南に浮かんでいる。

翌日2日の同じ時刻にはそれより約1度、西に現れる。

90日後の同時刻には90度西、つまり地平線ギリギリの場所に移動し、翌年の1月1日23時に真南に戻ってくる。

星が同じ時刻に同じ場所に戻ってくるまでの時間を1年と呼び、1日に移動する角度を1度という。

 

肉眼で見える星は全天で6,000~8,000個あると言われるが、99.9%の星がこれと同じ動きをしている。

だから星座がズレるようなことはない。

こうした星々を恒(つね)なる星=恒星と呼ぶ。

 

ところが、こうした星々と異なる動きをする星がいくつか存在する。

たとえば火星は翌日同時刻に西に動いていることもあれば(逆行)、東に行くこともあり(順行)、留まっていることもある(留)。

それどころか南や北にもズレるし、大きくなったり小さくなったりを繰り返している。

その動きは惑うばかり。

これらの星を惑う星=惑星という。

 

惑星の観測データは天動説のシンプルなルールと矛盾する。

したがってこのままでは天動説=間違いということになる。

 

そこで古代の天文学者たちは「惑星は恒星とは異なる動きで地球の周りを回っている」と、天動説を修正することで観測データと合致させ、矛盾を解消した。

これをほぼ完璧に行ったのが古代ギリシアのプトレマイオスだ。

 

しかし。

天動メカニズムはあまりに複雑だった。

それなら「地球が動いている」と考えた方がシンプルに説明できることに気づいた天文学者もいる。

一例がアリスタルコスだ。

 

天体の観測技術が上がると、季節によって近くにある星と遠くにある星の位置関係にズレが生じたり(年周視差)、全体の星の位置がズレたり(光行差)、振り子が次第に円を描いたり(フーコーの振り子)する事実が観測されるようになった。

これらの動きは天動説と矛盾し、地動説だときわめてシンプルに説明できる。

 

ついに天動説は間違いで、地動説が正しいことが証明された!――

ということになった。

 

もちろん、プトレマイオスが以前の天動説を修正したように、さらなる修正を加えれば説明は可能だ。

しかし、ただでさえ複雑な天動メカニズムが信じられないほど複雑なものになってしまう。

地動説との差は明らかであるため、天動説を唱える科学者は姿を消した。

 

このように、科学は観測データに合致するルール(理論)の中で、よりシンプルなルールを「正しい」と考える。

 

もちろんそのルールが絶対的・普遍的に正しいわけではないし、完全に証明されたわけでもない。

すべての科学理論は「仮説」なのである。

 

* * *

 

結局、以前のルールや観測されたルールと「矛盾」が生じたときに「間違い」であると言えそうだ。

そして数あるルールが提案された場合、より「シンプル」なルールが「正しい」とされる。

 

 

次回はもう少し「正しい」「間違い」を掘り下げて、正誤を生み出す「矛盾」と「証明」について考えてみたい。

 


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『朝日新聞 世界の扉』記事執筆。『地球の歩き方 MOOK 世界のビーチBEST100』『ノジュール』に旅のスペシャリスト・達人として参加。『PEN』でアフリカの世界遺産執筆。『MONOQLO』世界遺産特集取材協力。『女性セブン』で日本の世界遺産を解説。エクスナレッジ『聖地建築巡礼 世界遺産から現代建築まで、73の聖地を巡る旅』、洋泉社ムック『負の世界遺産』執筆。RKBラジオ、FM TOKYOで世界遺産特集出演。その他企業・大学広報誌等。

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